発明 Vol.103 2006-3
知的所有権判例ニュース
コンピュータプログラムの作成が
職務著作に該当すると認められた事例
「平成17年12月12日 東京地方裁判所」
水谷直樹
1.事件の概要
 原告は、被告宇宙開発事業団の職員として、同事業団の人工衛星打ち上げやロケットに関係するコンピュータプログラムの開発に従事しておりました。
 原告は、これらのプログラム中には、原告個人が作成したものがあり、原告が著作権および著作者人格権を保有しているとして、そのことの確認を求めて、平成12年に東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。

2.争点
 本事件での争点は多岐に及びましたが、本判決内容との関係では、
《1》 本事件で問題になったプログラムの創作者は誰か
《2》 本事件で問題になったプログラムは職務著作の要件を充足しているか
でした。

3.裁判所の判断
 東京地方裁判所は、平成17年12月12日に判決を言い渡しましたが、まず、上記《1》の点につき、
 「ある表現物を創作したというためには、当該表現物の形成に当たって、自己の思想又は感情を創作的に表現したと評価される程度の活動を行ったことが必要である。
 ・・・・・・この点は、当該表現物がプログラムである場合であっても何ら異なるところはないが、法は、プログラムの具体的表現を保護するものであって、その機能やアイデアを保護するものではないし、また、プログラムにおける『アルゴリズム』は、法10条3項3号の『解法』に当たり、プログラムの著作権の対象として保護されるものではない。そこで、プログラムを創作した者であるかどうかを判断するに当たっては、プログラムの具体的記述に関して自己の思想又は感情を創作的に表現した者であるかどうかという観点から検討する必要がある。」
 と判示したうえで、問題となった個別のプログラムにつき、その半数については原告単独または他の者との共同創作であると認定しましたが、その余については、
 「原告は、本件プログラム4の形成に当たって、アルゴリズムの作成及び衛星データやABM質量特性データなどの入力条件作成等を行うとともに、被告CRCの技術者らとともに、デバッグ及び改修の作業等を行ったものであると認められるが、プログラムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的に表現されたと認めるに足りる証拠はなく、これらの諸活動をもって、原告の思想又は感情を創作的に表現すると評価される行為ということはできない」
 「原告は、本件プログラム2の形成に当たって、本件プログラム11を提示し、定式化、アルゴリズム、入力データ、出力仕様などの技術資料を提示したものであるが、プログラムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的に表現されたと認めるに足りる証拠はなく、これらの諸活動をもって、原告の思想又は感情を創作的に表現すると評価される行為ということはできない。」
 「原告は、本件プログラム1の改良プログラムである本件プログラム6の形成に当たって、・・・・・・本件プログラム1を用いた長時間計算の結果に疑問があることを発見し、本件プログラム1を総点検してプログラムの論理構造上の問題を発見し、被告CRCの技術者らと共同でバグ修正を行うとともに、多数のタンク内の液体挙動を扱えるように運動方程式を一般化したものを提示したのであるが、プログラムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的に表現されたと認めるに足りる証拠はなく、これらの諸活動をもって、原告の思想又は感情を創作的に表現すると評価される行為ということはできない。」
 として、原告による創作を認定しませんでした。
 次に、判決は、上記を前提にしたうえで、上記《2》の職務著作の要件の充足の有無につき、
・法人等の業務に従事する者が作成したものであること
・職務上の作成
・事業団の発意
・公表名義要件
 の4つの要件ごとに検討を行いました。
 まず、「法人等の業務に従事する者が作成したものであること」については、原告が事業団の職員であったことから、同要件の充足を認めました。
 次に、「職務上の作成」の要件については、原告が事業団において従事してきた職務の内容を詳細に認定したうえで、同要件の充足を認めました。
 なお、判決は、この点に関して、「原告は、ETS−II又はECS用のプログラム作成は、事業団により形式的に認可されたものの、人的・物的手当がなされず、その作成提案等の遂行は反対され続けたのであって、本件プログラム15及び19の作成が原告の職務上されたということはできないと主張し、その旨の陳述書を提出する。
 しかしながら、仮に、事業団において、プログラム作成に係る具体的な業務遂行上の十分な支援態勢が整っておらず、原告の個別の提案について反対がなされた経緯があったとしても、計画自体は認可され、試験衛星設計グループにおいて解析プログラム作成作業が進められているのであるし、業務の遂行は、業務従事者側から様々な提案をし、これに対する反対意見等も出された上で全体として作業が進められることも通常あり得ることなのであって、ECSミッション解析プログラム作成に関しては、その後予算措置も講じられていることからすれば、前記プログラム作成は、原告の職務の一部に該当するものというべきである。」
 「原告は、本件プログラム13の作成やそれに本件プログラム13の作成はすべて原告が1人で行った旨主張する。
 仮にそのような事実が認められるとすれば、原告が独力で本件プログラム13を作成したとの心情を抱くのも理解できないではないが、客観的にみれば、・・・・・・原告の提案等に対して反対がなされたことのみから、職務との関連性が否定されるものではないし、原告の解析結果を技術資料としてまとめたものが、他の部門との協議に用いられていることからすれば、・・・・・・衛星設計第1グループ全体での支援体制を組むような協力は得られなかったとしても、原告が同グループの開発部員としてこれらの職務を遂行することが許されていなかったとまでは認めることができない。したがって、本件プログラム13は、原告の職務上作成されたものといえるから、原告の主張は採用できない。」
 と判示しております。
 さらに、「事業団の発意」の要件についても、
 「職務著作が成立するためには、当該著作物が、法人等の発意に基づいて作成されたことが必要である。法人等の発意に基づくとは、著作物の創作についての意思決定が、直接又は間接に法人等の判断に係らしめられていることであると解されるところ、・・・・・・法人等の発意に基づくことと業務従事者が職務上作成したこととは、相関的な関係にあり、法人等と業務従事者との間に正式な雇用契約が締結され、業務従事者の職務の範囲が明確であってその範囲内で行為が行われた場合には、そうでない場合に比して、法人等の発意を広く認める余地があるというべきであり、その発意は、前記のとおり、間接的であってもよいものである。」
 と判示し、個別のプログラムにつき、同要件の充足を認めました。
 なお、判決はこの点に関して、「本件プログラム13について、事業団は、本件訴訟における特定がなされるまで、その存在を知らないとしていたものである。
 しかしながら、本件プログラム12について検討したとおり、本件プログラム13についても、原告の職務との強い関連性が認められるのであって、原告の職務上、客観的にはその作成が期待されるものであったと認められる。また、前記のとおり、事業団は、我が国の宇宙開発の体制を一元化すべきであるとの認識のもとに設立されており、人工衛星等の開発は、事業団にとって専属的な職域に属することであったことからすれば、これらの開発に携わる作業は、一般的な法人等の職務の所掌範囲に属する場合以上に、事業団の職務との強い結びつきが認められると解される。この点から、職務上作成されたこととの相関関係で見た場合に、本件プログラム13の作成においても、事業団の発意を認めることができるというべきである。」
 と認定しております。
 最後に「公表名義要件」については、
 「本件プログラム15及び19は、いずれも、昭和60年改正法の施行前に作成されたものであるから、昭和60年改正法附則2項により、昭和60年改正法による改正前の法15条が適用され、同条により、職務著作が成立するためには、『法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの』であることが必要である。ここで、『法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの』とは、公表を予定していない著作物であっても、仮に公表するとすれば法人等の名義で公表されるものを含むと解するのが相当である。」
 と判示して、昭和60年改正法施行前に作成されたものを含め、いずれのプログラムについても、同要件が充足されていることを認めました。
 以上のとおり、本判決は、本事件で争われた原告作成のプログラムにつき、いずれも職務著作の要件の充足を認め、結論として原告の請求を棄却いたしました。

4.検討
 本判決においては、原告がプログラムの作成者(創作者)であるのか否かが問題になっております。
 本判決は、この点につき、問題になったプログラムの半分について、原告が作成したものではないと認定しております。
 その理由としては、原告は、これらのプログラムにつき、プログラム作成の前提となる定式化、アルゴリズムの開発等を行ってはいるものの、そのことが直ちにプログラムの記述(表現)を作成したことにはならないことを挙げております。
 アルゴリズム等は、プログラムの表現部分であるというよりも、作成の前提となるアイデア部分であることから、上記の判断に帰結したものと考えられます。
 また、本事件では、職務著作の成否についても問題となっております。
 本事件では、「職務上の作成」や「事業団の発意」との関係で、原告が、事業団から作成の支援を受けられず、あるいは作成について反対されたプログラムを作成したことが、上記の要件の具備との関係で問題となっております。
 本判決は、この点につき、原告において職務上作成することが客観的に期待されているものについては、「職務上の作成」の要件の具備が認められやすく、このこととの関係で、「事業団の発意」の要件も認められやすくなる旨を判示しております。
 本判決は、今後の同種の事案において、参考になる部分が多いものと考えられます。


みずたに なおき
 1973年東京工業大学工学部卒、1975年早稲田大学法学部卒業後、1976年司法試験合格。1979年弁護士登録後現在に至る(弁護士・弁理士、東京工業大学大学院特任教授、専修大学法科大学院客員教授)。
 知的財産権法分野の訴訟、交渉、契約等を多数手がけている。