発明 Vol.105 2008-11
知的財産権判例ニュース
著作権侵害を根拠としてブログ上の掲載物の
発信者情報の開示が請求された事案において、
著作権侵害が認められないと判断された事例
(知財高裁平成20年7月17日判決平成20年(ネ)10009号)
水谷直樹
1.事件の概要
 控訴人Xは、被告人堀江貴文に対する証券取引法違反被告刑事事件の公判(東京地裁刑事第1部)を傍聴し、その内容の一部をメモにして、これに基づき控訴人傍聴記(以下、本判決の表記に従い「原告傍聴記」と言い換えます)をインターネット上で公開しておりました。
 これに対し、被控訴人ヤフー(株)が運営する「Yahoo!ブログ」上には、原告傍聴記が、控訴人に無断でブログ記事として掲載されておりました。
 そこで、控訴人は被控訴人に対し、「Yahoo!ブログ」上での原告傍聴記の掲載は、控訴人作成の原告傍聴記の著作権を侵害するとして、プロバイダ責任法4条1項に基づき上記ブログ記事の発信者情報の開示を求めるとともに、著作権法112条2項に基づき、上記ブログ記事の削除を求めて、平成19年に東京地方裁判所に訴えを提起いたしました。
 東京地方裁判所が控訴人の請求を棄却したために、控訴人が知財高裁に控訴したのが本事件です。

2.本事件の争点
 本事件での争点は、
(1)控訴人作成の原告傍聴記は著作物に該当するといえるか、本件ブログ記事は、控訴人作成の原告傍聴記の複製権を侵害したといえるか
(2)本件ブログ記事の掲載は、著作権法112条2項所定の著作権侵害行為といえるか
 でした。

3.裁判所の判断
 知財高裁は平成20年7月17日に判決を言い渡しましたが、まず左記(1)の争点について、
 「著作権法による保護の対象となる著作物は、『思想又は感情を創作的に表現したもの』であることが必要である(著作権法2条1項1号)。
 以下では、本件に即して言語により表現されたものの著作物性の有無について述べる。
 著作権法2条1項1号所定の『創作的に表現したもの』というためには、当該記述が、厳密な意味で独創性が発揮されていることは必要でないが、記述者の何らかの個性が表現されていることが必要である。言語表現による記述等の場合、ごく短いものであったり、表現形式に制約があるため、他の表現が想定できない場合や、表現が平凡かつありふれたものである場合は、記述者の個性が現われていないものとして、『創作的に表現したもの』であると解することはできない。
 また、同条所定の『思想又は感情を表現した』というためには、対象として記述者の『思想又は感情』が表現されることが必要である。言語表現による記述等における表現の内容が、専ら『事実』(この場合における『事実』とは、特定の状況、態様ないし存否等を指すものであって、例えば『誰がいつどこでどのようなことを行った』、『ある物が存在する』、『ある物の態様がどのようなものである』ということを指す。)を、格別の評価、意見を入れることなく、そのまま叙述する場合は、記述者の『思想又は感情』を表現したことにならないというべきである(著作権法10条2項参照)。」
 「イ原告傍聴記2
 原告傍聴記2は、原告が、ライブドア事件における丸山サトシ証人に対する証人尋問(続行)の傍聴結果を、以下の要領で記述されている。
(ア)『ライブドア事件の堀江貴文被告(ライブドア前社長)第4回公判の1人目の検察側証人尋問は、丸山サトシ(表記不明)氏です。』との説明書きが付されている。
(イ)以下のとおり中項目が付されている。
●検察側による主尋問より
●弁護側による反対尋問より
(ウ)各中項目の下に、証言内容が短く記述されている。
 例えば、『●弁護側による反対尋問より』との項目では、以下の記述がされている。
・大学卒業後、未来証券に新卒入社
・個人投資家からの株式売買受託やベンチャー企業の資金調達に携わる
・1年半弱で退社
・未来証券退社後、テラジャパンに入社
・有機物によるゴミや油の減量を業務とする会社
・1、2ヵ月で業績が悪化し、退社
・テラジャパン退社からライブドア(当時オン・ザ・エッヂ)入社まで約2ヵ月就職活動
・ライブドア退社後、UFJキャピタルに入社
・M&Aの仲介に携わる
・9ヵ月強で退社
・現在は、自分の会社を経営
・ベンチャー企業の上場準備や株式公開のコンサルタント」
 「ア 原告傍聴記における証言内容を記述した部分(例えば、「○ライブドアの平成16(2004)年9月期の最初の予算である」、「○各事業部や子会社の予算案から作成されている」)は、証人が実際に証言した内容を原告が聴取したとおり記述したか、又は仮に要約したものであったとしてもごくありふれた方法で要約したものであるから、原告の個性が表れている部分はなく、創作性を認めることはできない。
イ 原告傍聴記には、冒頭部分において、証言内容を分かりやすくするために、大項目(例えば、「『株式交換で20億円計上』ライブドア事件証人・丸山サトシ氏への検察側による主尋問」)及び中項目(例えば、「証人のパソコンのファイルについて」)等の短い表記を付加している。しかし、このような付加的表記は、大項目については、証言内容のまとめとして、ごくありふれた方法でされたものであって、格別な工夫が凝らされているとはいえず、また、中項目については、いずれも極めて短く、表現方法に選択の余地が乏しいといえるから、原告の個性が発揮されている表現部分はなく、創作性を認めることはできない。
ウ この点について、原告は、原告傍聴記は本件ノートに基づいて作成したものであり、本件ノートと対比すればその『分類』と『構成』に創意工夫がされているから、原告傍聴記に創作性が認められるべきであると主張する。そして、具体的には、(1)原告傍聴記2の証人の経歴に関する部分は、主尋問と反対尋問から抽出していること、(2)原告傍聴記1の『○クラサワコミュニケーションズとの株式交換も計上していることを口頭で説明した』、『■堀江被告は何も言わなかったが、分からないときは質問するので、説明を理解していたと思う』の記述及び原告傍聴記2の『○大学卒業後、未来証券に新卒入社』、『■個人投資家からの株式売買受託やベンチャー企業の資金調達に携わる』、『■1年半弱で退社』の記述は、実際に証言された順序ではなく、時系列にしたがって順序を入れ替えたこと、(3)原告傍聴記2において固有名詞を省略したこと等を創意工夫として例示する。
 しかし、原告の主張する創意工夫については、経歴部分の表現は事実の伝達にすぎず、表現の選択の幅が狭いので創作性が認められないのは前記のとおりであるし、実際の証言の順序を入れ替えたり、固有名詞を省略したことが、原告の個性の発揮と評価できるほどの選択又は配列上の工夫ということはできない。原告の主張は採用できない。
(3)小括
 以上のとおり、原告傍聴記を著作物であると認めることはできない。
 したがって、本件ブログ記事のウエブサイトへの掲載がプロバイダ責任制限法4条1項に該当するとはいえず、また、著作権侵害行為ともいえない。」
 と判断して、結論として控訴人の控訴を棄却いたしました。

4.検討
 本事件では、プロバイダ責任制限法4条1項に基づき、控訴人から被控訴人に対し、発信者情報の開示が求められております。同条同項は、発信者情報の開示請求が認められるための要件の1つとして「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」と規定しております。
 なお、ここでの「侵害情報」とは、特定の権利を侵害したとする情報のことであって(同法3条2項1号)、本事件では、控訴人が自己の著作権が侵害されたと主張している「原告傍聴記」が被控訴人が運営するブログへ掲載されたことを指しております。
 上記のとおりですが、本事件では、控訴人が「権利が侵害されたこと」として、著作権の侵害を主張していたために、その前提として、原告傍聴記の著作物性の有無が問題になりました。
 この点につき、本判決は、著作権法上での著作物の定義規定である「思想又は感情を創作的に表現したもの」を引用したうえで、この要件が満たされるためには、独創性が発揮されることまでは必要ないものの、記述者の何らかの個性が表現されていることが必要であると述べております。
 本判決は、このように述べる一方で、表現形式に制約があるため、他の表現が想定できない場合や、表現が平凡かつありふれた場合には、記述者の個性が表れているとはいえないと判示しております。
 この点につき
 換言すれば、本判決は、特定の内容を表現するうえで、表現の自由度が乏しい場合や、ありふれた表現でなされているにすぎない場合には、「創作的に表現したもの」とは認められないことを明らかにしております。
 本判決は、上記を前提としたうえで、原告傍聴記の記述内容について、さらに検討を行っております。
 上記検討結果によれば、原告傍聴記は、刑事公判における出廷証人の証言内容を、傍聴者が聴取したとおり記述したか、ごくありふれた方法で要約したというものであるにすぎず、これとともに、大項目や中項目の分類分けを付したことについても、控訴人の個性の発揮と評価できるほどのものではないと判断されております。
 上記のとおりでありますが、裁判傍聴記といっても、傍聴内容をそのまま記述しただけのものや、ありふれた方法で要約しただけのものから、独自の視点からコメント、論評を加えたものまでさまざまなものが存在することが考えられます。
 この場合に、独自の視点からコメント、論評が加えられている場合には、当該コメント等が加えられている部分については、創作性のある表現と解し得る余地があると考えられます。
 他方で、傍聴内容をそのまま記述した部分や、ありふれた方法で要約したにすぎない部分については、創作性が認められるとはいえない場合が少なくないものと考えられます。
 なお、上記は、裁判傍聴記に限られず、言語の著作物一般についてもいい得るものと考えられます。
 いずれにしても、本事件での原告傍聴記は、判決中の事実認定を前提とする限り、創作的な表現からなるものとして構成されてはいないと考えられ、この点で結論は是認されるものと考えられます。
 本判決は、裁判傍聴記の著作物性の有無について判断しておりますが、ここで判示されている内容は言語の著作物一般についてもいい得るものと考えられますので、本判決は、今後の実務上で同種事案の参考になるものと考えられます。


みずたになおき
1973年東京工業大学工学部卒、1975年早稲田大学法学部卒業後、1976年司法試験合格。1979年弁護士登録、現在に至る(弁護士・弁理士、東京工業大学大学院客員教授、専修大学法科大学院客員教授)。
知的財産権法分野の訴訟、交渉、契約等を多数手掛けている。