知的財産権判例ニュース |
イ号物件が文言侵害であると認めたうえで、 さらに、仮定的判断として均等論侵害を認めた事例 |
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(大阪高裁 平成19年11月27日判決 平成16年(ネ)第2563号・第3016号) |
生田哲郎/齋藤祐次郎 |
1.本判決の意義 |
均等論侵害については、5つの基準を示した最高裁平成10年2月24日判決(ボールスプライン軸受上告審)が指導的判例であります。しかし、上記5つの基準に対する具体的な当てはめについては一義的に定まるわけではなく、判例の蓄積およびその分析が必要であると解されます。
本判決は、文言侵害判断も興味深く、また、仮定的判断ではありますが、均等論侵害を認めた事例であり、今後の侵害判断の参考になると思い、紹介する次第であります。 なお、上記5つの基準の証明責任の負担について、東京地裁平成10年10月7日判決でも、本判決と同様の判断が示されていましたが、あらためて高裁レベルで判示されたことになります。 |
2.事案の概要 |
本件で対象となった特許は、置棚に関する第3358173号の特許(以下、「本件特許」といい、その特許権を「本件特許権」という。なお、本件特許権を有する被控訴人(原告)は、本件特許の特許請求の範囲を一部訂正(減縮)しており、当該訂正後の請求項1の特許発明を「本件特許発明」という)であります。
事案の概要は、被控訴人(原告)が、本件で対象物件とされた置棚(以下、「イ号物件」という)を製造等していた控訴人(被告)に対し、当該行為は本件特許権を侵害すると主張して、損害賠償や特許法65条の補償金等を求めた事件の控訴審です。 本件の原審(大阪地方裁判所平成14年(ワ)第13527号)の判決では、イ号物件が本件特許権を侵害するとして、約4000万円の損害賠償と約1000万円の特許法65条の補償金の支払いが認められました。 当該原審の判決に対して、控訴人(被告)が控訴したのに対し、被控訴人(原告)も補償金の一部が認められなかったので、附帯控訴しました。 なお、原審では、イ号物件とは別の組立式置棚も対象物件とされていましたが、これは本件特許発明の構成要件の一部を充足せず、技術的範囲に属しないと判断されました。被控訴人(原告)も当該部分については附帯控訴しませんでしたので、本判決ではもっぱらイ号物件に対して判断が下されました。 |
3.争点と当事者の主張 |
本件では、イ号物件の構成についても当事者間で争いになりましたが、誌面の関係上、本稿では裁判所の認めた構成を前提にすることにします。
そのほか、無効論等も争点となりましたが、 I.イ号物件が本件特許発明の技術的範囲に含まれるか II.含まれないとしても、均等と認めることはできるか の2点について主に争われました。 Iの争点について、当事者で争いになったのは、本件特許発明の構成要件D「当該固定棚の先端の円形孔からなる支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通して該固定棚を水平に支持し、」(下線部は訂正部分)のうち「円形孔」の解釈及び構成要件充足性であります。 ![]() 上記本件明細書の図1の「3b」が「円形孔からなる支持部」に該当する箇所になります。 一方、イ号物件の「円形孔からなる支持部」に該当する構成は、「下半分が円形で上半分が角丸略四角形であり中央部から下方に向かって突出片を有する孔からなる支持部」であります。 被控訴人は、「円形孔からなる」という限定は、引用発明1(特開平9−308532)の湾曲掛止部23の構成(円形の一部が開放された断面形状)を回避するため、かかる限定を付したものであって、一部が開放された形状のものを除外することに技術的意味があり、周囲が完全に取り囲まれた形状のものであれば真円形に限定されないと主張しました。 上記引用発明1の明細書の図4の「23」が「湾曲掛止部23」に該当する箇所になります。 それに対し、控訴人は、本件訂正の経緯からすれば、「円形孔」は「断面が真円状の孔」を指すのは自明であるなどとして争いました。 また、IIの争点について、被控訴人は、支持部の上半分の形状は円形でないとしても、その相違は本件発明の本質的部分ではなく、また、「円形孔からなる」という限定は、イ号物件の支持部の形状を意識的に除外したものではないなどと主張しました。 それに対し、控訴人は、本件訂正により「着脱自在でない」などの作用効果を有することになったのであり、「円形孔」であることは本質的部分であって、当該訂正の経過に鑑みると「円形孔」は「断面が真円状の孔」に限定されるなどと争いました。 |
4.裁判所の判断 |
まず、Iの争点について、「本件訂正は、・・・・・・引用発明1の湾曲掛止部23の構成(円形の一部が開放された断面形状)を回避するため、前記『当該固定棚の先端の円形孔からなる支持部』と訂正し、『円形孔からなる』との技術的事項に限定したものということができるところ、かかる限定した構成により、引用発明1が固定棚を支脚間に棚受用横桟を架橋した状態で着脱できるのに対して着脱自在でない作用効果のものに限定したにすぎないというべきである。したがって、本件発明(訂正後)における『円形孔からなる』は、真円形に限定されず、一部が開放された形状のものを除外し、周囲が完全に取り囲まれた形状のものであれば、半円形、楕円形、略円形等を広く含む技術的概念というべきであり、これに伴い、固定棚が支脚間に棚受用横桟を架橋した状態であっても着脱自在ではないという作用効果を奏することとなると解される。しかるところ、イ号物件の支持部の形態『下半分が円形で上半分が角丸略四角形であり中央部から下方に向かって突出片を有する孔からなる』は、・・・・・・上記略円形からなっているということができ、そして、当該支持部に挿通した外管により固定棚が水平に支持され、着脱自在でないといえるのであって、・・・・・・本件発明の構成要件Dを充足している」と判示しました。
また、IIの争点については、「下半分が円形で上半分が角丸略四角形であり中央部から下方に向かって突出片を有する孔からなる支持部」が構成要件Dの「円形孔からなる支持部」に該当しない場合の仮定的判断として、以下のとおり判示しました。 まず、前記最高裁平成10年2月24日判決の5つの基準を挙げて、《1》本質的部分《2》置換可能性《3》置換容易性については、「特許請求の範囲に記載された発明と実質的に同一であるというための要件である」として、均等を主張する者が証明責任を負担するとしました。また、《4》公知技術からの容易推考性《5》意識的除外等の事情については、特許請求の範囲に記載された発明と実質的に同一であることを否定するための要件であるとして、均等を否定する者が証明責任を負担するとしました。 そして、《1》本質的部分について、本件訂正の経緯等を総合すれば、「本件発明は、収納空間の幅はそれぞれの建物等によって異なるところ、収納空間の寸法に応じて置棚のサイズを調整でき、かつ、ガタツキがなく、外管の径に見合って十分な積載荷重を確保することができるようにするために、着脱自在の取替棚を掛止する棚受用横桟を、外管に内管を伸縮可能に挿通する構成にした上、固定棚先端の支持部の孔に摺動自在に挿通して当該固定棚を水平に支持するとともに、取替棚を外管上のみに掛止めする構成とした点に特徴的部分があるというべきであり、かかる構成が本件発明の枢要な部分であり、本質的部分であるということができ、構成要件Dのうち支持部が円形孔からなっている点は本質的部分とはいえない」と判断しました。 《2》置換可能性については、「円形孔からなる支持部」を「下半分が円形で上半分が角丸略四角形であり中央部から下方に向かって突出片を有する孔からなる支持部」に置換しても、本件特許発明と同一の作用効果を奏するものということができるから、置換可能性があるとしました。 《3》置換容易性については、「『円形』形状を『下半分が円形で上半分が角丸略四角形』形状に置換することは、考えられ得る複数の形状の一つとして容易に想到し得るところといえ、『中央部から下方に向かって突出片を有する』構成も太管を挿通させて固定棚を支持する機能の補完として当業者であれば選択肢の中に容易に想到するであろう付加的手段といえる」として、置換容易性を肯定しました。 《4》公知技術からの容易推考性については、「イ号物件は、従前存在しなかった本件発明の特徴的枢要な部分である構成を有し、前記本件発明の目的・作用効果を達成するもの」であるとして、公知技術からの容易推考性を否定しました。 《5》意識的除外等の事情については、「本件訂正により、上記下方の開放された形状のものを除外する趣旨であったことが認められるものの、それ以外の形状のものを意識的に除外したとまでは断定できない」として、意識的除外等の事情の存在を否定しました。 |
5.検討 |
まず、本判決は、訂正により追加された「円形孔」という文言の解釈について、単に文言のみを形式的に解釈するのではなく、作用効果の観点から訂正の趣旨を考察して文言解釈しており、文言侵害判断の今後の参考になるものと思われます。
また、最高裁平成10年2月24日判決の5つの基準に関する証明責任の負担については、要件事実が存在することで自己に有利な効果が帰属するほうに証明責任を負担させるべきですので、本判決の判断は妥当であると解されます。なお、前記《1》〜《5》の要件は、すべて充足して初めて均等論侵害が認められますので、均等を主張する者は、《1》〜《3》の要件を証明し、かつ《4》と《5》の要件の証明を崩す必要があります。 一方、均等論侵害を否定する側は、《1》〜《3》の要件のいずれかの証明を崩すか、あるいは《4》または《5》の要件を証明すれば足りることになります。 そして、本件では、前記5つの基準のうち、《1》と《5》の要件が主に争われましたが、《5》の要件である意識的除外等の事情の有無について、前記文言解釈と同様に、訂正の趣旨が考慮されており、この点も今後の参考になるものと思われます。 |