知的財産権判例ニュース |
他人の著作物を組織内のLANシステム上の掲示板に掲載し、 組織内の閲覧に供した行為が、 公衆送信権侵害と判断された事例 |
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(東京地方裁判所平成20年2月26日判決平成19年(ワ)15231号) |
水谷直樹 |
1.事件の概要 |
原告は、官僚問題、マスコミ問題などを取り上げるジャーナリストであり、社会保険庁に関する一連の記事を「週刊現代」に掲載しておりました。
これに対して、社会保険庁では、原告が作成したこれらの記事のうちの4編を、社会保険庁LANシステム中の電子掲示板で閲覧できるように、同掲示板用記録媒体に記録して、社会保険庁職員の閲覧に供しておりました。 原告は、社会保険庁が行ったこれらの行為は、原告が保有する上記記事の著作権、より具体的には複製権および公衆送信権を侵害しているとして、被告に対して、上記行為の差し止めおよび損害賠償を求めて、平成19年に東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。 |
2.争点 |
本事件での争点は、
《1》被告は原告の複製権を侵害したか 《2》被告は原告の公衆送信権を侵害したか 《3》損害額のいかん でした。 |
3.裁判所の判断 |
東京地方裁判所は平成20年2月26日に判決を言い渡しましたが、まず上記《1》、《2》の争点については、
「(1)本件LANシステムは、社会保険庁内部部局、施設等機関、地方社会保険事務局及び社会保険事務所をネットワークで接続するネットワークシステムであり、その一つの部分の設置の場所が、他の部分の設置の場所と同一の構内に限定されていない電気通信設備に該当する。したがって、社会保険庁職員が、平成19年3月19日から同年4月16日の間に、社会保険庁職員が利用する電気通信回線に接続している本件LANシステムの本件掲示板用の記録媒体に、本件著作物1ないし4を順次記録した行為(本件記録行為)は、本件著作物を、公衆からの求めに応じ自動的に送信を行うことを可能化したもので、原告が専有する本件著作物の公衆送信(自動公衆送信の場合における送信可能化を含む。)を行う権利を侵害するものである。 (2)被告は、本件著作物については、まず、社会保険庁職員が複製しているところ、この複製行為は42条1項本文により複製権侵害とはならず、その後の複製物の利用行為である公衆送信行為は、その内容を職員に周知するという行政の目的を達するためのものなので、49条1項1号の適用はなく、原告の複製権を侵害しない、また、複製物を公衆送信して利用する場合に、その利用方法にすぎない公衆送信行為については、42条の目的以外の目的でなされたものでない以上、著作権者の公衆送信権侵害とはならない旨主張する。 しかし、社会保険庁職員による本件著作物の複製は、本件著作物を、本件掲示板用の記録媒体に記録する行為であり、本件著作物の自動公衆送信を可能化する行為にほかならない。そして、42条1項は、『著作物は・・・・・・行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合には、その必要と認められる限度において、複製することができる。』と規定しているとおり、特定の場合に、著作物の複製行為が複製権侵害とならないことを認めた規定であり、この規定が公衆送信(自動公衆送信の場合の送信可能化を含む。)を行う権利の侵害行為について適用されないことは明らかである。また、42条1項は、行政目的の内部資料として必要な限度において、複製行為を制限的に許容したのであるから、本件LANシステムに本件著作物を記録し、社会保険庁の内部部局におかれる課、社会保険庁大学校及び社会保険庁業務センター並びに地方社会保険事務局及び社会保険事務所内の多数の者の求めに応じ自動的に公衆送信を行うことを可能にした本件記録行為については、実質的にみても、42条1項を拡張的に適用する余地がないことは明らかである。なお、被告が主張する49条1項1号は、42条の規定の適用を受けて作成された複製物の目的外使用についての規定であるから、そもそも42条の適用を受けない本件について、49条1項1号を議論する必要はない。被告の主張は採用することができない。」 と判断し、このことを前提にしたうえで、上記(3)の争点につき、 「(1)原告は、114条1項ないしその類推適用により、・・・・・・損害賠償を請求できると主張する。しかし、114条1項による損害額の推定は、権利者自らその著作物を販売することができたであろうということが前提となっていると解され、そして、本件著作物は、いずれも週刊誌に掲載された記事であり、原告はこれを自ら販売していないのであるから(弁論の全趣旨)、同項の適用はないというべきである。 (2)また、原告は、被告が、本件著作物の公衆送信により、本件著作物の掲載された『週刊現代』の購入を免れたので、・・・・・・114条2項により・・・・・・損害賠償を請求できるとも主張する。しかし、同項による損害額の推定も、権利者自らがその著作物を販売できたであろうということが前提となっているものであるから、上記のとおり、原告が本件著作物を自ら販売していない本件においては、同項の適用もないというべきである。 (3)そこで、114条3項の使用料相当額の損害について判断する。 ア 原告は、その著作に係る書籍・・・・・・を、株式会社タイムブックタウンが運営する電子書籍のレンタル配信サービスであるタイムブックタウンに登録している(甲16)。 タイムブックタウンに登録され、電子書籍として配信されている原告の上記書籍3冊のレンタル配信料は、60日間で、それぞれ367円、420円、420円である(甲15、16)。そして、原告の書籍がタイムブックタウンによってレンタル配信された場合の著作権使用料相当額は、レンタル配信料にダウンロードする人数を乗じた額から、原告の書籍の版元に支払われる50パーセントのうちの30パーセントである(甲18ないし20、弁論の全趣旨)。 イ ・・・・・・本件LANシステムにおける本件著作物の自動公衆送信による使用料相当額は、上記期間について、本件著作物当たり420円と認めるのが相当である。 ウ 本件掲示板に掲載された本件著作物に対する、平成19年3月19日から同年4月30日までのアクセス数は、・・・・・・7000回と認めるのが相当である。 なお、本件著作物への上記アクセス数は、延べアクセス数であるから、同一人が複数回(4回、3回、2回)アクセスする場合も、1回のみアクセスする場合も含まれており、一人当たりのアクセス数の分布は不明である。しかし、4回続けてアクセスする熱心な人もいれば、1回のみアクセスするだけの人もいると想像される以上、一人当たりのアクセス数は平均2回とみるのが相当であり、上記期間中のアクセス人数は、3500人(平均2回)と認めるのが相当である(114条の5)。 エ 以上によれば、本件著作物を本件掲示板用の記録媒体に記録し、自動公衆送信したことについての著作権使用料相当額は、147万円である。 420円×7000÷2=147万円 そして、原告が取得することができる著作権使用料は、原告書籍の出版社が取得する総レンタル配信料の50パーセントのうち、30パーセントであるから、22万0500円である。 147万円×0.5×0.3=22万0500円 よって、被告による本件著作物の公衆送信権侵害行為により、原告が被った損害額は、22万0500円と認められる。」 と判断し、さらに差し止めの要否については、 「本件著作物については、本訴提起後にその掲載を中止し、これを本件掲示板から削除したことは事実であるものの、被告が一度これを掲載した事実があること、並びに、被告は、本訴において、本件著作物を本件掲示板に掲載したことは、原告の公衆送信権及び複製権を侵害するものではないとして争っていること、及び、社会保険庁の下部組織である社会保険事務所等において、マスコミ等による報道に関する苦情、問い合わせに対して適切な対応を取る必要から、本件掲示板に報道等の内容の掲示を再開する希望も強いこと(乙11)も考慮すれば、今後において、本件著作物を本件掲示板に掲載するおそれがないということもできないところである。したがって、原告の請求のうち、本件著作物についてはその将来の掲載行為の予防的差止請求は理由がある。」 と判断し、結論として、原告の請求を認容いたしました。 |
4.検討 |
本事件は、社会保険庁内のLANシステムの掲示板上に、週刊誌に掲載された記事が無許諾で掲載されて、庁内で閲覧に供されていたことが、当該記事の複製権侵害、公衆送信権侵害に該当するか否かが争われた事件です。
このうちの複製権侵害につき、被告は著作権法42条の適用を主張いたしましたが、判決で退けられております。 著作権法42条は、複製権侵害の例外として、「行政目的のための内部資料として必要と認められる場合には、その必要と認められる限度において」、許諾を得ずに複製したとしても、複製権侵害は成立しない旨を規定しております。 本事件では、社会保険庁内での閲覧に供することを目的として、雑誌記事が掲示板用記録媒体にアップロードされており、この関係で、当該アップロードが、「行政目的のための内部資料として必要と認められる場合には、その必要と認められる限度において」の複製に該当するか否かが問題になりますが、社会保険庁内で広く配信することを前提としたアップロードである以上は、これに該当しないことは明らかであると考えられます。 次に、公衆送信権侵害についても、本事件では、原告作成の雑誌記事を、LANシステム上の掲示板用記録媒体、すなわちサーバ上にアップロードしたうえで、庁内からの個別のアクセスに応じて、閲覧、複製のために、自動送信していたというものですから、公衆送信に該当することは明らかであると考えられます。 なお、著作権法2条1項7号の2においては、公衆送信の定義として、同一構内での送信は公衆送信に該当せずと規定されており、この点との関係で、本件LANを介しての送信が、公衆送信に該当するのかが一応問題になります。本判決においては、本件LANシステムは、離隔地間を接続しているとして、これに該当するものではないと判示されております。本判決中では、本件LANシステムは、「一つの部分の設置の場所が、他の部分の設置の場所と同一の構内に限定されていない電気通信設備」であると認定されております。 最後に、本判決は、損害額の算定につき、原告が、同人作成の書籍を、別の有料サイトに提供した際の著作権使用料の内容を斟酌したうえで、本事件での損害額を算定しており、実務上は参考になるものと考えられます。 上記のとおりですが、本事件は、著作権法の解釈としてはオーソドックスなものであり、新たな判断といえるほどのものではないと考えられますが、本事件のようなケースは、一般の民間企業においても生じ得るものと考えられ、この点において、他山の石となり得るものと考えられます。 |