発明 Vol.105 2008-9
知的財産権判例ニュース
  特許侵害を認めた原判決の確定後に、当該特許権が
無効審決により無効確定した場合の再審請求事件において、
原判決の取り消しが認められた事例
(知財高裁平成20年7月14日判決平成18年(ム)10002号、平成19年(ム)10003号)
水谷直樹
1.事件の概要
 再審被告(株)親和製作所は、再審原告フルタ電機(株)に対して、自社保有の2件の特許権の侵害を根拠とする再審原告製品の製造販売行為の差し止め等を求める訴えを、平成10年に東京地方裁判所に提起いたしました(生海苔の異物分解除去装置事件)。
 これに対して、東京地方裁判所は、均等論を適用したうえで、再審原告の装置につき、2件の特許権のいずれについても特許侵害を認め、再審原告に対して再審原告装置の製造販売の差し止めを命じました(平成12年)。
 再審原告は、同判決に対して東京高裁に控訴いたしましたが、控訴棄却の判決を言い渡され、さらに最高裁に上告受理の申し立てを行いましたが、受理却下の決定を受け、これにより控訴審判決(原判決)が確定いたしました(平成13年)。
 他方で、再審原告は、再審被告の2件の特許権につき、原判決の前後を通じて特許庁に無効審判を複数回にわたって請求していましたが、特許権は無効にならなかったところ、上記原判決確定後に特許庁に申し立てた無効審判請求において上記2件の特許権のいずれについても無効審決が下され、最終的にこれが確定いたしました(平成18および19年)。
 そこで、再審原告は、上記無効審決の確定により特許権は初めから存在しなかったものとみなされるとして(特許法125条)、平成18年および19年に、知財高裁に対して確定済みの原判決につき再審請求を行ったところ、上記2件の特許権のいずれの関係においても、再審開始決定が下され、これが確定いたしました。
 そこで、再審原告は、さらに確定済みの原判決の取り消しを求めて知財高裁に訴えを提起いたしましたが、これが本事件であります。

2.本事件の争点
 本事件での争点は、確定済みの原判決を取り消すべきであるか否かの点でありました。

3.裁判所の判断
 知財高裁は平成20年7月14日に判決を言い渡しましたが、上記争点について、
 「再審被告の本案請求は、再審原告による再審原告製品の製造販売行為が本件特許権を侵害するとして侵害行為の差止め等を求めるものである(特許法100条)から、再審被告が本件特許権を有する旨の主張が請求原因であり、本件では、この請求原因事実として再審被告を特許権者とする本件特許の設定登録がされた事実は争いがないところ、本件特許を無効とする前記第2の1(5)及び(6)の審決が確定したことにより本件特許権は初めから存在しなかったものとみなされる(同法125条本文)のであるから、上記無効審決が確定した旨の主張は権利消滅の抗弁であり、本件では、この抗弁事実も争いがない。
 したがって、再審被告の本案請求は、その余の点につき検討するまでもなく理由がないことに帰する。」
 「これに対し、再審被告は、その趣旨が必ずしも明瞭とは言い難いものの、本件においては再審原告の上記抗弁主張が許されない旨主張するものと解されるので、再審被告の主張に即して、以下、その当否を検討する。・・・・・・キルビー判決後は、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、キルビー判決の示した権利濫用の法理に基づく抗弁(以下「権利濫用の抗弁」という。)を判断するため特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かを審理判断することができるものとされ、これが認められた場合には権利濫用の抗弁を認めて特許権者の請求を棄却するものとされた(当裁判所に顕著な事実)。そこで、再審原告は、キルビー判決の示した権利濫用の法理に従い、前審控訴審において、本件特許に特許法36条4項または6項違反の無効理由があるとして権利濫用の抗弁を主張したが、原判決は、この抗弁を排斥し、再審原告の控訴を棄却し、再審被告の本案請求を認容した前審一審判決を維持した。なお、再審原告は、上記無効理由に基づく無効審判を請求したが、請求は成り立たないとの審決がされており、本件特許を無効とした審決の無効理由は公知例(特開昭51―82458号公報。新甲4の2の2)と周知技術による進歩性の欠如であった。」
 「上記のように、原判決は、無効理由の存在の明白性という権利濫用の抗弁について判断した上で本案請求を認容した一審判決を維持したのであるから、たとえ同抗弁で主張したものとは別個の無効理由であっても、原判決の確定後にこれを主張し、本案に係る訴訟物の存否を争うことができるとすることは、確定判決に求められる紛争解決機能を損ない、法的安定性を害するとともに、確定判決に対する当事者の信頼をも損なうこととなるから、再審被告の前記(1)、(2)の主張もそのような趣旨のものとして理解する余地はある。しかしながら、そうだとしても、再審被告の前記(1)、(2)の主張は、結局、確定判決に認められる既判力に基づく遮断効を主張するものに過ぎないのであって、再審開始決定が確定した後の本案の審理においては、判決の確定力自体が失われているのであるから、再審被告の前記(1)、(2)の主張は、その前提を欠くものといわざるを得ない。
 また、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、キルビー判決後においても、特許が有効であることを前提とした上で、権利濫用の抗弁となる無効理由の存在の明白性を判断するのであり、特許の有効無効それ自体を判断するものではないのであるから、キルビー判決の法理に基づく権利濫用の抗弁と無効審決の確定による権利消滅の抗弁とは別個の法的主張と理解すべきものである。したがって、原判決が再審原告の主張した権利濫用の抗弁について判断したからといって、本件特許の有効性について判断したものとはいえず、また、原判決の確定により本件特許の有効無効問題が決着済みとなったということもできない。加えて、前記(1)のとおり、再審原告が前審控訴審で権利濫用の抗弁として主張した無効理由と本件特許を無効とした無効審決の理由とされた無効理由は異なるものであり、しかも、原判決の当時、無効審決の無効理由とされた公知例の存在を再審原告が認識していなかったことは当事者間に争いがないことからすれば、再審原告が無効審決の確定による権利消滅の抗弁を主張することが無効理由の主張を蒸し返したものであるとは認められないのであり、この点からも再審被告の前記(1)の主張は失当である。」
 「さらに、本件特許1について無効審決がされたのは再審原告による3回目の無効審判請求においてであり(前記第2の1(4)、(5)、後記3(1)ア)、本件特許2について無効審決がされたのは2回目の無効審判請求においてである(前記第2の1(6)、後記3(1)ア)が、無効審判の請求人及び請求期間には制限がなく、また、特許無効審判の確定審決の登録による同一事実及び同一証拠に基づく対世的な一事不再理効の制約(特許法167条)に抵触しない限り、同一人であっても再度の無効審判請求ができる等の無効審判制度の趣旨に照らすならば、無効審判請求を繰り返し行ったとの一事をもって直ちに再審原告と再審被告との間において前記第2の1(5)、(6)の無効審決がされる前に本件特許の有効無効問題に決着がついたものと扱うべき理由はないし、本件全証拠を検討しても、再審原告の無効審判請求が濫用的なものであってそれによる法律効果の主張を再審開始後の本案の審理において制限しなければならない事情は窺われず、再審被告の前記(3)の主張も理由がない。
 以上のとおりであるから、再審被告の前記(1)ないし(3)の主張はいずれも採用できない。」
 「次に、再審被告は、前記第2の3(2)のとおり、再審原告と再審被告は、原判決確定後にした本件特許権の侵害に基づく損害賠償請求訴訟における訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)において、将来本件特許を無効とする審決が確定しても、原判決の認めた侵害行為の差止め自体はそのまま維持するという趣旨の合意をしたから、本件和解の上記趣旨に照らすと、本件再審請求は信義則に反するものである旨主張する」
 「本件和解が成立した当時、再審原告がした本件特許についての無効審判請求が特許庁に係属しており(本件特許1については2回目、同2については1回目の無効審判請求)、かかる状況を前提として、再審原告は再審被告に対し和解金を支払うものの、無効審決が確定しても再審被告は和解金の返還義務はないとされ、他方、上記無効審判請求はそのまま維持され、また、将来の無効審判請求を禁止する条項もなかったというのであるから、本件和解においては、原判決の認めた侵害行為の差止め等に関して何らの合意も成立しておらず、また、前提とされていなかったものと認めるのが相当である。したがって、将来本件特許を無効とする審決が確定しても、原判決の認めた侵害行為の差止め自体はそのまま維持することが本件和解の内容であるとの再審被告の上記主張は理由がない。
 以上によれば、本件再審請求が本件和解の趣旨に反するとは認められないから、本件再審請求が信義則に反するとの再審被告の主張は理由がない。」
 として、原判決を取り消すのが相当であるとして、再審原告の請求を認容いたしました。

4.検討
 本判決は、特許侵害を認めた原判決の確定後に、特許権の無効が確定した場合においての、再審請求の可否について重要な判断を行っており、今後の議論が期待されるところであります。
 本事件は、特許侵害を認めた判決(原判決)の確定後に、無効審判請求が特許庁になされ、これにより当該特許権の無効が確定したことを前提とした事案であります。
 原判決確定後に特許権が無効確定したことの結果として、特許権は初めから存在しなかったものとみなされることになりますから(特許法125条)、当該特許権の存在を前提としたうえで特許侵害を認めた原判決も、その前提を失うことになります。
 そうすると、原判決は取り消すべきことになるものと考えられます。
 もっとも、このような見解に対しては、原判決確定までに特許無効を主張できたにもかかわらず、無効を主張しなかった場合や、訴訟で特許無効を主張したものの認められなかった場合などには、信義則上あるいは紛争の蒸し返しの防止の観点から再審請求を制限しようとする見解も有力に唱えられております。
 本判決におきましては、この点に関しては、前記引用のとおり、本事件で原判決の取り消しを制限すべき理由ないし事情は見いだせないとして、原判決の取り消しが認められております(なお、付言をすれば、特許法104条の3は、原判決の確定後に施行されております)。
 上記のとおりでありますが、本判決中では、原判決当時においては、無効審決の無効理由とされた公知例の存在を再審原告が認識していなかったことが認定されており、本件は、無効理由の主張の単なる蒸し返しの事例ではないと認定されている点が注目されます。
 いずれにいたしましても、本判決は、特許侵害を認めた原判決確定後の再審請求の可否についての今後の議論に対して、重要な影響を与えるものと考えられます。


みずたになおき
1973年東京工業大学工学部卒、1975年早稲田大学法学部卒業後、1976年司法試験合格。1979年弁護士登録、現在に至る(弁護士・弁理士、東京工業大学大学院客員教授、専修大学法科大学院客員教授)。
知的財産権法分野の訴訟、交渉、契約等を多数手掛けている。