発明 Vol.103 2006-5
知的所有権判例ニュース
チャートの著作物性を
否定した事例
「平成17年11月17日 東京地方裁判所」
水谷直樹
1.事件の概要
 原告スパイラックス・サーコ・リミテッドは、英国の蒸気システム制御機器メーカーであり、被告(株)テイエルブイは、バルブ、計測機器の製造、販売等を業としております。
 原告は、1984年に米国のトレーニングセンターで開催された販売代理店および顧客向けのセミナーで、原告チャート(1)を公表しました。原告チャート(1)を日本語に訳したものが原告チャート(2)であり、原告チャート(3)ないし(5)は、原告チャート(1)、(2)の使用例を示したものとのことです。
 これに対して被告は、雑誌「建築設備と配管工事」の2002年4月号に小論文「空調機のドレン排除とドレン回収の方法」を掲載し、同論文中で、図表および説明文(以下、「被告チャートおよび説明文」)を使用しました。
 原告は、被告チャートおよび説明文が、原告チャートの著作権を侵害していると主張して、平成16年に、原告が原告チャート(1)ないし(5)のチャート(図表)、説明文につき著作権を有することの確認、同チャート、説明文の複製等の差止め、謝罪広告の掲載、損害賠償の支払い等を求めて東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。

2.争点
 本事件での争点は、本稿でご紹介する判決内容との関係では、以下のとおりでした。
《1》原告チャート、説明文(1)ないし(5)には著作物性が認められるか
《2》原告チャート、説明文(1)ないし(5)と被告チャートおよび説明文との間の類似の有無

3.裁判所の判断
 東京地方裁判所は、平成17年11月17日に判決を言い渡しましたが、まず、争点《1》については、原告チャート(1)、(2)に関し、
 「著作権法は、『著作物』を『思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。』と定める(同法2条1項1号)のであって、思想又は感情の創作的な表現を保護するものである。したがって、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でないもの又は表現上の創作性がないものは、著作権法によって保護されないと解するのが相当である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。
 原告チャート(1)および(2)は、左縦軸と右縦軸と横軸に目盛りを設定した方眼状の図表であり、原告チャート(3−1)、(4−1)および(5−1)は、その図表に使用例を記載したものである。このような図表又は図表の使用例に示される思想ないしアイデアそのものは、著作権法によって保護されるものではない。また、このような図表又は図表の使用例は、次に述べるとおり、かかる思想ないしアイデアを表現する際にその個性が表れず、定型的な一般的にありふれた表現としかならないような場合には、著作権法によって保護し得る表現上の創作性があるということはできない。」
 「原告チャート(1)および(2)は、左縦軸に温度、右縦軸に圧力(ほぼ中央に大気圧を設定し、そこから上方は正圧、下方は負圧を表示している。)、横軸に負荷率(左端が100%、右端が0%である。)を設定した方眼状のチャートである。」
 「(原告が、原告チャート(1)において、グラフ上の縦軸の温度と圧力を、蒸気表において対応する数値によって1対1に対応させて目盛り付けを行ったことに創作性があると主張したことに対して)飽和蒸気においては、圧力が変わるとそれに対する飽和温度(沸騰を始める温度)が変わり、両者の間には一定の関係が存在し、その温度と圧力が1対1で対応することは、自然科学上の法則にほかならないのであって(乙2、3)、かかる法則を用いて、マトゥールチャートにおける縦軸の温度と圧力の目盛りを変更し、これを1対1で対応させて目盛り付けをすることにより、マトゥールチャートをより簡易なものとし、これにより、温度を基準として圧力をも連動的に捉えてドレン滞留点における負荷率を簡易に算出しようとすること自体は、技術的知見ないしアイデアにほかならないというべきである。そして、かかる技術的知見ないしアイデアに思い至った場合に、それを表現するに際しては、図表の縦軸における温度と圧力を1対1に対応させた目盛り付けを行うこと以外には表現の方法がないのであるから、原告チャートの図表の表現自体に創作性があるということはできない。すなわち、原告チャートを作成するに至った技術的知見ないしアイデア自体に独自性や新規性があるとしても、その技術的知見ないしアイデア自体は、著作権法により保護されるべきものということはできず、著作権法は、その技術的知見ないしアイデアに基づいて個性的な表現方法が可能である場合に、個性的に具体的に表現されたものについてこれを保護するものであり、原告チャートについては、その技術的知見ないしアイデアそのものがそのまま表現されているものといわざるを得ない。」
 「負荷率を横軸の単位として採用すること、実際の機械の稼働に合わせた表示をするために、横軸の左端を負荷率100%とし、右端を0%とすること、及び、縦軸に負圧を表示したことは、いずれも使用者の便宜を考慮してチャート化を行う際の技術的知見ないしアイデアにほかならないのであって、かかる横軸及び縦軸の設定や目盛り付けは、このような技術的知見ないしアイデアに至った場合に、これをそのまま表現したものにすぎず、このような表現自体について創作性を見出すことはできない。」
 「原告チャートが、自然科学の法則上の正確さよりも、チャートの目的を踏まえて、1枚のチャートで簡便にストールポイントを算出できるようにするとの考え方に基づいて作成されたということも、いかなる自然科学上の法則を用い、また、捨象するかということは、チャートの使用目的を考慮した上での技術的知見ないしアイデアにほかならないというべきであり、原告チャートは、その考案者が取捨選択した自然科学上の法則ないし理論性を一般的な表現として記載したにすぎないものである。原告チャートは、このような技術的知見ないしアイデアに基づいて表現されたものである以上、このような表現自体について、その創作性を認めることはできない。」
 として、著作物性を否定しました。
 次に、原告チャート(3−1)および説明文(3−2)に関しては、
 「技術的知見ないしアイデアをチャート上に表現する場合には、チャート上の一次関数として表現することになるのであり、かかる一次関数は、著作物性の認められない原告チャート(1)の枠組みを前提として、所定の数値に対応する点や線を記入すれば、チャート上では必ず同じ表現に至るのであって、これを創作性ある表現ということはできない。したがって、原告チャート(3−1)に著作物性を認めることはできない。」
 「原告説明文(3−2)は、原告チャート(3−1)に示されるチャートの具体的作図方法を説明した文書であり、その説明に使用し得る用語や説明の順序、具体的記載内容については、多様な表現が可能なものであり、その説明文は、作成者の個性が表れた創作性のある文章であり、言語の著作物(著作権法10条1項1号)に該当するものと認めるのが相当である。」
 として、原告チャート(3−1)については、上記同様に著作物性を否定しましたが、原告説明文(3−2)については、著作物性を肯定いたしました。
 また、本判決は、原告チャート、説明文(4)、(5)についても、上記と同様に、チャートについては著作物性を否定し、説明文については著作物性を肯定しました。
 次に、本判決は、上記争点《2》の原告説明文(3−2)、(4−2)、(5−2)と被告説明文との間の類似性の有無について、
 「原告説明文(3−2)、(4−2)及び(5−2)と被告説明文は、前記(1)で述べたのと同様に、重要な用語について異なる用語を使用していること、チャート上のラインの引き方の説明内容が相違していること、チャートの説明内容、説明の順序及び表現方法が全体としてかなりの程度相違していることに照らし、類似していない。」
 と判示し、結論として、原告が、原告説明文(3−2)、(4−2)、(5−2)につき著作権を有することを確認した点を除き、原告の請求を棄却いたしました。

4.検討
 本件では、チャート(グラフ)の著作物性およびチャートに付された説明文の著作物性が争われました。
 チャートは、一般論としては著作権法10条1項6号所定の「地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物」に該当するものと考えられます。
 もっとも、本事件では、原告チャートは、原告の技術的知見(アイデア)をグラフ上に表示したものであるとのことであります。
 これに加えて、本判決の認定によりますと、原告の該技術的知見をグラフ上に表現するにあたっては、表示方法以外には、表現の方法がないとのことであります。
 したがって、このことを前提にした場合には、当該知見(アイデア)をグラフ上に表現するための表現の自由度ないしは表現の多様性は、事実上存在していないに等しいことになるかと考えられます。
 したがいまして、上記を前提にした場合には、当該表現はアイデアそのものということになり、当該表現には創作性が認められず、当該チャートの著作物性は否定されることになると考えられます。
 本判決は、原告チャート(1)ないし(5)のすべてについて、上記の前提のもとで、その著作物性を否定いたしました。
 もっとも、本判決は、原告チャート(3)ないし(5)に付されている説明文については、多様な表現が可能であることを認定して、上記結論とは逆に、著作物性を肯定いたしておりますが、被告説明文との間の類似性については、これを否定いたしております。
 前記のとおり、本判決においては、技術的な知見(アイデア)を表現したとされるチャート(グラフ)の著作物性の有無について、当該チャート上の表現はアイデアそのものであり、表現の多様性が認められないことを根拠として、著作物性が否定されております。
 本判決は、同種の事案に一事例を加えるものとして、今後の実務において参考になるものと考えられます。



みずたに なおき
 1973年東京工業大学工学部卒、1975年 早稲田大学法学部卒業後、1976年 司法試験合格。1979年 弁護士登録後現在に至る(弁護士・弁理士、東京工業大学大学院特任教授、専修大学法科大学院客員教授)。
 知的財産権法分野の訴訟、交渉、契約等を多数手がけている。