発明 Vol.105 2008-3
知的財産権判例ニュース
映画「シェーン」の著作権の保護期間が、
法改正に伴い50年間から70年間に
延長されることがない旨を判示した事例
(最高裁判所 平成19年12月18日判決 平成19(受)1105号)
水谷直樹
1.事件の概要
 上告人パラマウント・ピクチャーズ・コーポレーションほか1名は、映画「シェーン」(昭和28(1953)年に米国で最初に公表された)の複製DVDを販売している被上告人(株)ブレーントラスト、(有)オフィスワイケーに対して、同映画の著作権を侵害しているとして、平成18年に同DVDの販売の差止め、損害賠償の支払い等を求めて、東京地方裁判所に訴えを提起いたしました(なお、パラマウント・ピクチャーズは、映画「ローマの休日」、「第十七捕虜収容所」の複製DVDの販売をしていた業者に対しても、平成18年に東京地方裁判所に販売差止の仮処分の申立てを行っておりましたが(本誌2006年9月号の本ニュースを参照)、本事件は、これとは別件の本案訴訟であります)。
 東京地裁は、平成19年に上告人の請求を棄却いたしましたので、上告人は知財高裁に控訴いたしましたが、知財高裁も平成19年に控訴を棄却いたしました。
 そこで、上告人が最高裁に上告(受理)申立てをしたのが本事件であります。

2.争点
 本事件での争点は、前記仮処分事件の場合と同様に、本件映画の著作権の保護期間が、既に満了しているか否かの点でありました。
 すなわち、映画の著作権の保護期間は、旧著作権法、現行著作権法を通じて、公表後50年間を経過する時まで(50年間の起算時は公表時の翌年の昭和29(1954)年)とされていましたが、平成15年法律第85号の改正法により、これを公表後70年間を経過するまでの間と改正され、同改正法は平成16(2004)年1月1日に施行されました。
 その際に、同改正法施行時の附則においては、
 「改正後の著作権法・・・・・・第54条第1項の規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による」
 との内容の経過規定が規定されておりました。このことから、仮に上記改正法が本件映画に適用可能であることを前提とした場合には、本件映画の著作権の保護期間が70年に延長されますが、適用が否定された場合には、保護期間の延長が認められず、平成15(2003)年12月31日をもって保護期間が満了することになります。

3.裁判所の判断
 最高裁判所は平成19年12月18日に判決を言い渡し、上記争点につき、
 「映画の著作物の保護期間の延長措置等を定めた著作権法の一部を改正する法律(平成15年法律第85号。以下『本件改正法』といい、その改正を『本件改正』という。)が、平成15年6月12日に成立し、平成16年1月1日から施行された。これにより、映画の著作物の保護期間は、原則として公表後70年を経過するまでとされることとなった(本件改正後の著作権法54条1項)。なお、本件改正法附則2条は、この保護期間の延長措置の適用に関し、『改正後の著作権法・・・・・・第54条第1項の規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による』旨を規定している(以下、この規定を『本件経過規定』という。)。
 (3)本件映画を含め、昭和28年に団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画の著作物は、旧著作権法上の保護としては、公表後33年を経過するまで、すなわち昭和61年12月31日までの保護期間が予定されていたところ、昭和46年1月1日の現行著作権法の施行に伴い、公表後50年を経過するまで、すなわち平成15年12月31日まで保護されることとなった。そして、本件映画が本件経過規定にいう『この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物』として本件改正後の著作権法54条1項の適用が認められるとすれば、その保護期間は平成35年12月31日まで延長されたことになるのに対し、本件経過規定にいう『この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物』として本件改正後の著作権法54条1項の適用が認められないとすれば、保護期間は延長されず、その著作権は既に消滅していることになる。」
 「そこで検討すると、本件経過規定中の『・・・・・・の際』という文言は、一定の時間的な広がりを含意させるために用いられることもあり、『・・・・・・の際』という文言だけに着目すれば、『この法律の施行の際』という法文の文言が本件改正法の施行日である平成16年1月1日を指すものと断定することはできない。しかし、一般に、法令の経過規定において、『この法律の施行の際現に』という本件経過規定と同様の文言(以下『本件文言』という。)が用いられているのは、新法令の施行日においても継続することとなる旧法令下の事実状態又は法状態が想定される場合に、新法令の施行日において現に継続中の旧法令下の事実状態又は法状態を新法令がどのように取り扱うかを明らかにするためであるから、そのような本件文言の一般的な用いられ方(以下『本件文言の一般用法』という。)を前提とする限り、本件文言が新法令の施行の直前の状態を指すものと解することはできない。所論引用の立法例も、本件文言の一般用法によっているものと理解できるのであり、上告人らの主張を基礎付けるものとはいえない。
 したがって、本件文言の一般用法においては、『この法律の施行の際』とは、当該法律の施行日を指すものと解するほかなく、『・・・・・・の際』という文言が一定の時間的な広がりを含意させるために用いられることがあるからといって、当該法律の施行の直前の時点を含むものと解することはできない。
 本件経過規定における本件文言についても、本件文言の一般用法と異なる用いられ方をしたものと解すべき理由はなく、『この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物』とあるのは、本件改正前の著作権法に基づく映画の著作物の保護期間が、本件改正法の施行日においても現に継続中である場合を指し、その場合は当該映画の著作物の保護期間については本件改正後の著作権法54条1項が適用されて原則として公表後70年を経過するまでとなることを明らかにしたのが本件経過規定であると解すべきである。そして、本件経過規定は、『この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による』と定めているが、これは、本件改正法の施行日において既に保護期間の満了している映画の著作物については、本件改正前の著作権法の保護期間が適用され、本件改正後の著作権法の保護期間は適用されないことを念のため明記したものと解すべきであり、本件改正法の施行の直前に著作権の消滅する著作物について本件改正後の著作権法の保護期間が適用されないことは、この定めによっても明らかというべきである。したがって、本件映画を含め、昭和28年に団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画の著作物は、本件改正による保護期間の延長措置の対象となるものではなく、その著作権は平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了し消滅したというべきである。
 (2)上告人らは、本件改正法の施行後においては『改正前の著作権法』はもはや存在しないのであるから、本件文言は当該法律の施行の直前の状態を指すものと理解しないと、『この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物』という規定自体が論理破たんを来すこととなる旨主張する。しかし、本件文言は、上記のとおり、新法令の施行日においても継続することとなる旧法令下の事実状態又は法状態が想定される場合に、新法令の施行日において現に継続中の旧法令下の事実状態又は法状態を新法令がどのように取り扱うかを明らかにするために用いられるものであるから、何ら論理矛盾は存しない。
 また、上告人らは、本件改正法の成立に当たり、昭和28年に公表された映画の著作物の保護期間の延長を意図する立法者意思が存したことは明らかであるとして、この立法者意思に沿った解釈をすべきであると主張する。しかし、本件経過規定における本件文言について、本件文言の一般用法とは異なる用い方をするというのが立法者意思であり、それに従った解釈をするというのであれば、その立法者意思が明白であることを要するというべきであるが、本件改正法の制定に当たり、そのような立法者意思が、国会審議や附帯決議等によって明らかにされたということはできず、法案の提出準備作業を担った文化庁の担当者において、映画の著作物の保護期間が延長される対象に昭和28年に公表された作品が含まれるものと想定していたというにすぎないのであるから、これをもって上告人らの主張するような立法者意思が明白であるとすることはできない。」
 と判示して、上告人の上告を棄却いたしました。

4.検討
 本事件での争点は、本件映画に対して平成15年改正法が適用されるか否かでありましたが、本判決は、原判決と同様にこれを否定いたしました。
 同改正法の経過規定は、この「法律施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物」に対し、同法が適用されると規定しております。このため、同法が適用されて、著作権の保護期間が50年から70年に延長されるためには、改正前の著作権法の適用において、平成16(2004)年1月1日現在、当該映画の著作権が存続していることが必要であるものと考えられます。
 本判決は、まさにこの点につき指摘し、かつ改正前の著作権法の適用において、本件映画の著作権は、平成15年12月31日限りで消滅した旨を判示しております。
 もっとも、文化庁が当該改正法に関して、上記経過規定の趣旨は、平成15年12月31日現在において著作権が存続している著作物に対しても、平成15年改正法における著作権の保護期間の延長規定が適用される旨の見解を公表していたため、実務の現場で混乱が生じました。
 本事件も、このような背景のもとで生じたものとも考えられますが、経過規定の文言を素直に理解する限りは、本判決の判示しているとおりであることは明らかであると考えられます。
 いずれにいたしましても、本最高裁判決が言い渡されたことにより、平成15年改正法の適用に関する経過規定の解釈問題は、決着をみたといってよいかと考えられますが、一連の問題が実務に残した影響は、少なからぬものがあると考えられます。


みずたに なおき
1973年 東京工業大学工学部卒、1975年 早稲田大学法学部卒業後、1976年 司法試験合格。1979年 弁護士登録、現在に至る(弁護士・弁理士、東京工業大学大学院客員教授、専修大学法科大学院客員教授)。
知的財産権法分野の訴訟、交渉、契約等を多数手掛けている。