発明 Vol.102 2005-5
知的所有権判例ニュース
不競法2条1項1号所定の
商品等表示性が否定された事例
「東京高等裁判所 平成17年1月31日判決」
水谷直樹
1.事件の概要

 原告リス(株)は,ポリプロピレン製の収納ケースを製造し,原告(株)良品計画は,これを販売してきました(原告商品目録1を参照)。
 これに対して,被告(株)伸和が類似品の販売を開始したため(被告商品目録1<イ号>を参照),原告らは被告に対して,被告の行為は不正競争防止法2条1項1号または3号に該当する不正競争行為であるとして,被告製品の製造,販売等の差止めを求めて,平成15年に東京地方裁判所に訴えを提起しました。
 東京地方裁判所は,平成16年7月14日に判決を言い渡し,原告らの請求を棄却いたしました。



 なお,東京地方裁判所は,同判決中で,原告商品の形態については,
 「原告商品の共通の形態
原告商品は,以下の共通の形態を有している(以下これらを順に『共通形態(ア)』,『共通形態(イ)』などといい,併せて『共通形態』という。)。
(ア)左右の2枚の側板,底板及び後板からなり,前部及び上部が開口した四角枠状の本体の上部の開口部に四角板状の蓋がはめ込まれている。
(イ)前板,左右2枚の側板,底板及び後板からなり,上部が開口した四角容器状の引き出しが,ケース本体に引き出し自在に収納されている。
(ウ)引き出しの前面下部に幅方向に延びて引手部が形成されている。
(エ)ケース本体,引き出しは,共に乳白色半透明である。
(オ)本体は,隅部がすべて直角に処理されて丸みがなく,側面も上下にわたり面一に処理されている。
(カ)引き出しの前面の板は,よく注意して観察して初めて気がつく程度のごく小さな角度で傾斜している。
(キ)引手部は,引き出しの前面下部を全幅にわたり凹入させるとともに,引き出しの前面の板の下部裏側に指掛け用の溝が全幅にわたり形成されている。」
 であるが,これらのうちで(ア)ないし(ウ)の特徴を備えている収納ケースが,原告商品発売以前から販売されており,また,(エ)ないし(キ)のうちのいくつかの点を備えた収納ケースも販売されていたことを認定して,原告商品の上記共通形態は,原告商品に独特な特徴的形態であるとはいえないと判示しております。
 これに対して原告らが東京高等裁判所に控訴したのが,本事件です。



2.争点

 本事件での争点は,第1審の場合と同様に,
 原告商品の形態が不正競争防止法2条1項1号所定の商品等表示性を具備しているのか否かでした。

3.裁判所の判断

 東京高等裁判所は平成17年1月31日に判決を言い渡しましたが,まず,第1審以来の争点につき,
 「控訴人らは,共通形態(エ)ないし(キ)のうちのいくつかを備えた収納ケースが存在していたとの点に関し,それらの存在を示す乙第3号証ないし第7号証(枝番を省略する。以下同じ),第19号証ないし第21号証の意匠あるいは商品の形態と原告商品の形態との違いについて縷々主張している。
 しかし,前記引用に係る原判決認定のとおり,上記意匠あるいは商品が共通形態(エ)ないし(キ)のうちの一つ又は複数のものを備えていることは明らかであり,それらの意匠あるいは商品が,控訴人らの主張するような点において,それぞれ原告商品と異なるところがあるとしても,そのことは,それらの意匠あるいは商品が原告商品の有する共通形態(エ)ないし(キ)のうちのいくつかを備えたものであるとの認定を妨げるものでないことはいうまでもない。
 また,控訴人らは,乙第3号証及び第5号証の意匠の商品は市場に存在しておらず,原告商品の特徴点の有無を判断する根拠とはなり得ないと主張する。
 しかし,仮にそうであるとしても,そのような意匠が登録され公開されることにより,そこで示されている形態は,この種商品(収納ケース)が採り得る形態の一つであると広くその製造者・取引者等が認識するものとなることはいうまでもなく,上記各号証の意匠が有する共通形態(キ),(オ)を備える実際の商品が存在していること(乙第4号証,第6号証,第7号証,第19ないし第21号証)とも相まって,そのような形態が独特の特徴的なものといえるか否かを判断する一つの資料となることは明らかであり,控訴人らの上記主張は理由がない。」
 との判断を示しました。
 そのうえで,控訴人らが自らの商品の形態について,独自に展開したノーデザイン論,すなわち,
 「原告商品の形態は,『ノーデザイン』と称されるものであり,ことさらに装飾を付加しているものではないが,物の本質を追求した上で,何をどのようにそぎ落とし,全体をいかに美しく統一感のあるものとしてバランスさせるかを考え抜いてデザインされており,その結果としての形態には,個性が表れている。このようなノーデザインに係る商品形態は,構成の一つ一つを取り出して抽象的に対比すれば必ずしも新しいものとはいえないものの,全体として今までにない斬新な形態であるとの印象を,需要者に与えるものである。
 現在の商品デザインにおいてノーデザインは一つの潮流であり,その中で,原告商品が優れたデザインであり,斬新で,特徴的なものであることは,原告商品がグッドデザイン賞を受けたことからも明らかである。」
 との主張に対しては,
 「控訴人らのいう『ノーデザイン』のコンセプトに基づくデザインが,常に商品等表示性を獲得するに値する形態であるといえるか否かはともかく,物の本質を追求して様々な部分をそぎ落としたものも,たとえそれがごくシンプルな形に帰着するものであったとしても,商品等表示性を獲得し得る場合があることは否定されないし,また,商品の形態が商品等表示性を有するか否かの判断が,個々の可分な形態要素だけではなく,商品の形態全体をも観察してなされるべきことは当然であって,個々の形態要素が周知のありふれたものであったとしても,そのことのみから当然に,当該形態が,他の商品と識別し得る独特の特徴あるものと評価されることが否定されるものではない。」
 「控訴人らの主張する,原告商品の形態が全体として取引者・需要者に与える印象とは,《1》無駄のないスッキリとした印象,《2》どこにおいても馴染む,《3》多数個を積み重ねたり並べたときにも目障りにならない,《4》複数の商品を積み重ねたり並べたりしたときに,正面視において融合して視覚的に一体化し,面的な連続感,広がりを感じさせる(追加共通形態サの一部),《5》幅狭な帯が縦横に帯状に連なりうっすらとした直線の連続を表出する(追加共通形態サの残部),というものである。その程度の大小はともかく,原告商品が,これを見る取引者・需要者に対し,そのような印象を与え得ることは,甲第42号証や,検甲第1号証ないし第6号証により,これを認めることができる(もっとも,《2》ないし《4》については,背景色などその置かれる環境や,収納される物等,その使用態様等にもよるものであり,原告商品が常に発揮する印象とは必ずしも認められない。)。
 そして,控訴人らのいう上記各印象は,要するに,原告商品が幾何学的な直方体にごく近いものであり,R処理を含めた形状の変更が少なく,また,(乳白色半透明という点を除いた)色彩・飾り・模様も付加されていないこと,そして複数個を集積するときに,個々の収納ケースの上下左右の各辺が隣接する収納ケースのそれらと密着し両端が一致するように,整然と積み重ね,並べ得ること,に基づくものであると認められる。
 ところで,物を収納するケースとして,直方体は,最も基本的な形状の一つであり(最もよく用いられるものであるともいえる。),かつ,R処理を含めた形状の変更が少なく,(乳白色半透明という点を除いた)色彩・飾り・模様をほとんど付加しないシンプルなものも,またありふれたものであるといえる。そして,これらを複数個積み重ねたり並べたりするとき,上下左右の辺が隣接するもののそれらと密着し両端が一致するように,整然と集積することもまた,スペースの有効利用,安定性,美感等の観点から,ごく日常的に見られることといえるから(そのように集積する例を示すものとして,上記乙第8号証の上欄の写真がある。),控訴人らのいう上記各印象は,結局,この種の商品ないしはその通常の使用状態が,取引者・需要者に与えるごく普通のものである,ということができる。すなわち,原告商品の形態全体に基づく印象は,上記乙第8号証等の収納ケースないしはそれらを集積したものからも看取される印象である,と認めることができる。」
 「商品の形態の商品等表示性の判断は,一般的な取引者・需要者にとって,その形態から商品の出所等を認識し得るほどに,他の商品と識別され得る独特の特徴的な形態を有しているか否かの観点から判断されるべきものであるから,控訴人らが主張するように,原告商品がグッドデザイン賞を受け(甲第14号証),そのデザインが,良いものか,優れたものか,未来を開くものか等の観点から,専門家等により高く評価されているとしても(甲第43号証,第50号証及び第51号証),そのことは,必ずしも商品等表示性を肯定する根拠となるものでないことはいうまでもない。
 また,控訴人らが主張するように,『ノーデザイン』も,デザイン開発に対する投資やリスクの負担という点において,そうでないデザインと異なるものではなく,また,原告商品の形状を製作する過程で,多くの技術的課題をクリアする必要があったとしても,だからといって,その商品のデザインが他の商品と識別し得る独特の特徴的な形態を有することになるものでないことはいうまでもなく,デザイン開発や商品製作などに費用等を要したことは,原告商品の形態が独特の特徴的な形態であるか否かの判断に何ら影響するものではない。」
 と判示いたしました。
 本判決は,結論として控訴人らの控訴を棄却いたしました。

4.検討

 本事件は,良品計画が販売する収納ケースが,不正競争防止法2条1項1号所定の商品等表示性を備えているか否かが争われた事件です。
 良品計画の製品は,無印良品のブランドで知られており,一部の製品はニューヨークの近代美術館のミュージアムショップでも販売されております。
 本事件では,良品計画の収納ケースの商品等表示性の有無が争われましたが,この点につき本判決は,同収納ケースの特徴点の多くは,既存の同種製品が有していた特徴点と共通している旨を認定しております。
 判決は,このことを前提としたうえで,上記収納ケースが商品等表示性を有するか否かについては,「一般的な取引者・需要者にとって,その形態から商品の出所等を認識し得るほどに,他の商品と識別され得る独特の特徴的な形態を有しているか否かにより判断すべき」として,結論として商品等表示性の具備を否定しております。
 無印良品の製品は,いわゆるデザインコンシャスな一部の人々にとっては,特徴的なデザインといい得るものとも思われますが,これを“一般の需要者,取引者”のレベルの最大公約数的な意見を参照した場合に,特徴的な形態を有しているといえるか否かが,ここでのポイントとなると考えられます。
 本判決の認定は,従来からの判例の考え方からすると,当然のことのようにも思われますが,他方で,誤解を恐れずに述べれば,このような考え方を前提にした場合には,刺激的な特徴部分をできるだけ切り落として形成していった“おとなしい”デザインについて,商品等表示性を認定することは,なかなか難しいということにもなりかねません。
 このようなデザインの保護を,現行法上どのようにして図ればいいのかは,その要否を含めて,今後検討していくべきものと考えられます。


みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。