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外国の特許を受ける権利について 特許法35条3項は適用されないと判断した事例 |
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判決「東京地方裁判所 平成18年9月8日」(平成17年(ワ)第14399号) |
生田哲郎/森本 晋 |
1.本判決の意義 |
特許法35条3項は、従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより、職務発明について使用者等に特許を受ける権利を承継させたときは、相当の対価の支払いを受ける権利を有する旨を規定しています。
ところで、今日の企業活動は日本国内のみならず、外国においても行われるのが通常であり、特許についても、日本の特許権のみならず、外国における特許権を取得しようとするのが通常です。 職務発明を行った従業者等は、外国における特許を受ける権利を使用者等に承継させたこととなりますが、この場合に、日本における特許を受ける権利の承継と同様に、外国における特許を受ける権利の承継についても、従業者等が特許法35条3項に基づく対価請求権を有するかどうかが問題となります。 これまでの裁判例においては、日立製作所事件の控訴審判決(東京高裁H16.1.29判決)や、味の素アスパルテーム事件第一審判決(東京地裁H16.2.24判決)などが、外国における特許を受ける権利の承継についても特許法35条3項の適用を認めていました。 しかし、本判決は、逆に、外国における特許を受ける権利の承継について特許法35条3項は適用されないと判断したものであり、大変注目に値する判決です。 |
2.事件の概要 |
本件は、被告会社が有していたテトラゾリルアルコキシカルボスチリル誘導体と、それを含有する医薬成分に関する米国特許権(米国特許第4277479号)に係る発明について、被告会社の元従業員である原告が、同発明は、被告会社在職中に生物系研究者としての化合物の生物活性測定等に関与した原告を含む複数の発明者による職務発明であり、原告は、共同発明者の一人として(但し、本件特許出願において、原告は、発明者として記載されていない)被告会社に特許を受ける権利の共有持分を承継させたとして、主位的に特許法35条3項に基づき、予備的に被告会社の発明考案取扱規程に基づいて(被告会社の規程には、外国における工業所有権についても補償金を支払う旨の規定がある)、相当の対価として1億円及び遅延損害金の支払いを求めた事件です。
本件では、主として、外国における特許を受ける権利に特許法35条3項が適用されるか、及び、原告が本件発明の共同発明者であるか否かが争点となりました。 本判決は、外国における特許を受ける権利に特許法35条3項は適用されず、また、原告が本件発明の共同発明者であるとは認められないとして(発明者でない以上、被告規程による補償金の支払いを請求することはできない)、原告の請求を棄却しました。 |
3.裁判所の判断 |
(1)外国における特許を受ける権利に特許法35条3項が適用されるか
本判決は、外国の特許を受ける権利の承継に基づく対価請求の準拠法は、法例7条により決定すべきであるところ、本件では、原告及び被告会社が、準拠法が日本法であることを争っておらず、また、被告会社規程に外国における工業所有権及びこれを受ける権利についての規定が置かれていることから、両当事者が日本法を準拠法とする意思を有していたと推認できるとし、日本法が準拠法となると判断した上で、外国の特許を受ける権利について特許法35条3項が適用されるか否かについて、以下のように判示しました。 「まず、特許法には、外国の特許を受ける権利の承継に基づく対価請求権に関する規定がないだけでなく、外国の特許発明や外国の特許権に関する規定も全く存しない。また、特許法35条と同様に、『特許を受ける権利』について、その移転や担保権の設定、承継等を定める同法33条及び34条が、日本の特許を受ける権利のみを対象とすることは明らかである。さらに、特許法35条1項は、職務発明についての特許を受ける権利の承継の有無を問わず、使用者等が、当該特許権について無償の法定通常実施権を有する旨を定めるところ、特許権についての属地主義の原則、すなわち、各国の特許権は、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められるとの原則・・・・・・によれば、特許権に対して無償の法定通常実施権のような権利を設定することは、日本の特許権についてのみなし得ることであると解さざるを得ないから、同条1項にいう『特許を受ける権利』及び『特許権』とは、外国の特許を受ける権利及び外国の特許権を含まず、日本の特許を受ける権利及び日本の特許権のみを意味するものと解される。そうすると、外国の特許を受ける権利の承継に基づく対価請求権についても同条3項が適用されるとすれば、同条3項にいう『特許を受ける権利』及び『特許権』には、外国の特許を受ける権利ないし外国の特許権も含まれることになり、同一の条文内で、『特許を受ける権利』あるいは『特許権』について、異なる解釈をするという不整合な事態を生ずることとなる。 そもそも、特許法35条は、職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従業者等に原始的に帰属し、これについての通常実施権が使用者等に帰属することを前提に(同条1項)、当該職務発明について、特許を受ける権利及び特許権の承継等とその対価の支払いに関して、使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに、両者間の利害を調整することを図った規定である・・・・・・。すなわち、同条は、その1項において、使用者等には、特許を受ける権利の承継の有無を問わず法定の通常実施権が認められることを規定するものであり、そのことを前提として、当該特許を受ける権利等の承継等の対価の算定に当たっても、同条4項において考慮される使用者等が受けるべき利益は、通常実施できる限度を超えた独占の利益であると解するのが一般である。したがって、この前提を欠く外国の特許を受ける権利について、同条3項の規律対象となるとする見解は、同条に関する上記の理解を踏まえると、法解釈上、相当でないといわざるを得ない。」 このように、本判決は、特許法の他の規定、特に特許法35条1項の規定との不整合を理由として、外国の特許を受ける権利について特許法35条3項は適用されないと判断しました。 (2)原告は本件発明の共同発明者であるか否か 本判決は、発明者の意義について、「当該特許請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の創作行為に現実に加担したものをいうと解され、当該創作行為について、補助、助言、資金の提供、命令を下すなどの行為をしたのみでは、創作行為に加担したということはできない。」と述べました。そして、本件発明のように、物質発明及び物質発明に基づく用途発明における発明者は、新しい物質の創製、あるいは、有用性の発見に貢献した者であるとしました。そして、ここにいう、有用性の発見に貢献するとは、未だ明らかになっていない有用性を見いだしたり、目標とする有用性(作用)の設定を行うなどの貢献をしていることを必要とすると述べました。 本判決は、上記のような一般論を述べた上で、本件では、原告は生物系研究者として、物質の生物活性測定及びその分析等に従事していたのであり、直接的には物質の合成に貢献したとはいえないこと、本件発明の有用性は、血小板凝集作用、血管拡張作用、心拍上昇抑制作用であると認められるところ、そのいずれについても、原告がその設定に関与したことを認めるに足りる証拠がなく、原告が有用性の発見に貢献したとはいえないことなどから、原告を本件発明の共同発明者と認めることはできないと判断しました。 |
4.検討 |
前記のとおり、本判決に先立つ、日立製作所事件控訴審判決と味の素アスパルテーム事件第一審判決などは、外国の特許を受ける権利についても、特許法35条が適用されると判断していました。これらの判決は、そのように解する理由として、特許法35条は使用者等と従業者等との間の利害関係を調整する労働法規としての意味を有すること、外国の特許を受ける権利に特許法35条が適用されないとすれば、従業者等が外国の特許を受ける権利の承継の対価を請求する途を事実上閉ざすことになりかねないことなどを挙げていました。これらの判決は、従業者等の保護という、具体的な結論の妥当性を重視した判決といえるでしょう。 これに対して、本判決は、特許法の他の規定との不整合、中でも、特許法35条3項の「特許を受ける権利」に外国の特許を受ける権利を含むとすれば、特許法35条1項の「特許を受ける権利」が日本における特許を受ける権利を意味し、外国の特許を受ける権利を含まないと解されることからすると、同一の条文内で「特許を受ける権利」の内容を二義的に解することとなる不整合が生ずることを指摘して、外国の特許を受ける権利には特許法35条は適用されないと結論づけました。本判決は、論理的整合性を重視した判決といえるでしょう。 私見としては、使用者等は就業規則等によって日本のみならず外国の特許を受ける権利の承継についても定めることができ、また、そのように定めているのが通常であるのに、従業員が、外国の特許を受ける権利の承継について、事実上対価を請求することができなくなるという事態は、あまりにも不公平であり、妥当ではないと考えます。したがって、外国の特許を受ける権利について特許法35条の適用を認める立場に与したいと思います。 あるいは、特許法35条3項の「特許を受ける権利」について、同条1項の規定との関係から、外国の特許を受ける権利が含まれないということを前提としつつ、外国の特許を受ける権利の承継の対価については、特許法35条3項を類推適用するという解釈もありうるのではないでしょうか。 いずれにしても、この論点についての今後の裁判例の動きが注目されます。 ※なお、本稿脱稿後の日立製作所事件上告審判決(最高裁H18.10.17判決)は、外国の特許を受ける権利については、特許法35条3項が類推適用されると解するのが相当であると判断しています。 いくた てつお 1972年東京工業大学大学院修士課程修了、技術者としてメーカーに入社。82年弁護士・弁理士登録後、もっぱら、国内外の侵害訴訟、ライセンス契約、特許・商標出願等の知財実務に従事。この間、米国の法律事務所に勤務し、独国マックス・プランク特許法研究所に在籍。 もりもと しん 東京大学法学部卒業、2002年弁護士登録。生田・名越法律特許事務所において、知的財産権関係訴訟、ライセンス契約案件等に従事。2006年より日弁連知的財産政策推進本部委員。 |