発明 Vol.103 2006-11
知的財産権判例ニュース
放送番組送信サービスに関する特定の事業モデルが
著作隣接権侵害とは認められなかった事例
判決「東京地方裁判所 平成18年8月4日」

水谷 直樹
1.事件の概要
 債務者(株)永野商店は、顧客からの依頼に応じて、顧客が所有するソニー製の「ロケーションフリーテレビ」を構成する主要な装置である「ベースステーション」の寄託を受け、顧客からの個別の選択に応じて、放映中のテレビ番組を顧客指定の場所に送信するサービスを行っておりました(サービスの詳しい内容については、後述参照)。
 これに対して、債権者(株)フジテレビジョンは、債務者による上記サービスの提供は、債権者が有する著作隣接権の1つである送信可能化権(著作権法99条の2)を侵害しているとして、当該送信可能化(サービスの提供)の差止めを求めて、平成18年に東京地方裁判所に仮処分の申立てを行いました。

2.争点
 本事件での争点は、債務者が提供しているサービスにおいて、債務者自身が放送の送信可能化を行っていると評価し得るのか否かとの点でした。

3.裁判所の判断
 東京地方裁判所は、平成18年8月4日に仮処分申立につき判断いたしましたが、まず本件サービスの内容につき、
 「本件サービスの目的ないし意義は、債務者において、ベースステーションに所要の接続をし、債務者の事務所で保管及び管理することで、海外や、本来であれば放送波が届かない地域に居住している利用者等でも、任意に希望するテレビ放送を視聴することができるようにすることにある。」
 「次の機器類が概ね別紙2のとおり接続されて、本件サービスのシステムが構築されている。
 なお、本件サービスにおいては使用されるソフトウェアは、いずれもソニーが開発したものであり、債務者が独自に準備したソフトウェアは使用されていない。また、以下の機器類のうち、ベースステーションは利用者の所有に係り、それ以外の機器類は、すべて汎用品であり、本件サービスに特有のものではない。」
 「本件サービスにおいて放送データの送信を行う機器は、ベースステーションである。すなわち、ベースステーションは、テレビチューナーを内蔵し、アンテナ端子からの放送をデジタルデータ化し、対応する専用モニター又はパソコンからの指令に応じて、インターネット回線を通じて専用モニター又はパソコンへ自動的に送信する機能を有するものである。」
 「本件サービスにおいて、ベースステーションの所有権が債務者にあると解する余地は全くなく、利用者への所有権移転が仮装であるとみる余地もない。債権者においても、これを争っていない。」
 「本件サービスにおいては、1台のベースステーションから送信される放送データを受信できるのはそれに対応する同一の利用者が所有する1台の専用モニター又はパソコンにすぎず、1台のベースステーションから複数の専用モニター又はパソコンに放送データが送信されることはない。したがって、特定の利用者のベースステーションと他の利用者のベースステーションとは、全く無関係に稼働し、それぞれ独立している。
 また、本件サービスにおいては、あくまでも、特定の利用者が所有する1台のベースステーションからは、当該利用者の選択した放送のみが、当該利用者の専用モニター又はパソコンのみに送信されるにすぎず、この点に債務者の関与はない。
 さらに、債務者は、ベースステーションとは別個のサーバー等を設置してはおらず、また、利用者によるベースステーションへのアクセスに同サーバー等の認証手順を要求するなどして、利用者による視聴を管理することもしていない。すなわち、利用者はインターネット回線を通じて自己のベースステーションに直接アクセスし、必要な指令を送って、ベースステーションから選択した放送データのみの送信を受けているのであって、債務者が管理する複数のベースステーション全体が一体のシステムとして機能しているとは評価し難いものである。」
 「そうすると、本件サービスにおけるベースステーションがインターネット回線を通じて専用モニター又はパソコンに放送データを送信することを債務者の行為と評価することは困難というべきであって、かかる送信は、利用者自身が自己の専用モニター又はパソコンに対して行っているとみるのが相当である。」
 と認定したうえで、
 「本件サービスにおけるベースステーションからの放送データの送信の主体を債務者と評価することはできないから、ベースステーションによる放送データの送信は、1主体(利用者)から特定の1主体(当該利用者自身)に対してされたものである。そうすると、ベースステーションによる送信は、不特定又は特定多数の者に対するものとはいえず、これをもって『公衆』に対する送信ということはできない。
 したがって、本件サービスにおける個々のベースステーションは、『自動公衆送信装置』には当たらない。
 よって、債務者がインターネット回線に接続されているベースステーションを分配機に接続して放送波が入力されるようにすることは著作権法2条1項9号の5イに当たらないし、同分配機に接続されているベースステーションをインターネット回線に接続することは同ロに当たらないというべきである。」
 「『自動公衆送信し得る』のはデジタルデータ化された放送データのみであり、アナログのままの状態ではインターネット回線を通じて『送信』することができないから、仮にアナログの放送波がベースステーションに流入しているとしても、その放送波の流入によっては、同号柱書の『自動公衆送信し得る』ようにしたものとはいえない。また、放送データは、利用者の選択があった場合のみ送信し得る状態になり、デジタルデータ化するのは利用者が所有するベースステーションであることからすれば、債務者が利用者の選択によることなく放送データをベースステーションに入力しているということはできない。そして、利用者が選択しない限り本件放送がデジタルデータ化されていることを認めるに足りず、仮にそれがデジタルデータ化されているとしても、利用者から選択がされない以上、その放送データは送信されることのないものであるから、『自動公衆送信し得る』ようにしたとはいえない。」
 「本件サービスにおいては、ソニーが作成したソフトウェアがそのまま用いられ、ベースステーションから専用モニターないしパソコンへの送信につき、債務者が独自に作成したソフトウェア等が利用されることはない。
 なお、ベースステーションは債務者の事務所に設置されているが、その所有権を有する利用者がこれを債務者に寄託しているものであり、利用者において債務者の事務所にあるアンテナ端子及びインターネット回線の利用を許されているのと同視することができる。そして、利用者自身が所有するベースステーションを他人に寄託して、直接占有する以外の場所において受信した放送を視聴することは、著作権法上禁止されていない。そもそも、通常の地上波放送に関しては、集合住宅の屋上部分にテレビアンテナを設置して複数の居住者のテレビ放送視聴の用に供したり、自己の占有部分以外の場所にテレビアンテナを設置することが行われており、債権者は受信用アンテナの設置場所ないし設置形態を理由に放送の視聴を禁じていないが(審尋の全趣旨)、本件サービスはそれに近いものである。
 また、債務者が有償でベースステーションを設置する場所を賃借しているとしても、そのことをもってベースステーションによる送信の主体を債務者とみるのは困難である。」
 「債務者が利用者から徴収する利用料金も、最初に徴収する入会金が3万1500円、その後に徴収する利用料金が月額5040円であって、……ソニーの設定サービスの利用料金や……ハウジングサービスの料金水準に比し、にわかに高額すぎるとはいいがたく、このうちに放送の送信の対価が含まれているということは困難である。」
 と判断して、債権者の仮処分申立を却下いたしました。


4.検討
 本件は、利用者が債務者にベースステーションを寄託したうえで、これをインターネット等を介して遠隔操作して、自己のもとに放送番組を送信させることが、法的な評価として、債務者自身による放送番組の送信可能化と評し得るか否かが争われた事案です。
 この点につき、裁判所は、本件サービスの目的ないし意義、債務者に寄託されるベースステーションは、利用者の所有にかかり、かつ、個々のベースステーションは個別の利用者と1対1の関係で対応しており、個別の利用者からの操作指示なしには番組を送信することなく、また、個別の利用者によるベースステーションの操作には、債務者の管理が介在していると解する余地はないこと、放送の送信の対価としての図利性が乏しいこと等を認定したうえで、上記放送番組の送信を債務者自身が行っていると認定することはできないと判示いたしました。
 本事件では、放送番組の送信可能化を行っているのが誰であるのかという行為の主体性のいかんが問題になりましたが、この点については、これまで一連のカラオケ事件判決、最近のファイル交換ソフト事件、録画ネット事件の判決においても争点となっています。新しい技術ないし装置が社会に登場してきたことに伴い、著作権法がもともと想定していた侵害形態とは異なる行為類型に対して、既存の著作権法理でどこまでが対応可能であるのかが試されてきているという側面があると考えられます。
 その意味で、本事件は、事業者が新しいビジネスモデルを構築する際に、既存の法制度との間でどのように折り合いをつけ、ないしは調整を図っていくべきであるのかを検討するうえで、参考になる事例の1つといってよいかと考えられます。


みずたに なおき
 1973年東京工業大学工学部卒、1975年早稲田大学法学部卒業後、1976年司法試験合格。1979年弁護士登録、現在に至る(弁護士・弁理士、東京工業大学大学院特任教授、専修大学法科大学院客員教授)。
 知的財産権法分野の訴訟、交渉、契約等を多数手掛けている。