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特許請求の範囲に記載された用語の意義について 明細書の記載を参酌して限定解釈を行った事例 |
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(東京地裁 平成19年1月30日判決 平成17年(ワ)第5863号) |
生田哲郎/森本 晋 |
1.本判決の意義 |
特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の認定にあたって、明細書の発明の詳細な説明等を参酌し、特許請求の範囲の記載の文言を限定解釈して、侵害を否定する裁判例が数多く見られます。
本判決も、そのような限定解釈を行った一事例ですが、明細書の発明の詳細な説明等の参酌を導く説示が従来の裁判例とはやや異なっている点で興味深く、ここに紹介する次第です。 |
2.事案の概要 |
(1)本件は「紙おむつ」の発明についての特許権(特許第3009482号)を有する原告が、被告に対し、被告の製造販売する紙おむつが本件特許発明の技術的範囲に含まれるとして、特許権侵害に基づく損害賠償を請求した事案です。
(2)本件では、本件特許にかかる明細書の特許請求の範囲に記載された「透液性」の用語の意義が主たる争点となりました。 (3)特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりです(本件では、請求項3についても判断されていますが、請求項1についての判示事項と特段異なる点はありませんので、割愛します)。 「不透液性シートと透液性シートと吸収体とを有し、さらに製品の幅方向両側部に弾性伸縮性の自由部が内側に向いたバリヤーカフスを有する紙おむつにおいて、前記バリヤーカフスの自由部より外側であってかつ吸収体の側縁から側外方にあるフラップ部を構成するフラップ部材シートが、製品紙おむつの全長にわたり、かつ、フラップ部材シートのほぼ全体が透液性であり、これによりフラップ部の製品紙おむつの全長にわたる領域が使用面側から裏面側に液が透過可能であることを特徴とする紙おむつ。」 |
3.裁判所の判断 |
(1)本件特許発明の特許請求の範囲の記載には、「フラップ部材シートのほぼ全体が透液性」等の記載があり、「紙おむつの各構成部材について用いられている『透液性』の用語の意義について争いがある。そこで、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して、・・・・・・『透液性』・・・・・・の意義を解釈する。」
(2)本件明細書の記載によれば、本件特許発明は、「着用時における蒸れ、特に軟便の阻止機能を有するバリヤーカフスを有することによる軟便中の液分に伴う蒸れを、背中側及び腹側においても確実に防止することを課題とするものである。」 本件明細書の記載によれば、「軟便の阻止機能を有するバリヤーカフスは、従来技術においては、軟便中の液分の紙おむつ側方への浸透を防止するために、撥水性不織布を用いるとともに、バリヤーカフスを構成するバリヤーシートを不透液性シートに固定してフラップ部を構成するのが一般的であり、かかる従来技術においては、フラップ部は透液性を示さないものであった(【0013】)ため、バリヤーカフスを有する紙おむつが特に蒸れが生じやすいことから、本件特許発明・・・・・・は、フラップ部において、不透液性シートを存在させることなく、透液性を示すようにしたものであり、その結果、たとえば通気撥水性のシートを用いる場合に比較して蒸れの防止効果が極めて高いものとなったと認められる(【0014】、【0015】)。」 「『撥水性』とは、水をはじく性質のことであり・・・・・・、水を透す性質である『透液性』とは両立する概念である。一方、『撥水性』のものと『撥水性』でないものとを比較すれば、『撥水性』のものの方が水を透す程度が低いということは明らかであり、『透液性』の程度と『撥水性』とは無関係ではない。」 「上記のとおり、従来は、液分の浸透を防止するためにバリヤーカフスに撥水性不織布を用いるとともに、バリヤーカフスを構成するバリヤーシートを不透液性シートに固定してフラップ部を構成していたのであるから、従来技術における撥水性不織布は液の浸透を防止するために用いられていたものであることも明らかである。もっとも、撥水性不織布は、直ちに不透液性を意味するものではないので、その浸透防止効果が不透液といえる程度のものであったとまでいうことはできない。」 「このような状況下において、本件特許発明・・・・・・は、フラップ部材シートを蒸れ防止のために透液性としたのであるから、従来の撥水性不織布を用いていた場合(前記のとおり、液分の浸透防止効果は不透液といえる程度のものではないものの、蒸れを発生させる程度の透液性しか有していなかった。)よりも高度の透液性を要求したと考えられる。このことは、『通気撥水性』のシートと比較して蒸れの防止効果が極めて高くなったとの上記記載からも裏付けられるものである。したがって、本件特許発明・・・・・・における『透液性』のフラップ部材シートは、通気撥水性のシートより高度の『透液性』があり、通気撥水性のシートを用いた場合よりも蒸れ防止効果が大きいものと解するのが相当であり、フラップ部材シートが撥水性である場合は、本件特許発明・・・・・・の技術的範囲に含まれないと解すべきである。」 (3)「以上の解釈は、出願経過における出願人の陳述内容にも沿うものである。」 「原告(出願人)は、通気性のフラップを有する例として示された引用文献2、3を踏まえ、本件手続補正書において、本件・・・・・・特許発明は、『透液性』のフラップを有する旨の補正を行った。そして、引用文献3の股下シートは通気性であるが撥水性のものであったところ、通気撥水性のシートと比較して、本件・・・・・・特許発明の『透液性』のフラップによる蒸れの防止効果は極めて高い旨の記載(【0015】)を本件明細書に付加した。」 「したがって、原告(出願人)は、フラップ部が『通気性』ではなく『透液性』である旨の補正を行い、さらに、通気撥水性のものと比較して本件・・・・・・特許発明の作用効果である蒸れの防止効果が極めて高いとの補正を行ったのであるから、『透液性』のフラップと補正することにより『通気撥水性』のものを除くことを前提としていたと解するのが相当である。」 (4)したがって、「透液性」の「程度は、撥水性のものと比べ、より高度に液体が透過しやすいものと解するのが相当である。」 (5)本判決は以上のように判示し、被告製品のフラップ部の透液性が、撥水性のものが有するのと同等のものであることを認定し、被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属しないと判断しました。 |
4.検討 |
従来は、明細書の記載の参酌を導く説示として、「○○の用語の意義が一義的に明確とはいえないので明細書の記載を参酌する」と説く裁判例が多数でした。
本判決は、それらの裁判例とは異なり、「○○の用語の意義について当事者間に争いがあるので明細書の記載を参酌する」との説示を行っている点が特徴的です。 この説示は、特許発明の技術的範囲の認定にあたって、特許請求の範囲の記載の文言が一義的に明確であるか否かを問わず、明細書の発明の詳細な説明等の参酌が許されると判示した最近の知財高裁判決(知財高裁平成18年9月28日判決。本誌2月号で紹介)の影響を受けたものではないかと推測され、今後は、本判決と同様の説示をする裁判例が増えるのではないかと予想されます。 |