知的所有権判例ニュース |
「ブロック」という用語に 自然石が含まれるかが問題となった事件 |
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平成17年7月7日 東京地裁判決 平成16年(ワ)第7716号「特許権侵害差止等請求事件」 |
生田哲郎/美和繁男 |
第1.事件の概要 |
本件は,「施工面敷設ブロック」に関する特許権を有する原告(マックストン株式会社)が,被告(株式会社オキナヤ)の製造販売する「自然石亀甲金網護岸工法KSネット」なる製品は,原告の特許権を侵害すると主張して,被告に対し,前記製品の製造販売の差止めを求めるとともに,損害賠償金1031万4765円等を求めた事案です。
本件は,《1》請求項中の用語「ブロック」の意義がいかに解釈されるべきか,また,《2》被告製品の自然石の構成は,本件発明の構成要件Aと均等といえるか,が主な争点となったものです。 本件は,構成要件中の用語の意義が問題となる場合に,裁判所の解釈の方法を示すものとしてわかりやすい事例であり,実務においても大変参考になる事例です。 |
第2.本件特許発明の内容 |
1.特許請求の範囲(請求項1)の記載
本件特許発明は「施工面敷設ブロック」に関するものであり(特許第1997204号),その特許請求の範囲の記載(請求項1)は次のとおりです。 A ネットの経糸又は緯糸にブロックの敷設面に設けた引留具を通し掛けにして多数のブロックをネットに結合し, B 該ネットをもって施工面に敷設する構成としたことを特徴とする施工面敷設ブロック。 |
第3.裁判所の判断 |
本件では裁判所が判断した2つの主要な争点についての判旨を紹介します。 1.「ブロック」という用語の解釈 本判決では,以下のとおり,特許請求の範囲の記載だけではその内容が一義的に明らかにはならないとした上で,本件明細書の記載及び図面を参酌し,構成要件Aの「ブロック」は,コンクリートブロックなどの人工素材から成る成形品としてのブロックであり,自然石はこれに含まれないとし,被告製品は,いずれも自然石を使用するものであるから,本件発明の構成要件Aを充足しないと判示しました。 (1)「本件発明の構成要件Aの『ブロック』との用語は,単なる『かたまり』(広辞苑第4版,第5版)を意味することもあれば,『コンクリートのかたまり』(岩波国語辞典第4版)を意味したり,『コンクリートブロックの略』(広辞苑第5版)を意味することもある。このことからすれば,本件発明の構成要件Aの『ブロック』との要件は,人工素材による成形品としてのブロックのみならず自然石も含む『かたまり』を意味するのか,『コンクリートのかたまり』のような人工素材による成形品としてのブロックを意味し,自然石を含まないのか,その特許請求の範囲の記載だけではその内容が一義的に明らかにはならないのであるから,本件明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を参酌して,その意義を解釈すべきである。」 |
(2)「本件明細書及び図面には,ブロックとして自然石を用いることを窺わせる記載は全くない。かえって,本件明細書の【発明の詳細な説明】の欄の,《1》【産業上の利用分野】の項における,本件発明が『コンクリートブロックで覆工する』発明に関するものであるとの記載,《2》【作用】の項における,『ネットにブロックに設けた引留具を通し掛けにするのみで多数のブロックをネットに結合した敷設ブロックが容易に形成できる』との記載,《3》【実施例】の項における,ブロックは,コンクリートブロック,スラッジ等を固形化したブロック,タイルやレンガブロック,木質製又は合成樹脂製ブロックであるとの記載,及び,これらのブロックの成形時に,引留具を一体成形したものを準備し,この引留具にネットの経糸又は緯糸を引き通して,ネットに多数のブロックを結合するとの記載,《4》【発明の効果】の項における,ネットの経糸又は緯糸に引留具を通し掛けするのみで,敷設ブロックが容易に製造できるとの記載,並びに,《5》上記図面(【図1】ないし【図4】)により図示されているところ,以上を参酌すれば,本件発明の構成要件Aの『ブロック』は,コンクリートブロックなどに例示されるような人工素材による成形品としてのブロックであり,その成形時に『引留具』を一体成形することを可能とするものであって,これが不可能な自然石は含まないものであると解すべきである。」
(3)「原告が主張するように,構成要件Aの『ブロック』に自然石を含むというのであれば,『引留具』を一体成形することが不可能な自然石に『引留具』を取り付けるための技術的事項が,そもそも本件明細書に記載ないし示唆されるべきである。しかし,本件明細書には,『ブロック』に自然石が含まれることを示唆する記載もなく,自然石を使用した場合に,どのようにして『引留具』をこれに取り付けるのかとの技術的事項についての記載も示唆も全くないのである。本件発明は,人工素材から成る成型品としてのブロックとこれに一体成形した『引留具』にネットの経糸又は緯糸を通し掛けにするのみで,多数のブロックがネットに結合する敷設ブロックが容易に製造され,ブロック覆工作業が極めて容易かつ迅速に行われることを,その発明の本質的特徴とするものであると解すべきである。」 (4)「確かに,構成要件Aには,『ブロックの敷設面に設けた引留具』と記載されているだけで,『ブロックの敷設面に一体成形されて設けられた引留具』との記載はない。 しかし,河川等の護岸工事における法面覆工の工法としては,コンクリートブロックを用いる工法と自然石を用いる工法とが,その代表的な例として挙げられ,また,自然石とコンクリートブロックとでは,その形状,硬性,加工上の特質等が異なるため,護岸工事の法面覆工等において自然石をブロックとして用いる場合には,コンクリートブロックを用いる場合とは異なる技術を必要とすることが少なくない。(そのため,ブロックに関する特許や実用新案の出願にあたっては,当該特許発明ないし考案が自然石を対象とするものであるか否かが明示されることが多く,自然石とコンクリートブロックの両方を対象とする場合にもその旨が明記されることが多い。) 本件発明の構成要件Aは,『ブロックの敷設面に設けた引留具』に『ネットの経糸又は緯糸』を『通し掛けにして多数のブロックをネットに結合』するものであり,これにより引留具にネットの経糸又は緯糸を通し掛けするのみで,敷設ブロックが容易に製造できるとの効果を奏するものである。そして,ブロックの成形時に引留具を一体成形することができるコンクリートブロックなどの人工素材をブロックとして用いる場合と比べ,自然石をブロックとして用いる場合では,その引留具の取付方法において,被告製品にみられるとおり,異質な技術を必要とするものであるから,本件発明の『ブロック』に人工素材から成る成形品のみならず自然石を含めるのであれば,その旨を本件明細書に明記した上で,自然石から成るブロックに対する『引留具』の取付方法についても,人工素材から成るブロックの場合とは区別して,本件明細書に記載すべきである。しかし,本件明細書には,前記のとおり,自然石をブロックとして使用する場合についての技術事項の開示が全くなく,構成要件Aの『ブロック』に自然石を含むとの記載も示唆も全くないのである。」 (5)「以上によれば,本件発明の構成要件Aの『ブロック』は,コンクリートブロックなどの人工素材から成る成形品としてのブロックであり,自然石はこれに含まれないと解すべきである。」 (6)「被告製品は,いずれも自然石を使用するものであるから,本件発明の構成要件Aを充足しない。」「被告製品は,多数の自然石のすべてにアンカ孔を設け,これらの自然石すべてに固定部材を取り付けるために,アンカ部材を打ち込むものであり,また,固定金具の金網把持部により亀甲金網のねじり部を把持させた上で,アンカ部材を自然石に打ち込み,固定金具を固定するものであるから,本件発明が奏する『広域の施工面に対するブロックの覆工作業が極めて容易且つ迅速に行える。・・・・・・又ネットの経糸又は緯糸にブロックに設けた引留具を通し掛けにするのみで,ネットに多数のブロックを結合する敷設ブロックが容易に製造できる。』(【0015】)との効果を奏し得ないものである。」「以上によれば,被告製品は,本件発明の構成要件Aを充足せず,本件発明の技術的範囲に属しないというべきである。」 2.均等 本判決では,被告製品の構成は,本件発明の構成要件Aと均等であるとの原告の主張に対し,以下のとおり判示し均等の主張を退けました。 (1)「本件発明は,前記認定のとおり,人工素材から成る成型品である『ブロック』と一体成形した『引留具』にネットの経糸又は緯糸を通し掛けにするのみで,多数のブロックがネットに結合する敷設ブロックが容易に製造され,ブロック覆工作業が極めて容易かつ迅速に行われることを,その発明の本質的特徴とするものであることも前記認定のとおりである。」「すなわち,被告製品は,前記のとおり,自然石を使用したものであるため,ブロック成形時に引留具を一体成形することができず,そのため,すべての自然石にアンカ孔を設け,これにアンカ部材を打ち込む作業と,亀甲金網のねじり部を固定金具の金網把持部で把持しながら,固定金具をアンカ部材で自然石に固定するとの作業が必要となるものであり,本件発明の『広域の施工面に対するブロックの覆工作業が極めて容易且つ迅速に行なえる。・・・・・・又ネットの経糸又は緯糸にブロックに設けた引留具を通し掛けにするのみで,ネットに多数のブロックを結合する敷設ブロックが容易に製造できる。』との効果を奏し得ないものであることは前記認定のとおりである。 以上によれば,被告製品の『自然石』と本件発明の『ブロック』との差異は,本件発明との本質的な差異であり,本件発明の『ブロック』を『自然石』に置き換えることによっては,本件発明の目的も,同一の作用効果も奏することができないものであることは明らかである。よって,被告製品の『自然石』の構成は,本件発明の構成要件Aの『ブロック』と均等なものであると解することはできない。」 |
第4.検討 |
1.「ブロック」という用語の解釈
本判決では,「ブロック」の意義を「コンクリートブロックなどの人工素材から成る成形品としてのブロックであり,自然石はこれに含まれない」と判示しました。 確かに,構成要件Aにおいては単に「ブロック」と記載されているだけで何らの限定も付されていませんが,本件明細書及び図面にブロックとして自然石を用いることを窺わせる記載が全くない点や,自然石を用いた場合,ネットの経糸又は緯糸に引留具を通し掛けするのみで,敷設ブロックが容易に製造できるという効果を達成することが難しいという点を考慮すると,自然石を含まないという判示は妥当と思われます。 この点,敷設ブロックを容易に製造できるとは,ブロックの敷設作業が極めて簡単にでき全体としての敷設ブロックの製造(施工)が容易にできるという意味であり,個々のブロック自体を容易に製造できるという意味ではないとすると,自然石を含むという解釈も全く不可能ではないといえます。しかし,そのような解釈をするには,明細書にこの点を明確に記載する必要があったといえるでしょう。 2.均等 本判決では,被告製品の「自然石」と本件発明の「ブロック」との差異は,本件発明との本質的な差異であり,本件発明の「ブロック」を「自然石」に置き換えることによっては,本件発明の目的も,同一の作用効果も奏することができないと認定して,均等の主張を排斥しましたが本判決の結論は妥当と思われます。 ただこの点も,前述の容易に製造できるブロックとは何かを明細書に明確に記載していたとすると結論が異なっていたかもしれません。 |