知的財産権判例ニュース |
北朝鮮で製作された映画の無許諾放送につき 不法行為の成立が認められた事例 |
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(知財高裁平成20年12月24日判決平成20年(ネ)10012号) |
水谷直樹 |
1.事件の概要 |
本事件は、朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」といいます)国内で製作された映画の著作権侵害が争われた事件であります。
控訴人朝鮮映画輸出入社(以下「輸出入社」といいます)は、北朝鮮国内の行政機関であり、北朝鮮映画の著作権等を行使する国家映画会社であります。次に、控訴人カナリオ企画は、控訴人輸出入社から、日本国内における北朝鮮映画の独占的な上映、複製、頒布を許諾されている有限会社であります。 これに対して、被控訴人日本テレビ放送網(株)は、平成15年6月30日放送の「ニュースプラス1」というニュース番組中で、北朝鮮映画「密令027」(以下「本件映画」といいます)の映像の一部を、控訴人らの事前の許諾を得ることなく放送いたしました。 そこで、控訴人らは、被控訴人に対し、著作権の侵害を根拠として、本件映画を含む北朝鮮映画の放送の差し止め、著作権ないし著作物利用許諾権の侵害に基づく損害賠償(金550万円)の支払いを求めて、平成18年に東京地方裁判所へ訴訟を提起いたしました。 東京地方裁判所は、平成19年12月14日に判決を言い渡しましたが、北朝鮮はベルヌ条約に加盟してはいるものの、わが国は北朝鮮を国家承認していないことから、北朝鮮映画は著作権法6条3号所定の「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」には該当しないとして、控訴人らの請求を棄却いたしました。 そこで、控訴人らが平成20年に知的財産高等裁判所に控訴をしたのが本事件であります。 |
2.争点 |
本事件での争点は、
(1)原審と同様に北朝鮮映画は著作権法6条3号所定の「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」に該当するか (2)本事件で著作権侵害が認められない場合にも、民法709条に基づく損害賠償が認められることはないかでした。 |
3.裁判所の判断 |
知的財産高等裁判所は、平成20年12月24日に判決を言い渡しましたが、まず上記(1)の争点に関しては、「控訴人らは、著作権法6条3号の適用においては、北朝鮮がベルヌ条約の加盟国か否かを認定し、これが認定できれば、北朝鮮の国民の著作物について著作権法上の保護が認められると判断すべきであると主張する。
しかしながら、・・・・・・説示したとおり、ベルヌ条約の加盟国であったとしても、我が国が当該加盟国を国家承認していなければ、当該加盟国と我が国との間にベルヌ条約上の権利義務関係が生じないのであるから、単に北朝鮮がベルヌ条約の加盟国であると認定できるというだけでは、北朝鮮の国民を著作者とする著作物が、著作権法6条3号の『条約によりわが国が保護の義務を負う著作物』に当たると判断することはできない。」 として、原審判決とほぼ同様の理由により、北朝鮮映画は著作権法6条3号所定の著作物には該当しないと判示いたしました。 次に、上記(2)の争点については、 「本件映画は上映時間が約1時間17分間の劇映画であり、その内容等(甲15)に照らし、相当の資金、労力、時間をかけて創作されたものといえるから、著作物それ自体として客観的な価値を有するものと認められる。」 「控訴人カナリオ企画は、本件映画著作権基本契約に基づき、控訴人輸出入社から本件映画を含む本件各映画著作物について、日本国内における上映、複製、頒布及び放送についての独占的な許諾権を付与され、本件映画の複製物の提供を受けていたことからすれば、控訴人カナリオ企画は日本国内において本件映画の利用について独占的な管理支配をし得る地位を得ていたものと認めることができ、このことに、本件映画が上記のとおり著作物として客観的な価値を有するものであり、経済的な利用価値があること、控訴人カナリオ企画は、別紙一覧表(筆者注:省略、以下同)のとおり放送局に対して本件各映画著作物に属する作品の放送を許諾することにより現実に利益を得ていたことを併せ考慮するならば、控訴人カナリオ企画が上記地位に基づいて本件映画を利用することにより享受する利益は、法律上の保護に値するものと認めるのが相当である。 これに対し、控訴人輸出入社は、日本国内に営業所等を一切有しておらず、本件各映画著作物の日本国内における利用は専ら控訴人カナリオ企画に委ねられ、同控訴人に対し、自らは利用に関する権利を行使しないことを約している(甲18)ことからすれば、控訴人輸出入社については、本件映画の日本国内における利用について法律上保護に値する利益を有するものとは認められない。」 「本件映画は、控訴人カナリオ企画が管理支配をしているそれ自体が客観的な価値を有し、経済的な利用価値のある映画であり、その製作に当たっては相当の資金、労力、時間を要したものであること、控訴人カナリオ企画は、北朝鮮がベルヌ条約に加入した後も、控訴人輸出入社から利用許諾を得た本件各映画著作物に含まれる作品について、別紙一覧表のとおり、テレビ番組における放映を許諾し、使用料を得ていたものであり、本件映画についても、同一覧表『放送者名』欄記載の放送者に対しては利用許諾をすることにより使用料収入を得られる作品であると推認できること、控訴人カナリオ企画は、本件無許諾放映により本件各映画著作物に含まれる作品のビデオカセット及びDVDの販売ができない状況になっていること、本件無許諾放映は、報道を目的とするニュース番組の中で行われたものであるが、被控訴人にとってはスポンサー収入の対象となる営利事業であること、本件無許諾放映の時間は約2分10秒間であり、本件映画全体の上映時間からすれば、わずかな一部の利用といえなくもないが、約2分20秒間のテレビ番組中で2分間を超える放映をすることは、それ自体としては相当な時間の利用であるといえること、本件無許諾放映における本件映画の利用態様を見ると、本件映画の映像は『韓国軍をカンフーで』とのニュースにおける構成要素の一部という扱いではなく、同ニュースの大部分が本件映画の映像により構成されており、専ら本件映画の内容を紹介するという映画本来の利用方法による利用であるといえること等の事実に照らすならば、被控訴人ら主張の放映目的を考慮に入れたとしても被控訴人の本件無許諾放映は社会的相当性を欠いた行為であるとの評価を免れず、本件無許諾放映は、控訴人カナリオ企画が本件映画の利用により享受する利益を違法に侵害する行為に当たると認めるのが相当である。」 「被控訴人は、平成15年4月15日放送の『ザ!情報ツウ』における北朝鮮制作映画の使用について、控訴人カナリオ企画に使用許可を求め、その対価として7万8750円(税込み)を支払った(甲6)。しかし、北朝鮮がベルヌ条約に加入したことに伴い、文化庁が我が国は北朝鮮に対しベルヌ条約上の保護義務を負わないとの見解を表明したことから、同見解に従い、本件無許諾放映を行ったことが認められる(弁論の全趣旨)。以上の経緯に照らすならば、被控訴人は北朝鮮著作物の有する経済的価値を認めていたものの専らベルヌ条約の解釈のみに依拠して本件無許諾放映に及んだものであるから、少なくとも過失があることを免れることはできないものというべきである。」 「以上に検討したとおり、本件無許諾放映は控訴人カナリオ企画に対する不法行為を構成するものと認められるところ、控訴人らは、本件無許諾放映により許諾料相当額の損害を被ったと主張する。 しかしながら、許諾料相当額の損害は、排他的な利用権である著作権の侵害があった場合に認められるものであり、著作権法による保護が認められない本件映画について、著作権の認められる著作物と同様の損害を認めることは相当ではない。そして、本件における控訴人カナリオ企画の損害は、その性質上その額を立証することが極めて困難なものに当たると認められるから、民事訴訟法248条を適用し、金10万円をもって損害額と認める。 また、本件事案の性質、難易、認容額その他本件に現われた諸事情を考慮すれば、被控訴人の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の損害は、金2万円と認めるのが相当である。」 と判示して、著作権侵害は認めなかったものの、民法上の不法行為の成立は認めて、被控訴人に対して損害賠償の支払いを命じました。 |
4.検討 |
本事件は、北朝鮮国内で作製された北朝鮮映画の映像の一部を、日本のテレビ局がニュース番組中で無許諾で放送したために、著作権侵害が争われた事件です。
裁判所は、第一、二審判決共に、北朝鮮はベルヌ条約の加盟国ではあるものの、わが国が北朝鮮を国家承認していないことを根拠として、北朝鮮映画は著作権法6条3号所定の「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」には該当しないと判示しております。 控訴人らは、上記の論点とは別に、著作権侵害に基づく損害賠償請求とは別に、控訴審で民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求の主張を追加してきたために、裁判所は、この点についても判断しております。 その内容は、本件映画は客観的には映画の著作物と認め得るものの、著作権法6条3号所定の著作物とは認められないことから、著作権法による保護は認められないが、民法上の不法行為の成立については、別途認めるというものであります。 すなわち、本判決は、カナリオ企画が輸出入社から北朝鮮映画の独占的な許諾権を付与されたことにより享受する利益は、本件映画が客観的な価値を有するものであり、放送局に対しても有償で放送許諾されてきたことを考慮するならば、法律上の保護に値するものであると判示しております。 そのうえで、本判決は、被控訴人による本件映画の放送は、ニュースの構成要素の一部というよりは、本件映画の内容を紹介するものと認められるとして、これを無許諾で放送することは、社会的相当性を欠いており、カナリオ企画の利益を違法に侵害していると判断しております。 ところで、これまでの判決例の中で、著作権法による保護を拒否したものの、不法行為による救済を認めたものとしては、木目化粧紙事件判決(東京高裁平3.12.17)、YOL事件判決(知財高裁平17.10.6)等が存在しております。 これらの判決は、木目化粧紙の図案、ニュースの見出しの無断利用について、これらの著作物性を否定したうえで、別途民法上の不法行為の成立を認めているものであります。 これに対して、本判決は、本件映画の著作物性は認めているものの、著作権法による保護を拒否したうえで、別途民法上の不法行為の成立を認めております。 いずれの事案においても、相当な資金、労力、時間を投入して、客観的な価値あるものが形成されており、これが有償取引の対象とされている一方で、第三者がこれを無償で利用しており、これにより本来の営業活動上の利益が許容される限度を超えて損なわれていることに、不法行為による救済を認めている根拠があるものと考えられます。 本件判決も、その一事例として、今後の実務上で参考になるものと考えられます。 |