知的所有権判例ニュース |
ウェブサイトの発信者情報の開示請求は認容されたが、 損害賠償請求は棄却された事例 |
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判決「東京地方裁判所 平成18年4月26日」 |
水谷直樹 |
1.事件の概要 |
原告株式会社平和は、パチンコ機、スロット機の製造、販売等を主要な業務としており、被告ライド株式会社は、レンタルサーバの提供、ドメイン名の取得等を主要な業務としておりました。
被告の顧客は、被告のレンタルサーバ上に、「pro-heiwa.jp」のドメイン名のウェブページを開設して、同ウェブ上で「Project HEIWA」、「プロジェクトヘイワ」の名称のもとで、パチンコ機、スロット機の「打ち子」を募集し、パチンコ機、スロット機の攻略情報を提供するとの表示を掲載しておりました。 原告は、これに対して、被告サーバ上での被告顧客による上記「Project HEIWA」、「プロジェクトヘイワ」の表示は、原告保有の商標権(「HEIWA」―指定役務は第41類の「技芸、スポーツ又は知識の教授」)を侵害し、かつ不正競争防止法2条1項1、2号に違反するとして、被告に対して、被告のレンタルサーバを使用している契約者(第三者)の氏名又は名称及び住所、契約料金の請求書の送付先の氏名又は名称及び住所、契約者の担当者の氏名、住所及び電子メールアドレス、被告のレンタルサーバに契約者からウェブページの情報が送信された年月日・時刻・同送信時におけるIPアドレスの開示ならびに損害賠償の支払いを求めて、平成17年に、東京地方裁判所に訴訟を提起しました。 |
2.争点 |
本事件での争点は、本稿でご紹介する判決内容との関係では、以下のとおりでした。
《1》 契約者による商標権侵害の有無 《2》 契約者による不正競争防止法2条1項1、2号違反の有無 《3》 開示すべき発信者情報の範囲 《4》 損害賠償責任の有無 |
3.裁判所の判断 |
東京地方裁判所は、平成18年4月26日に判決を言い渡しましたが、上記争点《1》については、
「本件ウェブページによって提供される役務は、パチンコ機、スロット機の攻略情報を提供するというものであるから、パチンコ機、スロット機に係る『技芸の教授』といい得るものであり、本件商標権の指定役務である『技芸、スポーツ又は知識の教授』と類似していると認められる。」 「原告は、……パチンコファン全体において73.1%の認知率を有するなど、パチンコ・スロット遊戯の需要者の間では、パチンコ機・スロット機のメーカーとして広く認識されており、本件登録商標『HEIWA』も、原告の商品等表示として広く認識されていることが認められる。 さらに、本件アルファベット表示は、『Project』が小文字を含むのに対し、『HEIWA』の部分は、本件登録商標と同様に大文字のみで構成されていることが認められる。 これらの事実によれば、パチンコ機、スロット機の攻略情報を提供する役務との関係で使用されれば、本件各表示のうち『HEIWA』『ヘイワ』の部分が識別力を有する要部となると認められる。」 「本件アルファベット表示の要部は、本件登録商標と称呼、外観が同一であり、また、パチンコ機・スロット機のメーカーである原告自身の観念が生じる点で、観念も同一であると認められる。本件カナ表示の要部は、本件登録商標と外観は異なるが、称呼、観念が同一であると認められる。よって、本件各表示は、本件登録商標に類似するものと認められる。」 と判示し、次に上記《2》の争点については、 「本件登録商標は、パチンコ・スロット遊戯の需要者の間で、原告の商品等表示として広く認識されているものと認められる。」 「本件各表示は、原告の商品等表示である本件登録商標に類似するものと認められる。」 「パチンコ・スロット遊戯の需要者がパチンコ機等の攻略情報の提供を行う本件ウェブページに接し、パチンコ・スロット遊戯の需要者の間で原告の商品等表示として広く認識されている本件登録商標に類似する本件各表示を見つければ、当該パチンコ機等の攻略情報を提供する営業が原告又は原告と何らかの資本関係、系列関係などの緊密な営業上の関係がある者によるものと誤信するおそれがあり、広義の混同を生じるおそれがあると認められる。」 「パチンコ機・スロット機の『打ち子募集・攻略情報提供』と称する営業の大部分は、登録料等の名目で金銭を振り込ませる詐欺であることが認められるから、上記(3)の混同のおそれは、原告の営業上の利益を侵害するものと認められる。 よって、本件契約者による本件各表示の使用は、不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に該当し、原告の営業上の利益を侵害する。」 と判示し、商標権侵害及び不正競争防止法2条1項1号違反の事実を認めました。 本判決は、そのうえで、上記《3》の争点につき、 「本件ウェブページに使用されている『プロジェクトヘイワ』という法人は登記されておらず、複数の者が共同して本件ウェブページから不特定の者に送信を行っている可能性が高いと認められるから、被告に契約者として把握されている者のみならず、契約者の『担当者』として被告に登録された者も、他の者と共同して本件ウェブページから不特定の者に送信する意思を有している者として、発信者情報省令にいう『発信者その他侵害情報の送信に係る者』に該当するものと認めるべきである。 したがって、被告保有情報のうち、契約者の担当者の氏名、住所及び電子メールアドレス(電子メールアドレスは契約時のもの及び変更後のもの)は、開示すべき発信者情報(プロバイダ責任制限法4条1項柱書、発信者情報省令1号ないし3号)に当たり」 「原告は、本件契約者が『pro-heiwa.jp』ドメインを利用して電子メールを送信した際に利用したプロバイダIPアドレスは発信者情報省令4号及び5号の情報に該当する旨主張する。 しかしながら、このメール送信時のプロバイダIPアドレスは、原告が自認するとおり、本件契約者が被告のレンタルサーバへ侵害情報である本件ウェブページの情報をアップロードした時のIPアドレスそのものではない。 そして、発信者情報は個人のプライバシーに深くかかわる情報であって、電気通信事業法も、『電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。』(4条1項)と規定し、罰則(179条1項)も定めていることにかんがみ、プロバイダ責任制限法4条1項柱書及び発信者情報省令が開示されるべき発信者情報を限定したことを考慮すると、上記メール送信時のプロバイダIPアドレスが発信者省令4号又は5号の情報に該当するものと解することはできない。」 と判示し、さらに上記《4》の争点については、 「ア 原告は、本件通知書受領後直ちに、本件ウェブページにおける本件各表示の使用が本件商標権等を侵害することを知りながら、平成17年10月6日まで本件ウェブページからの送信を放置したから、被告は本件ウェブページからの発信者として責任を負う旨主張する。 イ(ア)しかしながら、本件ウェブページでは、デッドコピーのように『HEIWA』や『ヘイワ』そのものが使用されていたものではなく、『Project HEIWA』『プロジェクトヘイワ』の形で使用されていたものであるから、本件商標権侵害及び不正競争防止法違反の成否の判断には、それなりの困難さがあったものと認められる。 (イ)しかも、前提事実(4)エのとおり、被告は、本件通知書の到達から10日以内である平成17年10月6日に本件ウェブページからの送信を停止する措置を講じたが、その間も手をこまねいていたものではなく、小林弁護士に事件処理を委任し、かつ、本件発信者との電話連絡を数多く試み、さらに、委任を受けた小林弁護士は、原告の鎌田弁護士に対し、侵害と主張する法的根拠を明らかにすることを求めていたものである。 ウ また、証拠(甲16の1)及び弁論の全趣旨によれば、本件通知書においては、本件各表示を本件ウェブページで使用する行為が商標権侵害、不正競争防止法違反に該当する理由が詳しく述べられておらず、また、本件商標権の登録原簿謄本が添付されていなかったことが認められ、この点は、開示関係役務提供者である被告が原告の権利侵害があったか否かを判断するために時間を要したことに影響する事情であるといわざるを得ない。 エ これらの事実からすると、被告のレンタルサーバ契約締結時の本人確認に不十分な点があり、本件ウェブページの記載内容自体から詐欺の疑いが十分うかがわれること等を考慮しても、被告は、平成17年9月26日に本件通知書を受け取った時点で本件商標権侵害等を知ったものと認めることはできず、平成17年10月6日まで本件ウェブページからの送信を停止しなかったことをもって、被告が本件ウェブページから送信をしていることと同視することはできない。」 と判示し、原告からの発信者情報開示の請求については、一部を除き、これを認めましたが、損害賠償請求については、これを棄却いたしました。 |
4.検討 |
本事件は、レンタルサーバ上に開設されたウェブサイトにおいて、商標権侵害ないしは不正競争防止法2条1項1、2号違反が生じていることを前提としたうえで、当該ウェブサイトの発信者情報の開示及び損害賠償の支払いを、レンタルサーバ業者に求めたことを内容としております。 本判決は、まず、商標権侵害及び不競法違反の点について、いずれもこれを認めておりますが、本判決が認定した事実を前提にした場合には、いずれも相当であると考えられます。 次に、本判決は、発信者情報の開示請求の点につき、契約者がウェブページの情報をレンタルサーバに送信した年月日・時刻・送信時のIPアドレスの部分を除いて、これを認めております。 上記のうち開示を認めなかった情報については、これがプロバイダ責任制限法4条1項が規定している「発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって、総務省令で定めるものをいう)」を受けて、総務省令4、5号に規定されている情報に、文言上において該当するものでないと判断されたためです。 最後に、本判決は、被告が原告から警告を受けた時点から、実際に当該ウェブページを閉鎖した時点までの10日余りの期間分についての損害賠償責任を否定しております。 これは、上記期間が短期間であったこと、商標権侵害の有無の判断については専門的な知識や情報が必要となること等を考慮したことによるものと考えられます。 本判決は、今後さらに増大してくると考えられる同種事案を判断するにあたって、実務上有用であると考えられます。 みずたに なおき 1973年東京工業大学工学部卒、1975年早稲田大学法学部卒業後、1976年司法試験合格。1979年弁護士登録、現在に至る(弁護士・弁理士、東京工業大学大学院特任教授、専修大学法科大学院客員教授)。 知的財産権法分野の訴訟、交渉、契約等を多数手掛けている。 |