知的財産権判例ニュース |
ビジネス関連発明において、 「発明」に該当しないことを理由とする 拒絶査定不服審判の拒絶審決を取り消した知財高裁事例 |
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(知財高裁平成20年6月24日判決平成19年(行ケ)10369号) |
生田哲郎/吉浦洋一 |
1.はじめに |
いわゆるビジネス関連発明については、2000年ごろの出願ブームが過ぎ去り、特許庁において既出願の実体審査が行われている状況にあります。
その実体審査においてビジネス関連発明の多くの出願は、特許法29条1項柱書き違反(発明性の否定)などによって、拒絶されているのが実情です。 このような中、本件判決は、ビジネス関連発明について、拒絶査定不服審判において特許庁が行った特許法29条1項柱書き違反を理由とする審決が取り消された事例であり、今後の実務の参考になると思い、ここに紹介する次第です。 |
2.事件の概要 |
(1)本事件は、「双方向歯科治療ネットワーク」と題する1997年10月4日を国際出願日とする特許出願(特願2000−579144号。以下、「本件出願」といいます)が対象となりました。本件出願に対しては、2005年1月21日に特許法29条1項柱書きおよび特許法29条2項を理由として拒絶査定がなされ、それに対して拒絶査定不服審判を請求するとともに特許請求の範囲の記載の補正(以下、「本件補正」といいます)が行われました。
拒絶査定不服審判(不服2005−7446号)では、限定的減縮ではないことを理由として本件補正が却下されるとともに、特許法29条1項柱書きを理由として拒絶の審決となりました。 本事件は、この審決の取り消しを求めた事件になります。 (2)本事件で争点となったのは、拒絶査定不服審判請求時に行った本件補正の適法性(争点1)、および本件出願に係る発明が特許法29条1項柱書きの「発明」に該当するか(争点2)、の2点です。 |
3.本件補正前と補正後の請求項の記載 |
(1)本件補正前の請求項1は、「歯科補綴材の材料、処理方法、およびプレパラートに関する情報を蓄積するデータベースを備えるネットワークサーバと;前記ネットワークサーバへのアクセスを提供する通信ネットワークと;データベースに蓄積された情報にアクセスし、この情報を人間が読める形式で表示するための1台または複数台のコンピュータであって少なくとも歯科診療室に設置されたコンピュータと;要求される歯科修復を判定する手段と;前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段とからなり、前記通信ネットワークは初期治療計画を歯科技工室に伝送し;また前記通信ネットワークは必要に応じて初期治療計画に対する修正を含む最終治療計画を歯科治療室に伝送してなる、コンピュータに基づいた歯科治療システム。」です。なお、本件補正前の特許請求の範囲には、請求項18までありますが、誌面の関係上請求項1以外は省略します。
(2)これに対し本件補正によって請求項1は、「歯科補綴材の材料、処理方法、およびプレパラートに関する情報を蓄積するデータベースを備えるネットワークサーバと;前記ネットワークサーバへのアクセスを提供する通信ネットワークと;前記通信ネットワークを介してデータベースに蓄積された情報にアクセスし、この情報を人間が読める形式で表示するための前記ネットワークに操作可能に接続された1台または複数台のコンピュータであって、歯科診療室に設置された少なくとも1台のコンピュータと更に歯科技工室に設置された少なくとも1台の追加のコンピュータと;患者の歯の治療必要情報に対応させ、前記歯科修復の歯科補綴材を生成するためのデザイン基準および患者の歯科修復必要情報に対応する電子画像を含む初期治療方法情報であって、この初期治療方法情報は歯科診療室コンピュータまたはコメントを要求するため少なくとも前記初期治療方法情報の電子画像のある歯科技工室コンピュータにおいて生成され、歯科診療室と歯科技工室におけるそれぞれのコンピュータは同時に電子画像に通信ネットワークを介してアクセス可能な初期治療方法情報と;さらに前記初期治療方法情報の電子画像の修正、増強あるいは確認に基づき、且つ修正された、増強された、あるいは確認された電子画像を含み、電子画像を歯科診療室コンピュータへ通信ネットワークを介して伝送可能な最終治療方法情報と;から構成されるコンピュータに基づいた歯科治療システム。」に補正されました。 |
4.拒絶査定不服審判における判断 |
(1)争点1については、「補正前の『歯科治療システム』の発明を特定するために必要な事項である『歯科修復を判定する手段』、『初期治療計画を策定する手段』を削除したものであり、請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものでないことは明らかであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに当たらない。」、またそのほかの要件にも当たらないとして、平成18年改正前特許法17条の2第4項に違反するとして本件補正を却下しました。
(2)また争点2については、発明特定事項である「要求される歯科修復を判定する手段;」と「初期治療計画を策定する手段」に対して「歯科医師が、その精神活動の一環として、患者からの歯科治療要求を判定したり、初期治療計画を策定することは社会常識である」ことから各手段の主体が「歯科医師」であるとしました。また請求項の左記各手段についても歯科医師が主体ではないことの定義が記載されていないこと、また明細書、図面の記載などを参照したとしても、「歯科医師が主体の精神活動に基づく判定、策定することを、上記『手段』として表現したものであるから、請求項1に係る発明全体をみても、自然法則を利用した技術的創作とすることはできない。」として、発明の該当性を否定しました。 |
5.裁判所の判断 |
(1)まず争点1については、本件補正の補正内容について、「補正前の『要求される歯科修復を判定する手段』との記載を、『歯科修復の歯科補綴材を生成するためのデザイン基準および患者の歯科修復必要情報に対応する電子画像を含む初期治療方法情報』とするものであるが、これは、『手段』とされていたものを、これとは異質な『情報』という抽象的な内容のものにする補正であり、請求項に記載した発明を特定するために必要な事項(要求される歯科修復を判定する手段)を限定するものとはいえず、また、明りょうでない記載の釈明にも当たらない。」と判示して、本件補正を却下した審決を支持しました。
(2)また争点2については、本件補正前の請求項1について、「『歯科治療システム』に関するものであり、『データベースを備えるネットワークサーバ』、『通信ネットワーク』、『1台または複数台のコンピュータ』、『要求される歯科修復を判定する手段』及び『初期治療計画を策定する手段』をその要素として含み、『コンピュータに基づ』いて実現されるものである、と理解することができる。」とし、「人の精神活動による行為が含まれている、又は精神活動に関連する場合であっても、発明の本質が、人の精神活動を支援する、又はこれに置き換わる技術的手段を提供するものである場合は、『発明』に当たらないとしてこれを特許の対象から排除すべきものではない」という規範を提示しました。 (3)そのうえで本件補正前の請求項1について検討を行い、「『判定する手段』、『策定する手段』には、人による行為、精神活動が含まれると解することができる。さらに、そもそも最終的に、『要求される歯科修復を判定』し、『治療計画を策定』するのは人であるから、・・・・・・少なくとも人の精神活動に関連するものであるということができる。しかし、・・・・・・精神活動が含まれている、又は精神活動に関連するという理由のみで、特許の対象から排除されるものではない」として、本件補正前の発明の本質について検討を行っています。 (4)そして上記「判定する手段」「策定する手段」の技術的意義を一義的に明確に理解することができないので発明の詳細な説明の記載を参酌するとしたうえで、上記各手段について、「人の行為により実現される要素が含まれ、また、本願発明1を実施するためには、評価、判断等の精神活動も必要となるものと考えられるものの、明細書に記載された発明の目的や発明の詳細な説明に照らすと、本願発明1は、精神活動それ自体に向けられたものとはいい難く、全体としてみると、むしろ、『データベースを備えるネットワークサーバ』、『通信ネットワーク』、『歯科治療室に設置されたコンピュータ』及び『画像表示と処理ができる装置』とを備え、コンピュータに基づいて機能する、歯科治療を支援するための技術的手段を提供するものと理解することができる。」と判示し、本件補正前の請求項1について「発明」に該当すると認定しました。 |
6.検討 |
(1)争点1については、「手段」として記載されていた発明特定事項を、それと異なる概念である「情報」に補正した点について、いわゆる限定的減縮には当たらないとしました。限定的減縮は極めて狭い範囲内での補正しか行えないので、拒絶査定不服審判時における補正については、実務上、特に留意する必要性があるでしょう。
なお、本件出願では発明特定事項として「ネットワークサーバ」「通信ネットワーク」「歯科治療室に設置されたコンピュータ」などが含まれていますが、一般的な出願においては、直接侵害を主張できるように、単独被告の実施行為ですべての構成要件を充足し得るようにクレームすることが必要と思われます。 (2)本件判決では、請求項の発明特定事項に人の行為や精神活動が必要となるものが含まれていたとしても、その発明の本質がどこにあるのかを参酌することで発明性の判断を行うことを示しています。審査基準では発明性の判断の際に、「発明を特定するための事項に自然法則を利用していない部分があっても、請求項に係る発明が全体として自然法則を利用していると判断されるときは、その発明は、自然法則を利用したものとなる。」とされています。 特にビジネス関連発明の技術分野では、請求項の表現について形式的に判断され、人の精神活動によるものとしてその発明性が否定される場合もみられます。そのため、本判決において、審査基準で示している「発明全体」について、「発明の本質」を参酌することを判示した点において有意義であり、実務上、今後の参考になる判決であると思われます。 また、一般的にビジネス関連発明の請求項は機能的クレームで記載されることから、クレーム文言の技術的意義が一義的に明確になることは少なく、結果として、多くの場合、請求項のクレーム文言の技術的意義の解釈にあたり、発明の詳細な説明が参酌されることとなります。 したがって、審査・審判段階において発明性が否定されないためにも、従来技術やその課題も含む発明の詳細な説明において、技術的な課題や技術的構成、その特徴などを明確に記載しておくことが必要と思われます。 |