知的財産権判例ニュース |
リサイクルにかかるプリンタ用インクタンクに対する 特許権行使が認められた事例 |
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(最高裁判所 平成19年11月8日判決 平成18(受)826号) |
水谷 直樹 |
1.事件の概要 |
被上告人キヤノン(株)は、キヤノン製のプリンタの使用済みインクタンクにインクを再注入したうえで、リサイクル品として流通させている上告人リサイクルアシスト(株)に対し、自社の特許権を侵害しているとして、同リサイクルにかかるインクタンクの販売等の差止めを求めて、平成16年に東京地裁に提訴いたしました。東京地裁は平成16年に被上告人の請求棄却の判決を言い渡しました。
これに対して、被上告人が知財高裁に控訴したところ、知財高裁は平成18年に、原審判決を取り消し、被上告人の請求を認容いたしました。 そこで、上告人が、最高裁に対して上告したのが、本事件です。 |
2.争点 |
本事件での争点は、インクタンクへのインクの再注入行為が、上告人の特許権の再度の実施に該当するか否かでした。
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3.裁判所の判断 |
最高裁判所は平成19年11月8日に判決を言い渡しましたが、上記の争点に関しては、
「(1)特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者(以下、両者を併せて『特許権者等』という。)が我が国において特許製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品の使用、譲渡等(特許法2条3項1号にいう使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をいう。以下同じ。)には及ばず、特許権者は、当該特許製品について特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である。この場合、特許製品について譲渡を行う都度特許権者の許諾を要するとすると、市場における特許製品の円滑な流通が妨げられ、かえって特許権者自身の利益を害し、ひいては特許法1条所定の特許法の目的にも反することになる一方、特許権者は、特許発明の公開の代償を確保する機会が既に保障されているものということができ、特許権者等から譲渡された特許製品について、特許権者がその流通過程において二重に利得を得ることを認める必要性は存在しないからである(前掲最高裁平成9年7月1日第三小法廷判決参照)。このような権利の消尽については、半導体集積回路の回路配置に関する法律12条3項、種苗法21条4項において、明文で規定されているところであり、特許権についても、これと同様の権利行使の制限が妥当するものと解されるというべきである。 しかしながら、特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは、飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られるものであるから、特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ、それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは、特許権者は、その特許製品について、特許権を行使することが許されるというべきである。そして、上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては、当該特許製品の属性、特許発明の内容、加工及び部材の交換の態様のほか、取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり、当該特許製品の属性としては、製品の機能、構造及び材質、用途、耐用期間、使用態様が、加工及び部材の交換の態様としては、加工等がされた際の当該特許製品の状態、加工の内容及び程度、交換された部材の耐用期間、当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである。」 「(3)これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、被上告人は、被上告人製品のインクタンクにインクを再充てんして再使用することとした場合には、印刷品位の低下やプリンタ本体の故障等を生じさせるおそれもあることから、これを1回で使い切り、新しいものと交換するものとしており、そのために被上告人製品にはインク補充のための開口部が設けられておらず、そのような構造上、インクを再充てんするためにはインクタンク本体に穴を開けることが不可欠であって、上告人製品の製品化の工程においても、本件インクタンク本体の液体収納室の上面に穴を開け、そこからインクを注入した後にこれをふさいでいるというのである。このような上告人製品の製品化の工程における加工等の態様は、単に消耗品であるインクを補充しているというにとどまらず、インクタンク本体をインクの補充が可能となるように変形させるものにほかならない。 また、前記事実関係等によれば、被上告人製品は、インク自体が圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁となる技術的役割を担っているところ、インクがある程度費消されると、圧接部の界面の一部又は全部がインクを保持しなくなるものであり、プリンタから取り外された使用済みの被上告人製品については、1週間〜10日程度が経過した後には内部に残存するインクが固着するに至り、これにその状態のままインクを再充てんした場合には、たとえ液体収納室全体及び負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分までインクを充てんしたとしても、圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁を形成するという機能が害されるというのである。そして、上告人製品においては、本件インクタンク本体の内部を洗浄することにより、そこに固着していたインクが洗い流され、圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁を形成する機能の回復が図られるとともに、使用開始前の被上告人製品と同程度の量のインクが充てんされることにより、インクタンクの姿勢のいかんにかかわらず、圧接部の界面全体においてインクを保持することができる状態が復元されているというのであるから、上告人製品の製品化の工程における加工等の態様は、単に費消されたインクを再充てんしたというにとどまらず、使用済みの本件インクタンク本体を再使用し、本件発明の本質的部分に係る構成(構成要件H及び構成要件K)を欠くに至った状態のものについて、これを再び充足させるものであるということができ、本件発明の実質的な価値を再び実現し、開封前のインク漏れ防止という本件発明の作用効果を新たに発揮させるものと評せざるを得ない。 これらのほか、インクタンクの取引の実情など前記事実関係等に現れた事情を総合的に考慮すると、上告人製品については、加工前の被上告人製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認めるのが相当である。したがって、特許権者等が我が国において譲渡し、又は我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品である被上告人製品の使用済みインクタンク本体を利用して製品化された上告人製品については、本件特許権の行使が制限される対象となるものではないから、本件特許権の特許権者である被上告人は、本件特許権に基づいてその輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めることができるというべきである。」 と判示して、上告人の上告を棄却いたしました。 |
4.検討 |
本判決は、特許権者が、一定の要件の充足を条件としてリサイクル業者のリサイクルビジネス(本件ではインクタンクへのインクの再注入行為)に対して、特許権行使を行うことを認めた最高裁レベルでの判決であります。
一般に、特許製品が譲渡されて、市場に置かれた場合には、特許権者は当該製品に対して、再度の特許権行使を行うことができないことが原則と解されております(消尽−BBS事件最高裁判決)。 しかし、本件の場合のように、いったん流通に置かれた特許製品に対して、その後に部材の加工、交換等が施された場合に、上記の原則論をそのまま適用してよいのか否かが問題になります。 本判決は、このような場合につき、特許製品に対する加工や部材の交換に対して、以下の要件等を総合考慮したうえで、特許製品が同一性を欠くと認められる場合には、再度の特許権行使が認められることを明らかにいたしました。 《1》当該特許製品の属性 製品の機能、構造及び材質、用途、耐用期間、使用態様 《2》特許発明の内容 《3》加工及び部材の交換の態様 加工等がなされた際の当該特許製品の状態、加工の内容及び程度、交換された部材の耐用期間、当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値 《4》取引の実情 そのうえで、本判決は、上記の基準を本件の具体的な事実関係に適用し、結論として再度の特許権行使を認めております。 これに対して、本判決と結論こそ同じではありますが、原審の知財高裁判決は、特許権が消尽せず、再度の特許権行使が認められる場合の基準として、本判決の基準とは異なり、以下の二類型を挙げております。 A.当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第一類型) B.当該特許製品中に特許発明の本質的部分に係る部材が物の構成として存在する場合において、当該部材の全部又は一部につき、第三者により加工又は交換がされたとき(第二類型) 上記のとおり、特許製品中の一部の部材の加工、交換等の行為が行われた場合に、これに対して再度の特許権行使が認められるか否かに関して、これを許容する場合の判断基準が、最高裁と知財高裁とでは、同一ではなく、異なっております。 すなわち、知財高裁が判示した第二類型は、本判決が判示した基準のうちでの「《1》当該特許製品の属性」(特に耐用期間)に近く、同じく第二類型では、本判決が判示した基準のうちでの、「特許発明の内容」「加工及び部材の交換の態様」に近い内容のものとなっております。 これらのことからすると、本判決は、知財高裁判決が示した二類型の基準を、一つの類型にまとめたうえで、この類型を構成する個々の要件につき、より詳細な内容を明らかにし、これに「《4》取引の実情」を加えたうえで、より一般化された判断基準として定立したということが可能であると考えられます。 本判決では、上記で定立された基準を、本件の具体的な事実関係に対して適用しておりますが(その内容については、本判決中の(3)の部分を参照)、結論としては知財高裁判決の結論を支持しております。 上記のとおりでありますが、本判決は、いったん流通に置かれた特許製品に対して、事後的に加工や部材の交換等がなされた場合においての、再度の特許権行使を許容する際の一般的判断基準を示しているものといえ(この点からすると、リサイクルビジネス以外の場合においても、本判決が定立した基準の適用が可能な場合があると考えられます)、今後は個別の要件の充足の有無を巡って、さまざまな議論が行われるものと予測されます。 |