発明 Vol.105 2008-8
知的財産権判例ニュース
特許拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決について、
 査定の理由と異なる拒絶の理由による拒絶理由通知を
     欠缺した違法があると判断した事例
(知財高裁平成20年6月16日判決平成19年(行ケ)第10244号)
生田哲郎/森本晋
1.はじめに
 特許の拒絶査定不服審判において、拒絶査定における査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には、拒絶理由通知を行って意見書提出の機会を与えなければならないものとされています(特許法159条2項で準用する特許法50条)。
 本件は、査定の理由と異なる拒絶の理由による拒絶理由通知を欠缺した違法があるとして、特許拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決を取り消したケースであり、実務上参考になるものとしてここで取り上げる次第です。

2.本件の概要
(1)原告は、「セルロースパルプ製造装置のスクリーン板」の発明(特願2000−32224号)についての特許出願人です。本件で問題となったのは請求項19に記載された発明であり(以下「本願発明」)、その補正前の特許請求の範囲の記載は以下のとおりです。
 「スクリーン板であって、実質的に平行な頂辺と底辺と、実質的に平行な第一と第二側辺であって前記頂辺と底辺に実質的に垂直な第一と第二側辺とを有する実質的に四角形の金属板と、前記金属板に開けられた複数のスロットであって、前記辺の一つに対する傾斜角αとして約30〜60度となるように配置され、幅が約2〜13mmである前記スロットと、前記金属板の前記スロット部の間に設けられた複数の陸領域と、から構成されることを特徴とするスクリーン板。」

(2)審査官の拒絶理由通知には、「理由3」として、本願発明は頒布された引用例に記載された発明であり、特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができない旨と、「理由4」として、引用例に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨が記載されていました。そして、「理由3及び4について」として、次のように記載されていました。
 「引用例には、水平面に対して、傾斜角30〜60°で配置されたスロットを有するスクリーンが記載されている。そして、引用例の4頁32行乃至34行には、フレームとフレームに固定されたスクリーンプレートを備えることが記載されている。
 してみれば、本願・・・・・・に係る発明は、引用発明と相違するものではない。」

(3)原告は、本願発明の特許請求の範囲を以下のとおり補正しました。
 「スクリーン板であって、平行な頂辺と底辺と、平行な第一と第二側辺であって前記頂辺と底辺に垂直な第一と第二側辺とを有する四角形の金属板と、前記金属板に開けられた複数のスロット領域であって、各スロット領域において幅が約2〜13mmである各スロットが、前記辺の一つに対する傾斜角αが30〜60度となるように複数配置されている、複数のスロット領域と、前記金属板の前記スロット領域の間に設けられた複数の陸領域と、から構成されることを特徴とするスクリーン板。」
 そのうえで原告は、引用例には、本願発明の必須の構成要件である、スクリーン板が複数のスロット領域と複数の陸領域とを含み、一つの陸領域が一つのスロット領域と他のスロット領域との間に設けられているという構成要件が開示されておらず、また、これによってもたらされる、スクリーン板の強度および作業性の向上という技術的効果が開示されておらず、したがって、引用例によって、本願発明を新規性および進歩性なしとすることはできず、拒絶理由3および4は理由がない旨主張した意見書を提出しました。

(4)審査官は、本願は上記拒絶理由通知書に記載した理由3および4によって拒絶すべきものであるとして拒絶査定を行いました。拒絶査定においては、「備考」として、以下のとおり述べられていました。
 「引用例の5頁2行乃至20行には、スクリーンプレートがスクリーンバー16を備えることが記載されており、スロットの間隔tはスロットの幅sの1.5−2倍の長さであることが記載されている。してみれば、引用発明においても、本願発明の『陸領域』に相当するスクリーンバーが存在するから、この点において相違しない。」

(5)原告は、拒絶査定不服審判請求を行いました(以下「本件審判請求」)。原告は、本件審判請求の理由として、本願発明と引用発明とはその構成が相違し、また、本願発明は引用発明における問題点を解決した顕著な効果を得たものであるから、本願発明は引用発明と同一でないだけでなく、引用発明から容易に発明できたものではないこと、審査官は引用発明におけるスクリーンバーを本願発明における「陸領域」と同視したが、かかる認定は妥当でないことなどを主張しました。

(6)審決は、「スクリーン板が、本願発明では、複数のスロット領域と、前記複数のスロット領域の間に設けられた複数の陸領域とから構成されるのに対して、引用発明では、スロット領域が一つであり、本願発明に係る前期複数の陸領域も具備していない点」において、本願発明と引用発明とは相違すると認定しました。そのうえで、審決は、「スクリーン板において、1枚の金属板に複数のスロットの一群からなるスロット領域を複数形成させた構造とすること」は「本願前周知のこと」であり、「当業者が適宜選択し、採用し得ることである。」などとして、引用発明および周知技術を根拠として、本願発明は進歩性を有しないと判断しました。

3.裁判所の判断
 裁判所は、以下のとおり述べて、審決には、査定の理由と異なる拒絶の理由による拒絶理由通知を欠缺した違法があるとして、審決を取り消しました。
 「ところで、特許法50条が拒絶の理由を通知すべきものと定めている趣旨は、通知後に特許出願人に意見書提出の機会を保障していることをも併せ鑑みると、拒絶理由を明確化するとともに、これに対する特許出願人の意見を聴取して拒絶理由の当否を再検証することにより判断の慎重と客観性の確保を図ることを目的としたものと解するのが相当であり、このような趣旨からすると、通知すべき理由の程度は、原則として、特許出願人において、出願にかかる発明に即して、拒絶の理由を具体的に認識することができる程度に記載することが必要というべきである。これを特許法29条2項の場合についてみると、拒絶理由通知があったものと同視し得る特段の事情がない限り、原則として、出願に係る発明と対比する引用発明の内容、対比判断の結果である一致点および相違点、相違点に係る出願発明の構成が容易に想到し得るとする根拠について具体的に記載することが要請されているものというべきである。
 これを本件についてみると、前記のとおり、本件においては、引用例の指摘こそあるものの、一致点及び相違点の指摘並びに相違点に係る本願発明の構成の容易想到性についての具体的言及は全くないのであるから、拒絶理由通知があったものと同視し得る特段の事情がない限り、拒絶理由の通知として要請されている記載の程度を満たしているものとは到底いえないものといわざるを得ない。」
 「・・・・・・確かに、・・・・・・本件意見書及び審判請求の理由の各記載によれば、原告は、引用例の技術内容を熟知しており、本願当初発明又は本願発明と引用発明との間に審決が認定したのと同一の相違点が存在することを認識していたものと認められるし、本件拒絶理由通知書及び本件拒絶査定に拒絶の理由として理由4(進歩性の欠如)が記載されていたのであるから、その具体的理由は不明であるものの、審査官が、当該相違点に係る構成について当業者が容易に想到し得るものと判断したこと自体は理解することができたものと推認することができ、そうであるとすれば、この限度で拒絶理由通知を不要とする特段の事情があったものと一応いうことができる。
 しかしながら、上記のとおり、本件拒絶理由通知書及び本件拒絶査定には、当業者が、引用発明との相違点に係る本願当初発明又は本願発明の構成を容易に想到し得たとする具体的理由については、それが周知技術を根拠とする点も含めて全く述べられていない上、当該容易想到性の存在が当業者にとって根拠を示すまでもなく自明であるものと認めるに足りる証拠もないから、原告において、本願当初発明又は本願発明と引用発明との間に相違点が存在することを認識し、かつ、審査官が当該相違点の構成について当業者が容易に想到し得るものと判断していることを理解することができたからといって、そのことをもって、原告が、本願当初発明又は本願発明が引用発明を根拠に特許法29条2項の規定に該当するとの拒絶理由通知を受けたものと評価することはできない。
 そして、審査官において、原告は引用発明を熟知しており、本願発明との相違点も理解し得たはずであるとの認識であったとするならば、本願発明の相違点に係る構成の容易想到性こそが最も重要な論点であり、原告においてもその具体的根拠を知りたいと考えるであろうことは明らかであるから、何よりもこの点について審査官の考え方を根拠と共に示して原告の意見を聴取することが重要であったはずであるのに、審査官は、この点に関する具体的見解及びその根拠を何ら示していないことは前示のとおりである。」

4.検討
 本件では、拒絶理由通知書には「理由4」として特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨が記載されており、原告も、意見書やその後の審判請求の理由の記載において、新規性のみならず進歩性についての主張も行っているという事情がありました。しかし、裁判所は、「拒絶理由通知があったものと同視し得る特段の事情」ありとは認めませんでした。裁判所は、本願発明の特許性における最大の争点であった本願発明と引用例の相違点の容易想到性の根拠について、審査官が何ら明らかにしていない点を重視したものです。最大の争点になるべき本願発明と引用例の相違点の容易想到性の根拠が拒絶理由通知で明らかになっていない以上、本件では、実質的に原告に反論の機会が与えられたとは言い難く、本判決の結論は正当と考えます。



いくたてつお
1972年東京工業大学大学院修士課程修了、技術者としてメーカーに入社。82年弁護士・弁理士登録後、もっぱら、国内外の侵害訴訟、ライセンス契約、特許・商標出願等の知財実務に従事。この間、米国の法律事務所に勤務し、独国マックス・プランク特許法研究所に在籍。
もりもとしん
東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。生田・名越法律特許事務所において知的財産権関係訴訟、ライセンス契約案件等に従事。