発明 Vol.104 2007-6
知的財産権判例ニュース
創薬における生物系研究者の発明者該当性について
具体的要件を示した事例
(知財高裁 平成19年3月15日判決 平成18年(ネ)第10074号)
(原審:東京地裁 平成17年(ワ)第14399号)
生田哲郎/齋藤祐次郎
1.本判決の意義
 創薬(医薬品の発見、開発)においては、化合物の合成を担当する合成系研究者だけでなく、測定や分析等を行う生物系研究者の役割も不可欠かつ重要であります。
 しかし、物質発明がなされた場合、生物系研究者は、合成には直接関与していないことが多く、必ずしも「発明者」に該当するだけの貢献をしているわけではありません。
 そして、生物系研究者がどの程度、物質発明に貢献すれば、当該物質発明の「発明者」に該当するのかについて、明確な基準は存在しません。
 本判決は、創薬における生物系研究者の「発明者」該当性について、一定の具体的要件を示すものであり、今後の「発明者」該当性の判断に参考になるものと思い、ここに紹介する次第であります。

2.事案の概要
 本件は、被控訴人(被告)が有していた、テトラゾリルアルコキシカルボスチリル誘導体とそれを含有する医薬成分に関する米国特許権(米国特許第4,277,479号)に係る発明について、被控訴人(被告)会社の元従業員である控訴人(原告)が、同発明は、被控訴人(被告)会社在職中に生物系研究者としての化合物の生物活性測定等に関与した控訴人(原告)を含む複数の発明者による職務発明であり、控訴人(原告)は、共同発明者の一人として(ただし、本件特許出願において、控訴人<原告>は、発明者として記載されていない)被控訴人(被告)会社に特許を受ける権利の共有持分を承継させたとして、主位的に特許法35条3項に基づき、予備的に被告会社の発明考案取扱規程に基づいて(被控訴人<被告>会社の規程には、外国における工業所有権についても補償金を支払う旨の規定がある)、相当の対価として1億円及び遅延損害金の支払いを求めた事件です。
 本件の原審では、外国における特許を受ける権利に特許法35条3項が適用されるかについても争点となりましたが、当該原審後にこの点について最高裁の判断が出たこともあり、本件では控訴人が本件発明の共同発明者であるか否かについてが主な争点となりました。

3.裁判所の判断
 本判決は、発明及び発明者の意義について、「発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいい(特許法2条1項)、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(現行の同法70条1項参照)。従って、発明者と認められるためには、当該特許請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の創作行為に現実に加担したことが必要であ」ると述べ、発明者のために補助的に実験を行う者について、「仮に、当該創作行為に関与し、発明者のために実験を行い、データの収集・分析を行ったとしても、その役割や行為が発明者の補助をしたにすぎない場合には、創作行為に現実に加担したということはできない。」と述べました。
 そして本件発明は、物質発明及び当該物質の特定の性質を専ら利用する物の発明(用途発明)であるところ、本件の用途発明は、既に存在する物質の特定の性質を発見し、それを利用するという意味での用途発明ではなく、物質発明に係る物質についてその用途を示す、いわば物質発明に基づく用途発明であり、その本質は、物質発明と同様に考えることができると述べたうえで、控訴人(原告)のように、発明に係る化合物に関して、生物系研究者として、生物活性測定及びその分析等に従事していたものの、当該化合物の合成そのものを担当していたのが別の合成系研究者であるという場合について、技術的思想の創作に現実に加担した者といえるかどうか、すなわち発明者に該当するかどうかについて、以下のような具体的基準を示しました。
 それは、「《1》本件発明に係る化合物の構造の研究開発に対する貢献、《2》生物活性の測定方法に対する貢献、《3》本件研究における目標の設定や修正に対する貢献を総合的に考慮し、認定されるべきである。」というものであります。
 まず、化合物の構造の研究開発や研究目標の設定に対する貢献については、「確かに、創薬(医薬品の発見、開発)は、一般に、《1》対象疾患の選択、《2》薬物標的(酵素、受容体、細胞等)の選択、《3》バイオアッセイ(テスト系)の確立、《4》リード化合物(目的とする薬物活性のある化合物)の発見、《5》構造活性相関の検証(スクリーニングテスト)、《6》ファルマコホア(生物活性に必要で重要な官能基とそれら相互の相対的な空間配置を要約したもの。基本骨格。)の同定、《7》標的との相互作用の向上、《8》薬理学的特性の向上、との段階を経て行われるものであり、合成された化合物のスクリーニングテストは、化合物の合成の過程において、不可欠かつ重要な役割を担うものである」としながらも、本件発明は、物質発明及び物質発明に基づく用途発明であり、本件用途発明もその本質は物質発明の場合と同様に考えることができると述べたうえで、「本件では、発明に係る化合物の合成そのものを担当していたのは合成系研究者であるから、生物系研究者である控訴人が本件発明の技術的思想の創作に現実に加担したというためには、単に本件発明に係る化合物の生物活性の測定及びその分析等に従事しただけでは足りず、その測定結果の分析・考察に基づき、新たな化合物の構造の選択や決定の方向性について示唆を与えるなど、化合物の創製に実質的に貢献したと認められることを要するというべきである。」と述べました。
 そして、本件の控訴人(原告)については、「本件発明に至る経緯における重要な化合物はいずれも合成系研究者により着想され、検討・工夫され、創製されたものと認められるのであり、化合物の構造の選択や決定の方向性について、生物系研究者から合成系研究者に示唆がされ、それが新たな化合物の創製に至ったと認めるに足る的確な証拠は存在しない。」「本件研究の目標が再検討された際には、血管拡張作用という目標は既に知られていたのであり、控訴人が新たに着想し、提唱したものということはできない。また、心拍数増加抑制作用という目標も、シロスタミドが心拍数増加作用を有することへの対応として設定されたものであり、控訴人が新たに着想し、設定したものであるということはできない。」などと述べたうえで、結論としては、「本件発明のきっかけとなるカルテオロールの抗血小板作用の発見、本件発明に係る経緯における重要な化合物の合成、化合物の創製の目標の設定のいずれにおいても、生物活性の測定及びその分析等に従事したにすぎず、本件研究の端緒を与え、化合物の構造選択・決定の方向性を示唆し、新たな研究目標を設定するなどの貢献をしたということはできない。」と判断しました。
 次に、測定方法の開発に対する貢献については、「控訴人が測定方法を独自に考案したと評価することはできない」「構造活性相関研究を行うことが困難であるとしても、その研究が、合成系研究者が合成した化合物の生物活性測定の結果やその分析、検討事項の指摘にとどまる以上、本件発明の技術的思想の創作行為に現実に加担したということができず」などと述べて、控訴人(原告)の主張を排斥しました。
 そして、その他、控訴人(原告)が共同発明者であるとの主張を排斥し、「以上によれば、控訴人が本件発明の技術的思想の創作行為に現実に加担したということはできず、控訴人を本件発明の発明者と認めることはできない。」と判断しました。
 なお、本件の原審は、外国における特許を受ける権利に特許法35条3項は適用されないと判断し、控訴人(原告)は、平成18年10月17日最高裁判決において、外国における特許を受ける権利に特許法35条3項が類推適用されるとの判断が示されたとして、その点についても控訴理由に挙げました。
 しかし、本判決は、上記発明者の認定について述べただけで、「控訴人の本件請求はいずれも理由がなく棄却を免れないから、原判決は結論において正当であ」るとして控訴を棄却し、外国における特許を受ける権利に特許法35条3項が適用されないと判断した点については言及しませんでした。

4.検討
 創薬において、測定や分析等を行う生物系研究者の役割が不可欠かつ重要であることは、本判決も否定しませんでした。しかし、物質発明及び物質発明に基づく用途発明の場合、当該生物系研究者が発明者に該当するためには、測定・分析等に従事するだけでは足りず、その測定結果の分析・考察に基づき、新たな化合物の構造の選択や決定の方向性について示唆を与えるなど、化合物の創製に実質的に貢献したと認められることを要するとして、個別具体的な事情を考慮して実質的に判断すべきとしました。
 物質発明において、その発明の本質は、当該物質の創製行為にあると解されることからすると、単に合成された物質の測定や分析をするだけでは、当該物質の創製行為に関与していたとはいえても、当該創製行為に現実に加担したとまではいえないと解されることからすると、単に合成された物質の測定や分析をするだけでは、物質発明の発明者には該当しないという結論は、妥当であると考えられます。
 そして、本判決は、化合物の創製行為に現実に加担したといえるためには、新たな化合物の構造の選択や決定の方向性について示唆を与えるなどの行為が必要になると述べており、生物系研究者が物質発明の発明者であることを立証するために、証拠として残すべきものについて、今後の参考になるものと解されます。
 もっとも、既に存在する物質の特定の性質を発見し、それを利用するという意味での用途発明の場合には、当該物質自体は既に存在するので、発明の本質は、当該物質の創製行為ではなく、本判決の射程外である解されます。
 この場合の発明の本質は、当該物質の特定の性質を発見する過程ということになり、合成系研究者の化合物合成行為ではなく、生物系研究者の測定・分析行為自体が、特許請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の創作行為となることは十分に考えられます。
 なお、原審が外国における特許を受ける権利に特許法35条3項が適用されないと判断した点については、いずれにしても、控訴人(原告)が発明者に該当しなければ、控訴人(原告)に相当の対価を請求する権利は認められないということで、その点については判断することなく結論を導いたものと解されます。



いくた てつお
1972年東京工業大学大学院修士課程修了、技術者としてメーカーに入社。82年弁護士・弁理士登録後、もっぱら、国内外の侵害訴訟、ライセンス契約、特許・商標出願等の知財実務に従事。この間、米国の法律事務所に勤務し、独国マックス・プランク特許法研究所に在籍。

さいとう ゆうじろう
東京大学工学部化学システム工学科卒業、2005年弁護士登録。生田・名越法律特許事務所において、知的財産権関係訴訟、ライセンス契約案件等に従事。