知的所有権判例ニュース |
映画の著作権の保護期間の延長が 否定された事例 |
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判決「東京地方裁判所 平成18年7月11日」 |
水谷 直樹 |
1.事件の概要 |
債権者パラマウントピクチャーズは、昭和28(1953)年に映画「ローマの休日」、「第十七捕虜収容所」を製作して、米国で公表しました。
これらの映画の著作権の保護期間は、旧著作権法、現行著作権法を通じて、公表後50年間を経過する時まで(50年間の起算時は公表時の翌年の昭和29(1954)年)とされていましたが、平成15年法律第85号の改正法により、これを公表後70年を経過するまでの間と改正され、同改正法は平成16年1月1日に施行されました。 なお、同改正法施行時の附則には、 「改正後の著作権法〔中略〕第五十四条第一項の規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による。」 と規定されておりました。 これに対して、債務者(株)ファーストトレーディングは、平成17年10月ごろから、上記各映画を複製したDVD商品を、日本国内で製造頒布していました。 そこで、債権者は債務者に対して、著作権侵害を根拠として、同DVD商品の製造および頒布の差止め等を求めて、平成18年に東京地方裁判所に仮処分命令の申立てをいたしました。 |
2.争点 |
本事件での争点は、本件映画の保護期間に関してであり、本件改正法施行時において、本件映画に対して、本件改正法が適用されるのか否かでありました(本件改正法が適用されれば、本件映画の著作権の保護期間が70年間に延長されることになりますし、適用されなければ、平成15年(2003年)12月31日の経過により著作権が消滅することになります)。
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3.裁判所の判断 |
東京地方裁判所は、平成18年7月11日に決定を下しましたが、まず、左記争点について、
「本件映画の保護期間の終期の計算については、本件映画が公表された日の属する年の翌年である昭和29年から起算する(著作権法57条)。そして改正前の著作権法54条1項によれば、映画の著作物の著作権は、公表後50年を経過するまでの間存続するから、年による暦法的計算をして(民法143条1項)、50年目に当たる平成15年が経過するまでの間存続することになる。期間は、その末日の終了をもって満了する(同法141条)から改正前の著作権法の下では、本件映画の著作権は、平成15年の末日である同年12月31日の終了をもって、存続期間の満了により消滅する。 本件改正法は、平成16年1月1日から施行され(附則1条)、本件改正法附則2条は、『この法律の施行の際』と規定しているところ、『施行の際』とは、附則1条の施行期日を受けた平成16年1月1日を指すものである。そして、附則2条の規定は、この法律の施行期日である平成16年1月1日において、現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物か、又は、現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物かによって適用を分ける趣旨のものと解される。 本件映画の著作権は、改正前の著作権法によれば、上記のとおり、平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了するから、本件改正法が施行された平成16年1月1日においては、改正前の著作権法による著作権は既に消滅している。よって、本件改正法附則2条により、本件改正法の適用はなく、なお従前の例によることになり、本件映画の著作権は、既に存続期間の満了により消滅したものといわざるを得ない。」 「債権者は、本件映画の本来の保護期間が平成15年12月31日午後12時までであって、平成16年1月1日午前零時と同時であるから、本件改正法の施行の際、現に改正前の著作権法による著作権が存していた旨主張し、文化庁長官官房著作権課も、同様の見解を表明している。 確かに、本件映画の保護期間の満了を「時間」をもって表現すれば、平成15年12月31日午後12時となる。しかしながら、著作権法54条1項及び57条の規定は、『年によって期間を定めた』(民法140条)ものであって、『時間によって期間を定めた』(同法139条)ものではない。年によって期間を定めた場合は、『期間は、その末日の終了をもって満了する。』(同法141条)とされるから、あくまでも、保護期間の満了を把握する基本的な単位は『日』となるというべきである。 そして、本件改正法附則2条の規定は、この法律の施行期日である平成16年1月1日において、映画の著作物の著作権の存否を問題とするものである。本件改正法が同日午前零時から施行されて効力を有するとしても、著作権の存否を『年によって期間を定め』、『末日』の終了をもって満了することを前提とする限り、本件映画について、平成16年1月1日まで著作権が存続していたということはできない。」 「債権者は、現行の著作権法の立法過程において、政府委員が債権者の解釈を前提とした答弁をしているなど、このような解釈に立脚して、遅くとも昭和46年から今日まで、このような解釈を前提とする著作権実務が運用されてきている旨主張する。」 「現行の著作権法それ自体についてみれば、立法に際し、国会の審議において、昭和45年12月31日に保護期間が満了する著作物につき現行の著作権法が適用されるか否かに関し、具体的な説明も質疑もされておらず、上記イ(ウ)認定の経過措置の規定の文言をもって、昭和45年12月31日に保護期間が満了する著作物につき昭和46年1月1日に施行された現行の著作権法が適用されるということは、少なくとも文理解釈上は、困難である。なお、上記イ(エ)認定の政府委員の各説明は、現行の著作権法が成立した後の時点において、現行の著作権法の適用につき文化庁の見解を述べたものにすぎない。 仮に、現行の著作権法施行の際の適用関係について、当初昭和37年12月31日に保護期間が満了する予定であった著作物を現行の著作権法によって引き続き保護したいという立法者意思を認め、合目的に、昭和45年12月31日に保護期間が満了する著作物につき昭和46年1月1日に施行された現行の著作権法が適用されると解するとしても、本件改正法附則2条につきこれと同様に解すべき立法者の意思を汲み取ることは困難である。すなわち、上記イ(オ)のとおり、本件改正法の国会における審議の会議録には、本件改正法附則2条の適用関係に関する記載や、保護期間を延長した場合に対象となる映画やその公表時期に関する記載はなく、本件改正法の適用関係について、国会における立法段階での具体的な審議はされていないものと推認される。よって、本件改正法附則2条については、平成15年12月31日に保護期間が満了する著作物を保護するためのものであったという立法者意思を認めることはできない。」 「債権者は、債権者の解釈を前提とする著作権実務が運用されて定着しているとして、法解釈の安定性の観点を指摘する。 なるほど、前記認定のとおり、著作権法を所管する文化庁が債権者の解釈と同一の見解を表明してきたものであり、これに対する債権者の期待は、十分に理解することができる。そして、著作権法に限らず、あらゆる法分野において、一国の法制度として、事前に権利の範囲や法的に擁護される利益が明確であって、これらの侵害に対して確実に事後の救済がされるような法的安定性と具体的妥当性の確保されていることが望ましいことはいうまでもない。しかしながら、本件改正法附則2条の適用関係に関する文化庁の上記見解は、従前司法判断を受けたものではなく、これが法的に誤ったものである以上、誤った解釈を前提とする運用を将来においても維持することが、法的安定性に資することにはならない。 また、債権者は、知的財産権の保護を重視する時代の要請を指摘する。 しかしながら、著作権法は、著作者の権利を定め、その文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作権者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とした法律である(著作権法1条)。上記著作権法の目的を実現し、知的な創造活動を促進して、より高度な創造に向けた意欲を与え、他方で、その成果を活用して社会を発展させるために、権利の保護と公正な利用のバランスを失してはならないことはいうまでもない。本件改正法は、映画の著作物の保護期間を公表後50年から70年に延長するものであり、その適用があるか否かによって、著作物を自由に利用できる期間が20年も相違することになる。しかも、著作権侵害が差止め及び損害賠償の対象となるのみならず、刑事罰の対象となること(著作権法119条以下)をも併せ考えれば、改正法の適用の有無は、文理上明確でなければならず、利用者にも理解できる立法をすべきであり、著作権者の保護のみを強調することは妥当でない。」 と判示して結論として債権者の仮処分命令申立を却下いたしました。 |
4.検討 |
本事件での争点は、平成15年改正法により、それまで公表時から50年間とされていた映画の著作権の保護期間を、公表時から70年間と延長したことが、本件で問題になった2件の映画作品に適用されるのか否かでありました。 仮にこれが適用されれば、本件映画の著作権の保護期間は70年間に延長されますが、適用されなければ50年間のままで、平成15年12月31日の経過により消滅することになります。 裁判所は、この点につき、上記引用したとおりの詳細な理由を示したうえで、適用を否定いたしました。 この点につきましては、平成15年12月31日の経過により著作権の存続期間が満了する映画作品に対して、翌平成16年1月1日に施行される改正法が適用されるかと言えば、素直に考える限りは、これが否定されると考えることが相当であるように考えられます。 もっとも、著作権の管轄官庁である文化庁が、これとは異なる見解を公式に明らかにしていたために、本件仮処分事件に到ったと解することも可能であるかとは考えられます。 裁判所は、この点についても、前記引用したとおりの理由を示して、改正法審議の際の国会の会議録中に改正法の適用につき、格別の見解が示されていなかったこと、文化庁の見解が司法を拘束するものでないこと等を根拠として、採用しないことを明らかにしております。 本件事件は、著作権法改正法の適用に関する基本的問題に関しておりますが、前記のとおり裁判所の見解と文化庁の見解が基本的に相違したものであります。 この点において、本件事件は、今後の実務において極めて重要であると考えられます。 みずたに なおき 1973年東京工業大学工学部卒、1975年早稲田大学法学部卒業後、1976年司法試験合格。1979年弁護士登録、現在に至る(弁護士・弁理士、東京工業大学大学院特任教授、専修大学法科大学院客員教授)。 知的財産権法分野の訴訟、交渉、契約等を多数手掛けている。 |