発明 Vol.102 2005-12
知的所有権判例ニュース
「一太郎」事件控訴審判決
平成17年9月30日 知財高裁判決 平成17年(ネ)第10040号事件
(第一審:平成17年2月1日 東京地裁判決 平成16年(ワ)第16732号事件)
生田哲郎 森本晋
第1.事件の概要

 本件は,「情報処理装置及び情報処理方法」についての特許権(特許第2803236号)を有する被控訴人(原告)が,同特許権に基づき,控訴人(被告)に対し,日本語ワープロソフト「一太郎」および統合グラフィックソフト「花子」(以下,あわせて「控訴人(被告)製品」といいます)の製造,譲渡等の差止めを求めた事件です。
 控訴人(被告)製品は著名なソフトウェアであり,本件の第一審判決が原告の請求を認容したことから,本件はマスコミ等で大きく報道され,控訴審(発足間もない知財高裁の初の大合議による審理となりました)においてどのような判断がなされるかが注目されていました。
 既に広く報道されたとおり,控訴審判決は第一審判決を取り消し,被控訴人(原告)の請求を棄却しました。
 第一審と控訴審で結論が分かれた理由は,控訴人(被告)が控訴審において新たな公知文献を証拠提出して本件特許の無効理由を追加主張し,かかる追加主張が控訴審に容れられたためです。
 本稿では,かかる追加主張に対する控訴審の判示を紹介します。また,控訴審判決では特許法101条4号の間接侵害について興味深い判示がなされていますので,この点についても紹介することとします。

第2.裁判所の判断

1.本件特許発明
 本件で被控訴人(原告)は,3つの発明にかかる特許権侵害を主張しました。それぞれの発明の構成要件を分説すると次のとおりです(なお,本件第1発明ないし第3発明を総称して「本件特許発明」といいます)。
(1) 請求項1記載の発明(「本件第1発明」)
 〈1−A〉アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン,および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と,
 〈1−B〉前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と,
 〈1−C〉前記指定手段による,第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて,前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段と
 〈1−D〉を有することを特徴とする情報処理装置。
(2) 請求項2記載の発明(「本件第2発明」)
 〈2−A〉前記制御手段は,前記指定手段による第2のアイコンの指定が,第1のアイコンの指定の直後でない場合は,前記第2のアイコンの所定の情報処理機能を実行させる
 〈2−B〉ことを特徴とする請求項1記載の情報処理装置。
(3) 請求項3記載の発明(「本件第3発明」)
 〈3−A〉データを入力する入力装置と,データを表示する表示装置とを備える装置を制御する情報処理方法であって,
 〈3−B〉機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン,および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させ,
 〈3−C〉第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて,表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる
 〈3−D〉ことを特徴とする情報処理方法。

2.本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められ,本件特許権の行使は許されないか(特許法104条の3第1項)
(1) 裁判所は,本件特許発明と控訴人(被告)が控訴審で新たに提出した公知文献(以下「引用文献」といいます)とは,アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる「機能説明表示手段」が,本件特許発明では「アイコン」であるのに対して,引用文献においては「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムである点において相違するが,その余の点では一致すると認定しました。
 そのうえで,裁判所は,本件特許出願当時,所定の情報処理機能を実行するための手段として「アイコン」は周知の技術事項であり,また,同様の手段として「メニューアイテム」も周知の技術事項であったと認定し,『そうであれば,所定の情報処理機能を実行するための手段として,「アイコン」又は「メニューアイテム」のいずれを採用するかは,必要により当業者が適宜選択することのできる技術的な設計事項であるというべきである』,『現に,アイコンの機能説明を表示させる機能を実行するための手段についてみても,・・・・・・本件特許出願当時,ヘルプを得るためのアイコン,すなわち,機能説明を表示させる機能を実行させるアイコンも,既に公知の手段であったことが認められる。』とし,引用文献において,アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる「機能説明表示手段」として,「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムに代えて「アイコン」を採用することは,当業者が容易に想到し得ると判示しました。
 また,裁判所は,『本件発明の構成によってもたらされる作用効果は,アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる「機能説明表示手段」として周知の「アイコン」を採用することにより当然予測される程度のものであって,格別顕著なものとはいえない。』としました。
 以上から,裁判所は,本件特許は,特許法29条2項に違反してされたものであり,特許無効審判により無効にされるべきものと認められ,被控訴人(原告)は,控訴人(被告)に対し,本件特許権を行使することができないと判示しました。
(2) なお,裁判所は,控訴人(被告)の追加的な主張・立証が時機に遅れた攻撃防御方法として却下されるべきか(民事訴訟法157条1項)否かについて,《1》第一審の審理は極めて短期間(第1回口頭弁論期日から口頭弁論の終結まで2カ月余り,訴訟の提起から弁論終結まで4カ月足らず)に迅速に行われたものであり,控訴人(被告)の控訴審における新たな主張・立証は,若干の補充部分を除けば,控訴審の審理の当初において提出されたこと,《2》追加主張・立証の内容については,本件特許の無効理由に関する部分は,新たに追加された文献はいずれも外国において頒布された英語の文献であり,しかも,本件訴えの提起より15年近くも前の本件特許出願時より前に頒布されたものであるから,このような公知文献を調査検索するためにそれなりの時間を要することはやむを得ないことなどを理由として追加的な主張・立証が時機に後れたものであるとまではいうことができないと判示しました。
 本件特許権に基づく警告から第一審の判決に至るまで約4年が経過している点や,本件訴訟に先立って本件特許権に基づく別件訴訟の提起等が行われていた点については,これら事情が本件訴訟の具体的な進行状況とは関係のない事情であり,別件訴訟が本件特許権の無効理由についての判断を示すことなく確定したことなどを理由に,これらの事情に基づいて,控訴人(被告)の追加的な主張・立証が時機に後れたものであるということはできないとしました。

3.本件第3発明についての間接侵害の成否(特許法101条4号)
 裁判所は,「控訴人(被告)製品をインストールしたパソコン」について,これを生産,譲渡等する行為は特許法101条4号の間接侵害に該当し得るが,『同号は,その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施することが可能である物についてこれを生産,譲渡等する行為を特許権侵害とみなすものであって,そのような物の生産に用いられる物を製造,譲渡等する行為を特許権侵害とみなしているものではない。』としました。そのうえで,本件で控訴人(被告)の行っている行為は,「控訴人(被告)製品をインストールしたパソコン」の生産,譲渡等ではなく,そのようなパソコンの生産に用いられる控訴人製品についての製造,譲渡等にすぎないから,同号所定の間接侵害には該当しないと判示しました。

第3.検討〜本件第3発明についての間接侵害の成否

 本判決では,特許法101条4号の間接侵害について興味深い判断がなされていますので,以下,これについて検討します。
 本判決は,特許法101条4号の「その方法の使用に用いる物」について,本件では「控訴人(被告)製品をインストールしたパソコン」がこれに当たるが,「控訴人(被告)製品」そのものは,「控訴人(被告)製品をインストールしたパソコン」の生産に用いられるものにすぎないから,本件第3発明の「方法の使用に用いる物」には当たらないとしています。
 以上の判示からすると,ソフトウェア関連発明について方法の発明としてのみ特許を受けている場合において,同一の機能を有するソフトウェアを販売しユーザーのパソコンにインストールさせることにより当該方法の発明の構成要件を充足しうる状態を作出したとしても,ソフトウェアの販売者には間接侵害は成立せず,特許権者は販売者に対する権利行使ができないことになります。
 しかし,このような結論は特許権者の保護に欠けるように思われます。
 この点,本判決は,特許庁が「プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体」および「プログラムそのもの」について,それぞれ特許発明となりうることを認める運用を開始したことや,平成14年改正特許法において,記録媒体に記録されないプログラム等がそれ自体として同法における保護対象となりうることが明示的に規定されたことを指摘し,特許法101条4号について上記のように解したとしても特許権者の保護に欠けるものではないとしています。
 しかし,プログラムそのものの発明を認めるこれらの法改正や特許庁の運用が開始される前のソフトウェア関連発明については,これについて方法の発明としてのみ特許を受けている特許権者はやはり保護されないこととなってしまいます。
 本件のワープロソフト等のように,当然にこれをパソコン等にインストールすることが予定されているものについては,ソフトウェア製品そのもの(あるいはソフトウェアの記録媒体)も「その方法の使用に用いる物」と解して差し支えないのではないでしょうか。そのように解することは特許法101条4号の文理からも無理ではないと思います。本判決は,上記のように解するとソフトウェア関連発明について間接侵害者の範囲が拡大しすぎるおそれがあることを考慮したのではないかと推測しますが,これについては同号の主観的要件で絞りをかけることが可能ではないかと考えます。
 本件でも,控訴人(被告)製品そのものが本件第3発明について「方法の使用に用いる物」に当たると認めるべきではなかったかと考えます。

いくた てつお 1972年東京工業大学大学院修士課程を修了し,メーカーに技術者として入社。82年弁護士・弁理士登録後,もっぱら,国内外の侵害訴訟,ライセンス契約,特許・商標出願,異議等の知的財産権実務に従事。この間,米国の法律事務所に勤務し,独国マックス・プランク特許法研究所に滞在。

もりもと しん 東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。同年より生田・名越法律特許事務所において知的財産権侵害訴訟,ライセンス契約等の案件に従事。