発明 Vol.105 2008-6
知的財産権判例ニュース
セフジニル結晶型特許控訴審判決
(知財高裁平成19年9月10日判決平成19年(ネ)10034号)
(原審:東京地裁平成19年3月13日判決平成17年(ワ)19162号)
生田哲郎/佐野辰巳
1.はじめに
 本件は、物質特許の存続期間満了後、その結晶型を特定した特許権によって後発医薬品の製造販売の差し止めが認められた事例です。
 医薬品は、開発リードタイムが極めて長いことから、製品寿命を延命するためのさまざまな工夫がなされています。その一つとして物質特許の出願後に関連特許網を構築する方法があります。しかし一方で、物質特許出願の公開後は、いかにして特許性のある関連発明を出願できるかが課題になります。
 本件は、知財高裁が原審の判断を維持した判決ですが、関連特許の活用に参考となる事例であることから、ここに紹介する次第です。

2.事案の概要
(1)本件は、既に失効した抗生物質セフジニルの物質特許を有していた原告が、別途取得した結晶型の発明の特許権(特許第1943842号:特公平6−74276号)に基づき、後発医薬品メーカーに対し、医薬品の製造販売の差し止め、およびその製剤の廃棄を求めた事案です。
(2)本件特許発明の構成要件は、分説すると次のとおりです。
 《1》セフジニルの結晶であること、《2》粉末X線回折パターンにおいて、特定の回折角にピークを示すこと。
 (著者注:特許請求の範囲には、有機化学命名法に従った化学物質名が記載されていますが、ここでは「セフジニル」と略称します。また回折角の数値は省略し、以下この粉末X線回折パターンと一致する結晶を「A型結晶」といいます。)。
(3)本件の争点は、(a)被告製剤が本件特許発明の技術的範囲に属するか、(b)引用文献(特開昭59−89689号:原告出願のセフジニルの物質特許)の実施例14、16(以下「引用実施例14、16」といいます)にセフジニルA型結晶が記載されていて本件特許は無効となるか否かの2点でした。
 このうち、争点(a)については、被告が積極的に争わなかったので、原審および控訴審ともに、被告製剤にはセフジニルA型結晶が含まれると簡単に認定しました。よって、本件は、争点(b)すなわち無効の抗弁の成否が問題となりました。
(4)以下は争点(b)に絞って説明します。
 引用文献にはセフジニルの粉末X線回折角のデータが記載されていなかったことから、控訴人(原審被告)は、本件特許発明の新規性を否定すべく、複数の追試実験報告書を提出して、引用実施例14、16に記載されているものがセフジニルA型結晶であると主張しました。
 他方、被控訴人(原審原告)は、引用実施例14、16に記載されていた赤外線吸収(IR)スペクトルがA型結晶のものと異なっていることを根拠に、引用実施例に記載されたものはA型結晶ではないと主張し、さらに引用実施例14、16を追試して粉末X線回折パターンを測定した実験報告書を提出して、引用実施例14、16に記載されているのは無晶形であると主張しました。

3.裁判所の判断
(1)原審の判断
 原審は、引用実施例14、16に記載されていたIRスペクトルがA型結晶のIRスペクトルと一致しないことから、引用実施例14、16に記載されたものはA型結晶ではないと認定しました。
 さらに、引用実施例16の記載を分析し、「手順11の1つ手前の実験工程である手順10においても手順12の一内容である沈殿の析出が生じていると解することにはやや無理がある。」としたうえで、被告の追試について、「手順10の途中で目的化合物の沈殿が析出し始めるような実験工程は、引用実施例16の追試を忠実に行ったものとは評価し難い」と判示しました。
 (著者注:引用文献には「・・・・・・減圧濃縮し、10%塩酸によりpH2.0に調整する。生成する沈殿を濾取、真空乾燥して・・・・・・」と記載されており、原判決では減圧濃縮を手順10、pH調整を手順11、濾取を手順12と称している。)。
 他方、原告の追試について、「原告側の追試のうち、少なくとも原告追試bは、引用実施例16の実験工程を忠実に再現したものと評価することができる」と判示しました。
(2)控訴審の判断
 原告の追試について「原告側の追試についても、引用実施例16を忠実に再現したものと認めることはできない」としたものの、「原告側の追試も、引用実施例16を忠実に再現したものということはできないが、そのことをもって、被告側の追試が忠実な再現でなかったとの上記認定判断に影響を及ぼすものではない。」とし、その余は原審の判断を維持しました。

4.検討
 結晶型特許は新規結晶型が優れているとして特許されるものですが、基本発明である物質特許の出願時には、多数の化合物を検討対象にしている段階であるため、個々の化合物の結晶型まで明細書に記載していないのが普通です。このため、結晶型特許の新規性を否定するためには、物質特許の明細書に記載されている実施例を追試して生成物の結晶型を明らかにするのですが、本件ではその追試の忠実性が問題となりました。
 忠実な追試が困難となった原因は、引用実施例16の手順10の、単に「減圧濃縮し」と記載されている工程で、温度や時間、濃縮させる程度等の条件を変えることによって、得られる結晶型が異なってしまうことにありました。すなわち、引用文献の実施例に記載されていない詳細実験条件を変化させることによって異なる実験結果が得られたため、本件特許発明の新規性をめぐり、原告被告の双方から多数の追試実験報告書が提出されたものと思われます。
 本件では、物質特許の実施例の手順10の「減圧濃縮し」との工程の記載が簡潔すぎたため、新規性のないことの立証責任を負う被告が、引用実施例の忠実な追試ができず、結果として引用実施例に記載された生成物がA型結晶であったことを立証することができず、特許無効の抗弁が認められませんでした。
 なお、本件判決内容とは直接は関わりありませんが、仮に、物質特許の有効性が争われたときには、実施例の記載があいまいで追試できないという事実があれば、物質特許は、明細書記載不備の理由で特許無効の原因となりかねません。そこで特許権者側としては、物質特許出願時に、将来結晶型特許その他の関連特許を出願することを見越して、物質は追試可能であるが結晶型までは追試不可能なように具体的条件を記載することを検討すべきでしょう。
 一方、後発医薬品メーカー側としては物質特許の実施例を追試する際に、実施例に明示されていない実験条件につき当業者が採り得る範囲内で条件を選択し、いずれの場合でもA型結晶であることを確認することが必要です。自己に有利な結果が出るように追試条件を選択しただけでは忠実な追試でないとされますので、追試条件の選択には細心の注意を払うべきでしょう。


いくたてつお
1972年東京工業大学大学院修士課程修了、技術者としてメーカーに入社。82年弁護士・弁理士登録後、もっぱら、国内外の侵害訴訟、ライセンス契約、特許・商標出願等の知財実務に従事。この間、米国の法律事務所に勤務し、独国マックス・プランク特許法研究所に在籍。
さのたつみ
1989年東北大学大学院修士課程修了後、化学メーカーに入社し、主として特許担当として勤務。2007年弁護士登録後、生田・名越法律特許事務所において知的財産権関係訴訟、ライセンス契約案件等に従事。