知的財産権判例ニュース |
特許権侵害訴訟において、 特許請求の範囲の記載の文言が一義的に明確であるか否かを問わず、 発明の詳細な説明等の記載を考慮して 特許請求の範囲の解釈を行うべきであるとした事例 |
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(知財高裁 平成18年9月28日判決 平成18年(ネ)第10007号) (原審:東京地裁 平成15年(ワ)第23079号) |
生田哲郎/森本 晋 |
1.本判決の意義 |
特許法70条1項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定し、同2項は、「前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定しています。
平成6年の特許法改正以前には、特許法70条2項の規定はありませんでした。この規定が設けられたのは、リパーゼ事件最高裁判決(最判H3.3.8民集45巻3号123頁)がきっかけでした。リパーゼ事件最高裁判決は、発明の新規性、進歩性等の判断における発明の要旨認定に関して、「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない」と判示しました。この判決をきっかけに、特許発明の技術的範囲の認定に際して、語義の明確化等のために明細書の発明の詳細な説明等を参酌するという従来から実務で採用されてきた手法が許容されるのかどうかという点について、混乱が生じました。このため、平成6年の特許法改正において、特許発明の技術的範囲の認定の際に、原則的に明細書の発明の詳細な説明の記載等を参酌するという従来の手法が許容されることを明確にする趣旨で、特許法70条2項の規定が設けられたのです。 本判決は、このような従来からの特許法70条1項、2項についての考え方に則った判決であり、判示事項それ自体としては目新しいとはいえませんが、特許発明の技術的範囲の認定にあたって、特許請求の範囲の記載の文言が一義的に明確であるか否かを問わず、明細書の発明の詳細な説明等の参酌が許されることを、知財高裁が明示的に確認した判決として意義があるものと考えられます。 |
2.事案の概要 |
(1)本件は、「図形表示装置及び方法」の発明についての特許権(特許第2877779号、本件特許権)及び同特許権に基づく被控訴人(被告)に対する損害賠償請求権を譲り受けたと主張する控訴人(原告)が、ゲームボーイアドバンスという商品名の携帯型ゲーム機を製造販売する被控訴人(被告)に対して、その製造販売行為が本件特許権を侵害すると主張し、損害賠償の支払いを求めた事案です。
(2)本件特許権の特許請求の範囲の記載は以下の通りです。 (請求項1) 「複数個のピクセルからなる区域毎に独立した表示内容を指示するデータを記憶するマップと、垂直方向読出信号および水平方向読出信号が入力され、指定された回転量に対応した第1の読出信号および第2の読出信号を出力する座標回転処理手段と、図形発生手段と、を備え、前記第1の読出信号を前記マップに供給して該マップより読出順序データを得、該読出順序データと前記第2の読出信号とを前記図形発生手段に供給して図形データを得、該図形データによって図形表示を行う図形表示装置であって、前記図形発生手段は、ピクセル単位で、前記区域毎の独立した表示内容の読出順序データを受けて該読出順序データに対応する図形データであって前記第2の読出信号によって特定されたピクセルデータを得、図形を回転表示することを特徴とする図形表示装置。」 (請求項2) 「複数個のピクセルからなる区域毎に独立した表示内容を指示するデータを記憶するマップを設けるステップと、垂直方向読出信号および水平方向読出信号を受け取って、指定された回転量に対応した第1の読出信号および第2の読出信号を出力するステップと、前記第1の読出信号に基づいて前記マップから読出順序データを得るステップと、前記読出順序データと前記第2の読出信号とから図形データを得、該図形データによって図形表示を行うステップと、を備える図形表示方法であって、図形表示を行う前記ステップが、ピクセル単位で、前記区域毎の独立した表示内容の読出順序データを受けて該読出順序データに対応する図形データであって前記第2の読出信号によって特定されたピクセルデータを得、図形を回転表示するステップを含むことを特徴とする図形表示方法。」 (3)原判決は、特許請求の範囲の記載には、「読出順序データ」等のそれ自体として一義的に明確でない記載が含まれており、その図形の回転表示方法が一義的に明確であるとはいえないとし、本件特許発明の特許請求の範囲の記載を解釈するには、本件明細書に記載された唯一の実施例に記載されている回転表示方法を考慮して解釈せざるを得ないとしました。そして、「読出順序データ」等の用語の意義を実施例の記載に開示されているものに限定して解釈し、結論として被告(被控訴人)製品は本件特許発明の技術的範囲に属しないと判断しました。 控訴人(原告)は、控訴審において、本件特許発明の特許請求の範囲の記載は一義的に明確に理解できるので、その技術的範囲の解釈に際して、発明の詳細な説明の記載等を考慮することは許されないと主張しました。 |
3.裁判所の判断 |
控訴人(原告)の主張に対する本判決の判断は以下の通りです。
「特許法70条1項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」、同条2項は、「前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定しているところ、元来、特許発明の技術的範囲は、同条1項に従い、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないが、その記載の意味内容をより具体的に正確に判断する資料として明細書の記載及び図面にされている発明の構成及び作用効果を考慮することは、なんら差し支えないものと解されていたのであり(最高裁昭和50年5月27日第三小法廷判決・判時781号69頁参照)、平成6年法律第116号により追加された特許法70条2項は、その当然のことを明確にしたものと解すべきである。 ところで、特許明細書の用語、文章については、《1》明細書の技術用語は、学術用語を用いること、《2》用語は、その有する普通の意味で使用し、かつ、明細書全体を通じて統一して使用すること、《3》特定の意味で使用しようとする場合には、その意味を定義して使用すること、《4》特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とは矛盾してはならず、字句は統一して使用することが必要であるところ(特許法施行規則様式29[備考]7,8,14イ)、明細書の用語が常に学術用語であるとは限らず、その有する普通の意味で使用されているとも限らないから、特許発明の技術的範囲の解釈に当たり、特許請求の範囲の用語、文章を正しく理解し、正しく技術的意義を把握するためには、明細書の発明の詳細な説明の記載等を検討せざるを得ないものである。 また、特許権侵害訴訟において、相手方物件が当該特許発明の技術的範囲に属するか否かを考察するに当たって、当該特許発明が有効なものとして成立している以上、その特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明の記載との関係で特許法36条のいわゆるサポート要件あるいは実施可能要件を満たしているものとされているのであるから、発明の詳細な説明の記載等を考慮して、特許請求の範囲の解釈をせざるを得ないものである。 そうすると、当該特許発明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものと解するのが相当である。」 「・・・・・・上記の通り、特許権侵害訴訟においては、特許請求の範囲の文言が一義的に明確であるか否かを問わず、発明の詳細な説明の記載等を考慮して特許請求の範囲の解釈をすべきものであるから、従来技術から明確になる事柄について、それ以上発明の詳細な説明の記載等から限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は、そもそも、誤りである。 我が国の特許制度は、産業政策上の見地から、自己の発明を公開して社会における産業の発達に寄与した者に対し、その公開の代償として、当該発明を一定期間独占的、排他的に実施する権利(特許権)を付与してこれを保護することにしつつ、同時に、そのことにより当該発明を公開した発明者と第三者との間の利害の調和を図ることにしているものと解される(最高裁平成11年4月16日第二小法廷判決・民集53巻4号627頁参照)。本件原出願・・・・・・に適用される昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条4項が「第2項第3号の発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有するものが容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」(いわゆる実施可能要件)、同条5項が「第2項第4号の特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。ただし、その発明の実施態様を併せて記載することを妨げない。」(いわゆるサポート要件)と定めているのも、発明の詳細な説明の記載要件という場面における、特許制度の上記趣旨の具体化であるということができる。したがって、特許請求の範囲の記載に基づく特許発明の技術的範囲の解釈に当たって、何よりも考慮されるべきであるのは、公開された明細書の発明の詳細な説明の記載等であって、これに開示されていない従来技術は発明の詳細な説明の記載等に勝るものではない。 仮に、控訴人主張のとおり、特許発明の技術的範囲の解釈において、従来技術から明確になる事柄については、それ以上発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとすることが許されるならば、発明の詳細な説明の記載等とは無関係に、特許請求の範囲の解釈の名の下に、随意に新たな技術を当該発明として取り込むことにもなりかねず、このような結果が、上記発明の公開の趣旨に反することは明らかである。」 |
4.検討 |
(1)実務においては、発明の新規性や進歩性等の判断における発明の要旨を認定する場面と、侵害訴訟において特許発明の技術的範囲を認定する場面とでは、明細書の発明の詳細な説明等の参酌についての原則と例外が逆転しています。すなわち、
《1》発明の新規性や進歩性等の判断における発明の要旨を認定する場面では、特許請求の範囲の用語の技術的意義が一義的に明確ならば、明細書の発明の詳細な説明等の記載を参酌せずに発明の要旨を認定すべきであり、例外的に、用語の技術的意義が明確でないとか、明らかな誤記があるなどの特段の事情のある場合に限り、明細書の発明の詳細な説明等の記載を参酌することができることになります(上記リパーゼ事件最判参照)。 《2》他方、侵害訴訟において、特許発明の技術的範囲を認定する場面においては、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確であるか否かを問わず、発明の詳細な説明の記載等が参酌されることになります。 発明の要旨と特許発明の技術的範囲は、いずれも特許請求の範囲の記載に基づいて画されるものではありますが、その認定にあたって明細書の発明の詳細な説明等の参酌の可否については、上記のような「ダブルスタンダード」が適用されていることになります。 (2)しかしながら、このような実務の手法については、批判的な見解もあります。 なぜなら、現在の実務において、特許請求の範囲の解釈基準を場面により区別する必要があるのは、侵害訴訟の場面で、特許要件を具備しない特許発明の効力を争う必要があるからにほかなりませんが、裁判所は特許法104条の3により、無効判断ができるのですから、特許請求の範囲の記載が不明確な特許や、実施可能要件やサポート要件が満たされていない特許については、特許請求の範囲の文言を限定解釈する手法を採らなくとも、端的に、特許を無効と判断することが可能と考えられるからです。 特に、本件は、原判決において「本件特許発明の特許請求の範囲の記載には、・・・・・・それ自体語句として一義的に明確でない用語が含まれ、その図形の回転表示方法が一義的に明確であるとはいえないにもかかわらず、その点について唯一の実施例以外に十分な開示がなされているとはいえない。すなわち、本件特許発明について、本件実施例以外の説明では、当業者が・・・・・・本件特許発明を実施することが出来る程度に明確且つ十分に特許請求の範囲が説明されているとはいえない。」と認定されており、特許請求の範囲の記載の明確性、実施可能要件及びサポート要件が満たされているかどうかについて、相当に疑義のあった事案であり、端的に特許を無効とする手法もあり得た事案だと思われます(但し、特許無効の抗弁の主張はなされていないようです)。 (3)特許請求の範囲の文言を限定解釈するという手法ではなく、端的に特許を無効と判断すべきだとの見解には、傾聴すべき点があるように思われます。しかしながら、当事者の立場としては、特許無効の抗弁とともに、限定解釈による非侵害の主張とを、あわせて行うことが無難かと思われます。 |