知的財産権判例ニュース |
特許無効の主張に対する対抗主張として、特許請求の範囲の減縮を 内容とする訂正審判請求を行うことを前提とした主張を原審で 行うことが可能であったのに、これを行わずに上告審で行うことは、 特許法104条の3の趣旨に照らして許されないと判示した事例 |
---|
(最高裁判所平成20年4月24日判決平成18年(受)1772号) |
水谷直樹 |
1.事件の概要 |
上告人(株)レザックは、発明の名称を「ナイフの加工装置」とする特許権(特許第2139927号、以下「本件特許権」といいます)を保有しておりましたところ、被上告人(株)エル・シー・シーは、自動刃曲加工システムを製造、販売しておりました。
上告人は、被上告人の上記自動刃曲加工システムの製造、販売行為は、上告人の本件特許権を侵害しているとして、平成13年に大阪地方裁判所に特許権侵害に基づく差し止め等請求訴訟を提起いたしました。大阪地裁は、本件特許権に無効理由が存在することが明らかであるとして、上告人の請求棄却の判決を言い渡しました。 そこで、上告人は、大阪高裁に控訴いたしましたが、同裁判所も、本件特許権は、特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとして、控訴棄却の判決を言い渡しました。 なお、控訴人は、控訴審係属中に、特許庁に対して合計3回にわたり本件特許権の訂正審判請求を申し立てておりましたが、いずれも申し立て後に当該請求を取り下げております(当初の2回の取り下げは控訴審係属中に、3回目の取り下げは上告後になされました)。 そこで、上告人は、上記判決を不服であるとして、最高裁判所に上告および上告受理申し立てをしたのが本事件であります。 なお、上告人は、上告審係属中にも特許庁に対して、本件特許権につき、合計2回にわたり訂正審判請求を行いました。上告人は、1回目の訂正審判は取り下げたものの、2回目の訂正審判請求については、特許庁で当該請求が認容されました。 このため、上告人は、本件特許権につき、特許庁で訂正審判が認容されたことを引用したうえで、この点において、原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたとして、これは民訴法338条1項8号に規定する再審事由があるといえるから、原判決には、判決に影響を及ぼす明らかな法令違反がある(民訴法325条2項)と主張いたしました。 |
2.本事件の争点 |
本事件での争点は、上告審係属中に特許庁で訂正審判請求が認容され、本件特許権の特許請求の範囲の訂正が認められたことに関して、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるか否かとの点でありました。
|
3.裁判所の判断 |
最高裁判所は平成20年4月24日に判決を言い渡しましたが、上記の争点につき、
「(1)よって検討するに、原審は、本件訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて、第5発明に係る特許には特許法29条2項違反の無効理由が存在する旨の判断をして、被上告人らの同法104条の3第1項の規定に基づく主張を認め、上告人の請求を棄却したものであり、原判決においては、本件訂正後の特許請求の範囲を前提とする本件特許に係る無効理由の存否について具体的な検討がされているわけではない。そして、本件訂正審決が確定したことにより、本件特許は、当初から本件訂正後の特許請求の範囲により特許査定がされたものとみなされるところ(特許法128条)、前記のとおり本件訂正は特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから、これにより上記無効理由が解消されている可能性がないとはいえず、上記無効理由が解消されるとともに、本件訂正後の特許請求の範囲を前提として本件製品がその技術的範囲に属すると認められるときは、上告人の請求を容れることができるものと考えられる。そうすると、本件については、民訴法338条1項8号所定の再審事由が存するものと解される余地があるというべきである。」 「(2)しかしながら、仮に再審事由が存するとしても、以下に述べるとおり、本件において上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは、上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものであり、特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されないものというべきである。 ア 特許法104条の3第1項の規定が、特許権の侵害に係る訴訟(以下「特許権侵害訴訟」という。)において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められることを特許権の行使を妨げる事由と定め、当該特許の無効をいう主張(以下「無効主張」という。)をするのに特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことを要しないものとしているのは、特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で解決すること、しかも迅速に解決することを図ったものと解される。そして、同条2項の規定が、同条1項の規定による攻撃防御方法が審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所はこれを却下することができるとしているのは、無効主張について審理、判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐためであると解される。このような同条2項の規定の趣旨に照らすと、無効主張のみならず、無効主張を否定し、又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)も却下の対象となり、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とする無効主張に対する対抗主張も、審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば、却下されることになるというべきである。」 「ウ そうすると、上告人は、第1審においても、被上告人らの無効主張に対して対抗主張を提出することができたのであり、上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らすと、少なくとも第1審判決によって上記無効主張が採用された後の原審の審理においては、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とするものを含めて早期に対抗主張を提出すべきであったと解される。そして、本件訂正審決の内容や上告人が1年以上に及ぶ原審の審理期間中に2度にわたって訂正審判請求とその取下げを繰り返したことにかんがみると、上告人が本件訂正審判請求に係る対抗主張を原審の口頭弁論終結前に提出しなかったことを正当化する理由は何ら見いだすことができない。したがって、上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは、原審の審理中にそれも早期に提出すべきであった対抗主張を原判決言渡し後に提出するに等しく、上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものといわざるを得ず、上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らしてこれを許すことはできない。」 として、上告人の上告を棄却いたしました。 なお、本判決には泉裁判官の意見が付されており、示唆に富む内容でありますので、以下に一部を引用いたします。 「一般に、特許権侵害訴訟において、原告の特許権を侵害したと訴えられた被告が、・・・・・・原告においてその権利を行使することができないという権利行使制限の抗弁を主張した場合には、原告は、当該特許に係る特許請求の範囲のうち被告主張の無効理由が存在する部分(以下「無効部分」という。)が、訂正審判を請求して特許請求の範囲を減縮することにより排除することができるものであること、及び、被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証して、権利行使制限の抗弁の成立を妨げることができる。」 「そして、被告において、権利行使制限の抗弁を成立させるためには、既に特許無効審判が請求されているまでの必要はなく、特許無効審判の請求がされた場合には当該特許が無効にされるべきものと認められることを主張立証すれば足りるのと同様に、原告において、同抗弁の成立を妨げるためには、既に訂正審判を請求しているまでの必要はなく、まして訂正審決が確定しているまでの必要はないのであり、訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができ、かつ、被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証すれば足りる。」 「以上のように、訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができること、及び、被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することは、被告の権利行使制限の抗弁が成立するか否かを判断するための要素であって、その基礎事実が事実審口頭弁論終結時までに既に存在し、原告においてその時までにいつでも主張立証することができたものである。原告としては、事実審口頭弁論終結時までに、上記の主張立証を尽くして権利行使制限の抗弁を排斥すべきであり、・・・・・・訂正審決によってもたらされる法律効果は事実審口頭弁論終結時までに主張することができたものであるから、訂正審決が確定したことをもって事実審の上記判断を違法とすることはできないのである。」 「事実審が特許法104条の3第1項の規定に基づく権利行使制限の抗弁の成否について行う判断は、・・・・・・訂正審判の請求がされた場合にはそれが認められるべきものであるか否かも考慮の上、換言すると、訂正審決によってもたらされる法律効果も考慮の上で行うものであるから、その後に訂正審決が確定したからといって、上記判断の基礎となった行政処分が変更されたということはできない。」 |
4.検討 |
本事件は、上告審係属中に本件特許の訂正審判請求が認容された場合に、このことを根拠として、原判決に法令違反があるといえるか否かが問題になった事例であります。
本判決は、この点につき、上告人は、原審において被上告人の特許無効の抗弁に対して対抗主張(その内容は、上告審において認容された特許請求の範囲の減縮を内容とした訂正を前提とするものと考えられます)を提出することが可能であったことから、原審でこれを行わずに、上告審でこれを行うことは、審理を不当に遅延させるだけのことであり、特許法104条の3の趣旨に照らして許されないと判示しております。 実際の特許侵害訴訟において、被告が特許の無効の抗弁を主張し、これに対して、原告が訂正審判請求で対抗することは、しばしば実務上で経験するところであります。 もっとも、このような攻防が何回も繰り返されることがあり、本事件もその典型例の一つといえると思われます。 本判決の結論および理由は、本判決が前提とした事実関係を前提とした場合には、十分に是認されるものと考えられ、特許権者である原告に対して、警告を発しているものと考えられます。 なお、泉裁判官の意見は、上記の論点について、原告が、被告からの特許無効の抗弁に対抗するためには、《1》訂正審判の請求をした場合には、無効部分を排除できること、《2》被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証すれば足り、この場合に、既に訂正審判を請求していることまでは必要はないと述べております(ちなみに、この点につき、東京地判平成19.2.27判決(最高裁HP)では、実際に訂正審判ないし訂正請求をしたことが前提になると判示されております)。 上記意見は示唆に富むものと考えられ、特許侵害主張における要件事実論の議論に大きな影響を与えていくものと考えられます。 本判決は、特許法104条の3の適用要件を巡り、重要な判断を行っており、今後の議論が期待されるところであります。 |