発明 Vol.106 2009-1
知的財産権判例ニュース
図形商標間の類似性が否定された事例
(知財高裁平成20年11月26日判決平成20年(行ケ)10212号)
水谷直樹
1.事件の概要
 原告ジャック・ウルフスキン社は、下記引用商標1を登録商標として保有していたところ、被告(株)サラブランドは、下記の本件商標の商標登録を得ました。
 そこで、原告は、被告の本件商標は、原告の下記引用商標1に類似しているとして、商標法4条1項11号および同15号を根拠として、平成19年に商標登録無効審判を特許庁に請求いたしました。
 特許庁は、平成20年に請求不成立の審決をし、これに対して、原告が平成20年に知財高裁に提起したのが、本件審決取消訴訟です。

【本件商標】・商標

・指定商品
 第25類
「被服、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、仮装用衣服」
・出願日 平成15年12月15日
・登録日 平成17年6月24日
・登録第4874789号

【引用商標1】・商標

・指定商品
 第20類
「クッション、座布団、まくら、マットレス」
 第22類
「衣服綿、ハンモック、布団袋、布団綿」
 第24類
「布製身の回り品、かや、敷布、布団、布団カバー、布団側、まくらカバー、毛布」
 第25類
「被服」
・出願日 昭和63年6月30日
・登録日 平成3年7月31日
(平成14年5月15日の書き換え登録後)
・登録第2324652号

2.争点
 本事件での争点は、
(1)本件商標は原告が有する引用商標1に類似しているか否か(商標法4条1項11号)
(2)本件商標は原告の業務に係る商品と混同を生じるおそれがある商標に当たるか(商標法4条1項15号)でした。

3.裁判所の判断
 知財高裁は平成20年11月26日に判決を言い渡しましたが、まず上記(1)の争点につき、
「ア 商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
イ そこで以上の見地に立って、本件商標と引用商標1とを対比すると、本件商標と引用商標1とは、本件商標の3個からなる図形部分のうちの一つ一つが、小獣類の足跡の外観を有する点からすると、引用商標1が爪のある獣類の足跡の外観を有する点に共通性があるということはできる。
 しかし、本件商標においては、図形部分の足跡様の3個の図形は、上記のとおり下から上に、左右各斜めに、かつ短い間隔で配されており、爪もないことから、比較的小さな獣類が歩行した足跡を想起するものとみられる。そしてその大きさもさほど大きくないことからして、その一つのみが分離して観察されるものとは解されないから、3個で一体・一連のものとして把握されるというべきである。そうすると、本件商標には加えて『Sarah』の文字部分もあることから、本件商標と引用商標1とは外観上区別することができるというべきである。
 また本件商標の図形部分からは歩行した小獣類の足跡の観念が生じ、引用商標1からは爪のある猛々しい獣類の足跡の観念が生じるところ、これらも区別し得るものである。
 称呼についても、図形部分からは特定の称呼は生じないものの、本件商標の文字部分からは『サラ』ないし『サラー』の称呼が生じ、一方、引用商標1から特定の称呼が生じないことは前記のとおりであるから、称呼においても両者は区別することができる。
 このように、本件商標は、外観、観念、及び呼称のいずれにおいても引用商標1と区別することができるから、本件商標は引用商標1と類似するものとは認められない。そうすると、本件商標が商標法4条1項11号に該当しないとした審決の判断は正当として是認できる。」
 と判示し、次に上記(2)の争点についても、
「(1)原告は、昭和60年代初めころから、下記の態様(以下「使用商標」という)で、原告を示す『Jack Wolfskin』の文字と共に引用商標1を使用するほか、引用商標1を単独でも商品等に付してこれを使用し、原告製品の出所を示すものとして需要者に周知となっているところ、引用商標1は本件商標とは称呼、観念、及び外観において類似しているから、引用商標1の指定商品でもある第25類の『被服』以外の商品に本件商標が使用されると、需要者はその出所を原告と混同するおそれがあり、審決の判断は誤りであると主張する。

(2)証拠(甲15の1〜37)によれば、原告は1988年〔昭和63年〕ころから引用商標1を一部に含む上記使用商標の態様で外国で発行されたアウトドア用品のカタログ等に使用し(甲15の1〜4)、1990年〔平成2年〕からは我が国においても上記のとおり『Jack Wolfskin』の文字に引用商標1を付してジャケット等のアウトドア用品の販売を開始した(甲15の4〔1990Jack Wolfskin Catalogue INDEX/PRICE LIST、株式会社キャラバン発行〕2枚目に「本年より日本の皆様にJack Wolfskinのアウトドア製品をご紹介出来る様になりました。」との記載がある)ことが認められる。また1995年〔平成7年〕ころからは複数のアウトドア関連の雑誌にも上記使用商標を用いて広告を掲載し(甲13、14の1〜39)、2002年〔平成14年〕ころには日本全国に14のジャックウルフスキン直営店(甲11)、340の特約店(甲12)を展開し、また引用商標1を商品に付して販売していたこと(甲15の22等)が認められる。
(3)しかし、本件商標と引用商標1とが類似しないことについては上記3で説示したとおりであり、本件商標と引用商標1とは区別し得るものであるから、本件商標は、原告の業務に係る商品と出所の混同を生ずるおそれのある商標ということはできない。
 したがって、本件商標登録は商標法4条1項15号に違反してなされたものではないとした審決の判断に誤りはない。」
 と判示し、結論として原告の請求を棄却いたしました。

4.検討
 本事件では、図形商標間の類否が争われました。
 より具体的には、原告が有していた獣類の足跡様からなる引用商標1と、この獣類の足跡様がほぼ縦方向に3つ表示され、最下部の足跡様の右側にSarahと表示されていることからなる本件商標との間の類否が争われました。
 原告の引用商標1は、比較的特徴のある獣類の足跡様の図形からなり、これに対して、被告の本件商標は、引用商標1とほぼ同一の足跡様の図形と文字とを組み合わせてなることから、原告において、足跡様の図形に着目した場合には、本件商標が自己の引用商標1との間で、出所の混同を惹起させるとの懸念を感じたことであろうことが、本件事件の背景にあるものと考えられます。
 これに対して、本判決は、本件商標中の獣類の3つの足跡様の図形部分を一連一体のものとして捉えたうえで、Sarahの文字部分も存在するとして、本件商標は引用商標1との間で外観上において区別が可能であると判示しております。
 また、称呼につきましても、引用商標1からは特定の称呼が生じないと認定して、本件商標との間で称呼の類似が生じないとしております。
 最後に観念につきましては、本件商標においては小獣類の足跡の観念が生ずるのに対し、引用商標1においては、爪のある猛々しい獣類の足跡の観念が生じるとして、両者は、観念においても相互に区別し得ると認定しております。
 上記のとおりでありますが、本件商標と引用商標1との間の共通点は、本判決も認定しているとおり、いずれの商標中にも獣類の足跡様の図形が含まれていることであるところ、本判決は、このことを前提としたうえで、両者は非類似と判断しております。
 一般論としては、本判決が判示しているとおりと考えられますが、ここで仮に、引用商標1が著名または周知商標である場合を前提にすると、本件商標中には著名または周知商標である引用商標1が一部に含まれていることになり、このことを前提とした場合には、両商標の出所が誤認される可能性もより高くなる場合があるものと考えられ、両商標が、外観において類似していると判断される可能性も高くなると考えられます。
 また、この点は、商標法4条1項15号の適用の有無をも左右することになると考えられるところ、本判決を検討する限り、引用商標1の著名または周知性の点についての立証が十分行われた事実はないようにも思われます。
 次に、引用商標1から特定の称呼が生ずるか否かも問題となっており、前項中では引用しておりませんが、原告は、両商標からは「ジュウルイノアシアト」との共通の称呼が生ずると主張しておりましたところ、本判決では、この点についても、特定の称呼が生ずることはないとして否定されております。
 図形から生ずる称呼に関しては、リンゴの図形のように、直ちに「リンゴ」という特定の称呼が生ずる場合もありますが、本件では、観念の点の認定内容とは別に、特定の称呼までは生じないと認定されたものと考えられます。
 最後に観念の類否につきましては、本判決は、引用商標1からは爪のある猛々しい獣類の足跡の観念が生ずるのに対し、本件商標からは小獣類の観念が生じ、相互に区別し得ると認定しております。
 同認定の部分については、多少デリケートな部分があると考えられますが、両商標は全体として誤認混同のおそれがないとの判断のもとでの認定ではなかったかとも考えられます。
 本判決は、図形商標間の類否を判断したものとして、今後の実務において参考になるものと考えられます。



みずたになおき
1973年東京工業大学工学部卒、1975年早稲田大学法学部卒業後、1976年司法試験合格。1979年弁護士登録、現在に至る(弁護士・弁理士、東京工業大学大学院客員教授、専修大学法科大学院客員教授)。
知的財産権法分野の訴訟、交渉、契約等を多数手掛けている。