発明 Vol.103 2006-2
知的所有権判例ニュース
「半円形状」という用語の意義を
広く解釈し侵害を肯定した事件
平成17年9月26日 大阪地裁判決
平成15年(ワ)第13703号「特許権侵害差止等請求事件」
生田哲郎 美和繁男
1.事件の概要
 本件は、「頭髪処理促進装置」に関する特許権(以下「本件特許権」という。)を有している原告が、被告によるイ号物件の製造販売が本件特許権の侵害にあたると主張して、その差止め等と損害賠償を請求した事案です。
 本判決では、「半円形状」という用語の意義が問題となり、裁判所は、当該用語の意義を厳格に解釈するのではなく、本件発明の効果を勘案し、「完全な半円弧状に限らず、これとほぼ同一で、上記効果を奏するような略半円弧状を含む」と本来の用語の意義よりも広く解釈し、侵害を肯定しました。
 特許請求の用語の意義を発明の効果を勘案して広く解釈した事例として実務においても大変参考になる判例です。


2.本件発明の内容
1.特許請求の範囲(請求項1)の記載
 本件発明は「頭髪処理促進装置」に関するものであり(特許第3306047号)、その特許請求の範囲の記載(請求項1)は次のとおりです。
 『A 被施術者の頭髪に赤外線または遠赤外線を照射して頭髪処理を促進する頭髪処理促進装置において、
  B 半円形状を有し、赤外線または遠赤外線を放射するヒータを有する発熱装置と、
  C 該発熱装置を該発熱装置の半円形状の弦に相当する直線を回動の軸として、往復回動させる駆動手段とを備えた、
  D ことを特徴とする頭髪処理促進装置。』

2.本件発明の概要
 本件発明は、理容、美容において、頭髪に向かって赤外線を照射してこれを加熱し、洗髪時の乾燥、頭髪の染色、頭髪のパーマネント、頭髪のウェーブ化等の頭髪処理の促進を行う頭髪処理促進装置に関するものです。
 本件発明の実施例は以下のとおりです。

3.イ号物件の概要
 イ号物件は、少なくとも、本件発明の構成要件A及びDをいずれも充足していました。
 しかし、構成要件B及びCに関わるイ号物件のヒータフレーム及びヒータ(発熱装置に相当する)の形状は、正確な円弧を描いたものではありませんでした。
 また、ヒータフレーム及びヒータの、回動軸(支持軸)を0とした、弧の中心からそれぞれの先端までの角度は、ぴったり180度ではありませんでした。


3.裁判所の判断
 本件では裁判所が判断した主要な争点のうち「半円形状」について解釈した部分の判旨を紹介します。

1.「半円形状」の解釈
 本判決では、本件明細書の記載から下記(1)のとおり本件発明の内容を解釈したうえで、(2)のように本件発明の効果を勘案して、本件発明の構成要件B及びCの「半円形状」とは、「完全な半円弧状に限らず、これとほぼ同一で、上記効果を奏するような略半円弧状を含む」と解釈し、(3)のとおりイ号物件のヒータフレーム及びヒータの形状は、「半円形状」に該当すると判示しました。

(1)「本件明細書の記載に照らせば、本件発明は、
《1》 理容、美容において、頭髪に向かって赤外線を照射してこれを加熱して頭髪処理の促進を行う、頭髪処理促進装置に関し、
《2》
a 従来の複数の直管ヒータを用いたものは、スペースをとり、狭い理美容室での施術者の作業性を煩わすという課題があり、
b また、従来の直管ヒータ、リング状ヒータを回転させるものは、
(a)ヒータが頭髪に対し直線状態になっており、曲面になっている頭髪に対し温度分布にムラが生じ、頭髪全体を均等に温度照射できないという課題があり、
(b)また、被施術者の頭部を均等に照射するために頭部を囲うような状態の軌跡を描くので、比較的大きなスペースを要することになり、狭い理美容室での作業性が悪くなるという課題があるところ、
《3》 これらの課題を解決するために、すなわち、発熱装置部分の動作軌道範囲を小さくして、動作時の必要空間を小さくし、もって施術者の作業性の向上を図るとともに、発熱装置からの熱を、無駄なく被施術者の頭髪の加熱に用いて、被施術者の頭髪を均一にムラなく加熱し、もって頭髪処理の促進を効率良く行うことができるようにすることを目的として、特許請求の範囲記載の構成をとったものであると認められる。」

(2)「ア 構成要件B及びCの構成によって奏されるべき効果は、前記(1)で検討したところに照らせば、構成要件Bのとおり構成された発熱装置を構成要件Cのとおり往復回動させて被施術者の頭髪を加熱することによって、動作時の必要空間を小さくするとともに、被施術者の頭髪を均一にムラなく加熱することにあると認められる。
 これらの効果のうち、前者の効果を奏するためには、発熱装置自体が半円形状である必要があり、また、後者の効果を奏するためには、ヒータ部分が半円形状である必要があるから、構成要件Bにおいて半円形状に構成されるべきは、ヒータ及び発熱装置の双方であると解される。
 ところで、このような構成要件B及びCの構成によって奏されるべき効果に鑑みれば、構成要件Bでいう『半円形状』のヒータ及び発熱装置とは、中心角が180度の『完全な』半円弧状のもののみを指すものではなく、これとほぼ同一で、上記効果を奏することができるようなものであれば、わずかに中心角が180度に満たないものや、部位ごとにわずかに半径が異なるものといった、略半円弧状のものも含むものと解すべきである。
 すなわち、本件発明は、人間の頭髪に向かって赤外線等を照射して加熱するための装置に関するものであるところ、人間の頭髪自体、頭部のうち完全な半球状の部分に均一に存在するなどといったものではないうえ、被施術者が、施術に要する時間中、頭部を完全に固定し続けることが期待できないことは自明である。そして、このように、加熱の対象(施術中の被施術者の頭髪)が完全な半球状ではないため、ヒータの半円弧状をどれだけ『完全な』ものにしても、厳密な意味で被施術者の頭髪を均一にムラなく加熱することは原理的にも実際的にも不可能であって、そうである以上、ヒータの形状については、半円弧状が『完全』か否かということには意味が存在しないこともまた自明だからである。
 また、発熱装置の形状についていえば、動作時の必要空間を小さくする目的は、上記及び前記(1)で検討したとおり理美容室における施術者の作業性の向上であるから、これもまた、『完全な』半円弧状でなければならないものではないからである。
 したがって、構成要件Bでいう『半円形状』とは、上記のとおり、完全な半円弧状に限らず、これとほぼ同一で、上記効果を奏するような略半円弧状を含むものと解するのが相当である。
 そして、このような略半円弧状のうち、中心角がわずかに180度に満たない発熱装置をもって構成し、かつ、その現実の端部の一方又はその付近が回動軸と接続しているときには、回動軸を0としたときの発熱装置の中心角も180度にわずかに満たないものとなるのであるから、上記の構成要件B及びCによって奏されるべき効果に照らせば、回動軸と発熱装置との接続点と、他方の端部を回動軸を0として中心角が180度に達するまで延長したと仮想したときに達する点とを結ぶ直線(すなわち、回動軸の延長線)をもって、構成要件Cにいう、発熱装置の半円形状の弦に相当する直線であるということができる。」

(3)「以上を前提としてイ号物件を見るに、イ号物件において、発熱装置に相当するヒータフレーム及びヒータについて、回動軸(支持軸)を0とした、弧の中心からそれぞれの先端までの角度は、少なくとも、ヒータフレームは173.4度以上、ヒータは170.9度以上であることは当事者間に争いがない。そうすると、イ号物件のヒータフレーム及びヒータについて、中心角180度の完全な半円弧との中心角の差は、それぞれ6.6度以下と9.1度以下となる。
 そして、被告の主張・・・・・・によっても、イ号物件において、回動軸に接続されていない側のヒータの端部と、回動軸の延長線との距離は、3.8cmにすぎない。
 ここで、この程度の差が存在することによって、上記アで述べたとおりの構成要件B及びCによって奏されるべき効果が生じなくなるものとは考えられない。
 また、被告は、イ号物件のヒータフレーム及びヒータは、部位毎に半径が異なるいびつな曲線形状であると主張する。しかし、・・・・・・イ号物件のヒータフレーム及びヒータの形状は、仮にこれが正確な円弧を描いたものでないとしても、略半円弧状であると認めることができ、上記アで述べたとおりの構成要件B及びCによって奏されるべき効果が生じなくなる程度にまでいびつな曲線形状になっていると認めることはできない。
 以上のとおりであるから、イ号物件のヒータ及びヒータフレームの形状は、上記アで検討したところの構成要件Bにいう『半円形状』であると認めるべきものであり、したがって、イ号物件は構成要件Bを充足するということができる。
 そして、イ号物件のヒータフレームについて、その一方の端部付近が回動軸に接続されており、回動軸を0としたときの発熱装置の中心角も180度にわずかに満たないものとなることは上記で述べたところ・・・・・・によって認めることができるところ、発熱装置の半円形状の弦に相当する直線は上記アのとおり解することができるから、イ号物件は構成要件Cも充足するということができる。」


4.検討
 本判決では、前記のとおり、本件発明の効果を勘案したうえで、「半円形状」とは、「完全な半円弧状に限らず、これとほぼ同一で、上記効果を奏するような略半円弧状を含む」と広く解釈し、イ号物件のヒータフレーム及びヒータの形状は、本件発明の構成要件B及びCの「半円形状」に該当すると判示しました。
 本件と同様に特許請求の範囲の用語を広く解釈した事例として東京地裁判決(平成10年8月28日)「変圧器の巻鉄心に関する発明」があり、特許請求の範囲の「楕円形状」なる用語を、「必ずしも数学的な意味での厳密な楕円形状である必要はなく」、発明の目的を達成するような、「楕円形状に近似するような形状であれば足りる」と判示しております。
 機械・器具の発明では、通常、特許請求の範囲の記載が具体的であり、用語の意義を厳格に解したのでは容易に侵害が回避されてしまう場合が多いと考えられます。
 よって、特許請求の範囲の用語の意味を合理的に広く解釈する本判決の解釈方法は、均等論による侵害肯定例が少ないわが国の現状からしても、権利者側にとって注目に値する判決といえます。

いくた てつお
1972年東京工業大学大学院修士課程修了、技術者としてメーカーに入社。82年弁護士・弁理士登録後、もっぱら、国内外の侵害訴訟、ライセンス契約、特許・商標出願等の知財実務に従事。この間、米国の法律事務所に勤務し、独国マックス・プランク特許法研究所に在籍。

みわ しげお
東京大学工学部卒業。2003年弁護士登録。同年より生田・名越法律特許事務所において知的財産権侵害訴訟、ライセンス契約等の案件に従事。