発明 Vol.102 2005-6
知的所有権判例ニュース
「該アイスクリームは,外側の苺が解凍された時点で,
柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の
形態保持性を有している」という
機能的記載の意義が問題となった事件
平成16年12月28日 東京地裁判決
平成15年(ワ)第19733号(第1事件),同第19738号(第2事件),
同第19739号(第3事件)「特許権侵害差止等請求事件」
生田哲郎
第1.事件の概要

 本件は,アイスクリーム製苺に関する特許権を共有する原告らが,被告らの製造販売するアイスクリーム製品が原告らの特許発明の技術的範囲に属すると主張して,被告らに対して,同特許権に基づき当該製品の製造販売の差し止めを求めた事件です。
 被告らは,被告らの製造販売するアイスクリーム製品は原告らの特許発明の技術的範囲に属しないと主張して争いました(なお,本件では,出願前の公然実施による無効事由があるので,原告らの特許権の行使は権利濫用であるとの抗弁も争点となっています)。

第2.本件特許発明の内容

1.特許請求の範囲の記載
 原告らの特許第3359624号は,具体的には,図1に断面形状を示したようなアイスクリーム充填苺にかかる発明で,その特許請求の範囲の項には,以下の3つの請求項がありました。
 『請求項1 芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され,全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺であって,該アイスクリームは,外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とするアイスクリーム充填苺
 請求項2 前記アイスクリームの糖度が40度〜50度である請求項1に記載のアイスクリーム充填苺。
 請求項3 前記柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性は,寒天,及びムース用安定剤がアイスクリームに添加されることにより生じた性質である請求項1記載のアイスクリーム充填苺。』
 (なお,上記の下線部は,出願中に補正により加えられた構成である。)。


 上記の請求項の記載からわかることは,請求項3では,「形態保持性は,寒天,及びムース用安定剤がアイスクリームに添加されていることにより生じた性質である」と具体的な技術手段により限定されているのに対して,請求項1では,「該アイスクリームは,外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」とされ,機能的に形態保持性を有していれば,いかなる技術手段かを問わず,すべてが特許発明の構成要件の文言に該当する,いわゆる作用的,機能的記載のクレイムとされていました。
 かかる作用的,機能的なクレイムは,もちろん,できるだけ広い技術的範囲を確保したいと考える出願人により,往々にして採用されるクレイム形式ですが,果たして,【発明の詳細な説明】においては,かかる機能的な記載で,広く技術的範囲を主張できるだけの記載が存在したのでしょうか。
 本案件は,かかる機能的クレイムに関する技術的範囲が裁判所においてどのように解釈されるかに関して,参考になる事案です。

第3.裁判所の判断

 ア(ア)(略)
 (イ)そして,上記の「特許請求の範囲」の記載によれば,本件特許発明の「アイスクリーム」は,「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」ものとされている。
 しかし,この「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」との記載は,「新鮮な苺のままの外観と風味を残し,苺が食べ頃に解凍し始めても内部に充填されたアイスクリームが開口部から流れ出すことがなく,食するのに便利であ」る(本件明細書【0008】,本件公報3欄38行ないし41行)という本件特許発明の目的そのものであり,かつ,「柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性」という文言は,本件特許発明におけるアイスクリーム充填苺の機能ないし作用効果を表現しているだけであって,本件特許発明の目的ないし効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではない。
 このように,特許請求の範囲に記載された発明の構成が作用的,機能的な表現で記載されている場合において,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であれば,すべてその技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれ得ることとなり,出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となりかねない。しかし,このような結果が生ずることは,特許権に基づく発明者の独占権は当該発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に反することになる。
 したがって,特許請求の範囲が,上記のような作用的,機能的な表現で記載されている場合には,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,当該記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきものと解するのが相当である。
 イ そこで,本件明細書の記載を見るに,前記(1)アにおいて認定したとおり,「発明の詳細な説明」欄には,「このように柔軟性を有し,しかもクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有するアイスクリームは,通常のアイスクリームの組成に,さらに寒天,及びムース用安定剤を添加することにより製造することができる。」(【0010】,本件公報4欄4行ないし8行),「寒天をアイスクリームに添加すると,アイスクリームが溶け出す温度になってもアイスクリーム全体の形状を保持する機能を持つ。しかしながら,アイスクリームが流れ出すことを防ぎ全体のアイスクリームの形態保持性を与えるだけの量の寒天を添加しただけでは,食感がぷりぷりしてしまい,アイスクリームの食感は失われてしまう。」(【0011】,本件公報4欄9行ないし15行),「本発明において苺に充填するアイスクリーム中の寒天の割合は,0.1重量%〜0.4重量%の範囲が好ましく,さらに好ましくは0.2重量%〜0.3重量%の範囲である。寒天が0.1重量%未満であると,アイスクリーム充填苺の解凍時にアイスクリームが流れ出るので好ましくなく,0.4重量%を超えるとアイスクリームの食感がプリプリとした弾力性が増し好ましくない。」(【0012】,本件公報4欄16行ないし23行),「前記ムース用安定剤には,一般的にムースに使用される安定剤であればよい。該ムース用安定剤をアイスクリームに添加した場合には,全体を柔らかい食感とする機能があり,寒天を添加した場合のプリプリした食感を和らげ,アイスクリームを柔らかい食感とすることができ,また,解凍した際にドリップが出るのを防ぐことができる。」(【0013】,本件公報4欄24行ないし30行),「ムース用安定剤は,前記配合割合の寒天が配合されたアイスクリームのプリプリ感を滅殺する量を添加することが必要である。例えば,CREMODAN MOUSSE301J(登録商標,ダニスコカルタージャパン株式会社製)は,グリセリン脂肪酸エステル18%,クエン酸ナトリウム6%,砂糖+ゼラチン76%の配合比を有し,該ムース用安定剤は,アイスクリーム中に0.5〜7重量%の範囲が好ましく,さらに好ましくは,2.0重量%〜3.0重量%の範囲である。ムース用安定剤が2.0重量%未満であると,アイスクリーム中の寒天のプリプリ感を滅殺する効果が,3.0重量%を超えるとアイスクリームが固くなり,クリーミー感がなくなる。」(【0014】,本件公報4欄31行ないし43行),「本発明のアイスクリーム充填苺には,アイスクリーム用安定剤,寒天,及びムース用安定剤が含まれているので,全体としてアイスクリーム本来の柔らかくクリーミーな食感と同様な食感となり,しかも,通常のアイスクリームに比べて,解凍温度に到達してもアイスクリームが流れ出ない程度の形態保持性を保持している。」(【0015】,本件公報4欄44行ないし50行)との,各記載がある。
 また,本件明細書には,本件特許発明の実施の形態として,【0016】に「・・・・・・芯をくり抜いた苺に,アイスクリーム用安定剤を含有するアイスクリームに,寒天,ムース用安定剤を添加し均一に混合することにより,アイスクリーム充填苺用のアイスクリームを調製する。」との記載があり,実施例として,【0017】【0018】に「以下の配合比の原料を常法により混合してアイスクリームを製造した。」「生クリーム20.0重量%,砂糖19.0重量%,加糖練乳17.0重量%,水飴18.0重量%,脱脂粉乳5.5重量%,脱脂濃縮乳3.9重量%,ムース用安定剤(CREMODAN(登録商標)MOUSSE 301]:商品名,ダニスコカルタージャパン株式会社製)2.2重量%,アイスクリーム用乳化安定剤(GER−7KN:商品名,旭東化学産業株式会社製0.5重量%,寒天0.2重量%,ミルクフレーバー0.1重量%,水13.6重量%」(本件公報6欄4行ないし20行)との記載があるが,他にアイスクリームの原料の配合比についての記載はない。
 これらの記載によれば,アイスクリーム本来の食感を有し,かつ,通常のアイスクリームの解凍温度に到達しても溶けない形態保持性を有するアイスクリームは,少なくとも,通常のアイスクリームの組成に寒天及びムース用安定剤を添加することにより製造することができることが開示されているが,本件明細書においては,それ以外の方法によって,アイスクリーム本来の食感を失わず,かつ,苺が解凍された時にも形態保持性を維持することができるアイスクリームを製造することができることについて,何らの記載もない。
 上記のとおり,本件特許発明の目的は,アイスクリーム充填苺について糖度の低い苺が解凍された時にも,苺の中に充填された糖度の高いアイスクリームが柔軟性と形態保持性を有することにあるところ,本件明細書においては,これを実施するために,通常のアイスクリームの成分以外に「寒天及びムース用安定剤」を添加することを明示し,それ以外の成分について何ら言及していない。
 (この間略)
 加えて,後記2(1)記載のとおり,「芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され,全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺」自体は,本件特許発明の特許出願前の平成5年に既に広く販売されて,公知であったことに照らせば,本件特許発明に進歩性を認めるとすれば,充填されているアイスクリームが「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していること」を実現するに足りる技術事項を開示した点にあるというべきである。
 上記によれば,本件特許発明における「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」アイスクリームに該当するためには,通常のアイスクリームの成分のほか,少なくとも「寒天及びムース用安定剤」を含有することが必要であると解するのが相当である。
 ウ これに対して,被告製品は,前記(1)ウ(イ)に記載の工程を経て製造されるもので,その成分の構成は,別紙「苺アイス成分配合表」に記載のとおりであるから,その成分に「寒天及びムース用安定剤」が含まれていないことは明らかである。
 したがって,被告製品は,本件特許発明のアイスクリーム充填苺における「アイスクリームは,外側の苺が解凍された時点で柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していること」(構成要件b,c)を充足しないから,本件特許発明の技術的範囲に含まれない。
 エ なお,上記のように本件特許発明における「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」アイスクリームについて,通常のアイスクリームの成分のほか,少なくとも「寒天及びムース用安定剤」を含有することを要するものと解釈しないのであれば,後記2(1)記載のとおり,本件特許発明は,特許法29条1項1号ないし2号に違反して特許された無効理由を有することになるというべきである。

第4.検討

 本件判決では,請求項1の機能的記載の意義につき,明細書の発明の詳細な説明における記載や実施例の記載を参酌して,請求項3の具体的な構成に限定して解釈し,そして,請求項1に記載の作用,機能は有するが請求項3に記載の具体的な構成を有さない被告製品につき,非侵害と判断しました。この判断は,機能的クレイムに関する従来の判例解釈に沿った妥当な結論だと思われます。判決はさらに,このように解釈しないと,請求項1の発明には進歩性が認められないであろうということも認定して,理由づけを補強しています。
 特許明細書の作成者には,限られた実験データしか与えられないことが多く,かかる制約条件下で,できるだけ広い技術的範囲を確保しようと,明細書作成者は大変苦労するものです。本件特許においても,「寒天及びムース用安定剤により形態保持性を確保する」という具体的なアイデアは請求項3に規定し,請求項1に具体的な構成にかかわらず同じ機能を果たす被告製品をすべて捕捉すべく,機能的な記載を採用しています。しかし,かかる試みは,機能的記載をサポートする具体的な構成がいろいろ開示されていなければ,本件事案のように,通常,不成功に終わることが多いと思われます。けだし,特許の付与による発明の保護は,その発明の公衆に対する開示の代償として与えられる以上,あくまで,明細書に開示された発明であって初めて保護を受けられるからです。
 したがって,広い権利範囲の確保のためには,発明者から得られた実験データにつき,当時の周知技術に基づき,可能な限り多面的に考察して,できるだけ多くの代替的実施態様を発明者と協議して明細書に取り込む努力を伴わなければ,功を奏さないことになります。


いくた てつお 1972年東京工業大学大学院修士課程を修了し,メーカーに技術者として入社。82年弁護士・弁理士登録後,もっぱら,国内外の侵害訴訟,審決取消訴訟,ライセンス契約,特許・商標出願,無効審判等の知的財産権実務に従事。この間,米国の法律事務所に勤務し,独国マックス・プランク特許法研究所に滞在。