発明 Vol.102 2005-4
知的所有権判例ニュース
「アイコン」という用語の意義が
問題となり,侵害が認められた事件
平成17年2月1日 東京地裁判決
平成16年(ワ)第16732号「特許権侵害差止請求事件」
生田哲郎 美和繁男
第1.事件の概要

 本件は,原告の松下電器産業(株)が,被告の(株)ジャストシステムに対し,被告による日本語ワープロソフト「一太郎」及び統合グラフィックソフト「花子」(以下「被告製品」という。)の製造,譲渡等の行為が,原告の特許権(特許第2803236号,以下「本件特許権」という。)を侵害すると主張して,特許法100条に基づき,被告製品の製造及び譲渡等の差止めならびに廃棄を請求したという事案です。
 本件に先立ち,被告は,原告に対し,ジャストホーム2家計簿パックの製造,譲渡等の行為は,本件特許権を侵害しないと主張して,原告の被告に対する本件特許権に基づく差止請求権が存在しないことの確認を請求しており(東京地裁 平成15年(ワ)第18830号等),平成16年8月31日になされた東京地裁判決(以下「前回判決」という。)では差止請求権が存在しないとの判決がなされていました(前回判決については,本誌2004年12月号の知的所有権判例ニュースで解説しております。)。
 これに対し,本判決では原告の差止めならびに廃棄請求を認めるという逆の結論に至りました。
 本判決はマスコミでも大きく取り上げられ,また,前回判決と逆の結論に至ったことから,大変注目すべき判決といえます。

第2.本件特許発明の内容

1.特許請求の範囲の記載
 本件特許発明は「情報処理装置及び情報処理方法」に関するものであり(特許第2803236号),その特許請求の範囲の記載は次のとおりです。
 請求項1(本件第1発明)
 『1−A アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン,および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と,
1−B 前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と,
1−C 前記指定手段による,第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて,前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段と
1−D を有することを特徴とする情報処理装置。』
 請求項2(本件第2発明)
 『2−A 前記制御手段は,前記指定手段による第2のアイコンの指定が,第1のアイコンの指定の直後でない場合は,前記第2のアイコンの所定の情報処理機能を実行させる
2−B ことを特徴とする請求項1記載の情報処理装置。』
 請求項3(本件第3発明)
 『3−A データを入力する入力装置と,データを表示する表示装置とを備える装置を制御する情報処理方法であって,
3−B 機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン,および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させ,
3−C 第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて,表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる
3−D ことを特徴とする情報処理方法。』

第3.裁判所の判断

 本件では裁判所が判断した争点のうち2つの主要な争点についての判旨を紹介します。
1.「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタンは,「アイコン」に該当するか
 本判決では,前回判決と同様,本件明細書の記載及び出願当時の「アイコン」の意義を参酌し,「本件発明にいう『アイコン』とは,『表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して,コマンドを処理するもの』」と認定しています。
 そして,被告の「本件明細書第2図において『アイコン』はドラッグないし移動できるものであることが必要とされている」,「本件特許出願当時,『アイコン』は,『ドラッグ』ないし『移動』ができることが前提とされ,『デスクトップ上』へ配置可能なことが前提とされていた」という主張に対しては,「本件明細書の記載によっても,本件特許出願当時の当業者の認識においても,それ以上に,ドラッグないし移動可能なものであるとか,デスクトップ上に配置可能なものであるなどという限定を付す根拠はないというべきである。」と退けています。
 そして「被告製品の『ヘルプモード』ボタン(【図2】)及び『印刷』ボタン(【図3】)は,・・・・・・,表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して,コマンドを処理するものである。よって,被告製品の『ヘルプモード』ボタン及び『印刷』ボタンは,本件発明における『アイコン』に該当する。」と判示しています。



2.本件特許に無効理由が存在することが明らかか否か
 本判決では,裁判所は,公知技術として引用例発明,刊行物1,刊行物2及び刊行物3を認定し,本件特許出願当時の当業者にとって,引用例発明と刊行物1及び刊行物2の技術を組み合わせて,又は引用例発明と刊行物2及び刊行物3の技術を組み合わせて,本件発明に想到することが容易であったとまではいうことはできないとし,本件特許について,無効理由が存在することが明らかであるということはできないと判示しました。
(1) 公知技術
ア【引用例】
 特開昭61−281358の公開特許公報。(昭和61年12月11日公開)
(発明の名称)
 ワードプロセッサの機能説明表示方式
(特許請求の範囲)
 「文字・記号キー,削除,挿入等の編集処理を指示する機能キー及び操作説明キーを有する入力手段,該入力手段からの入力に基づいて文書もしくは操作ガイダンスを表示する表示手段を有するワードプロセッサにおいて,上記操作説明キーと上記機能キーとが連続して入力されると該機能キーにより特定される編集処理機能を説明する説明文を上記表示手段に表示することを特徴とするワードプロセッサの機能説明表示方式。」
(発明の効果)
 「本発明によれば,操作説明キーと所望の機能キーとを連続して入力することにより,上記機能キーの処理内容を容易に確認できる。」
イ【刊行物1】
「JStarワークステーション」
(昭和61年4月25日発行)
(ア)「JStarでは・・・・・・独自に開発した『仮想キーボード』を使用している。この『仮想キーボード』とは,画面上に実際のキーボードに対応するソフトウェアキーボードを設け,ユーザの操作によりデータとして用意している複数のビットマップとインタプリテーションを切り換えて表示し使用する,というものである。」
(イ)「画面表示された仮想キーボードのキーをマウスで選ぶとそのキーをタイプしたのと同じことになる。」
(ウ)「文書を開いて,図形枠を挿入したい場所をマウスでクリックする。特殊仮装キーボードの中に図形枠を挿入するファンクションキーがあるので・・・・・・,そのキーを押すと図形枠が挿入され,対となる錨記号が文字中に挿入される。」
ウ【刊行物2】
「日経バイト」(昭和61年5月発行)
 「画面上のボタンを選択するのに,マウスの代わりにキーボードを使うことも許している。この図では『Yes』を「Y」または「Enter」または「Return」キーで・・・・・・選択できるようになっている。」
エ【刊行物3】
「一太郎Ver.4 活用編」
(平成元年4月14日発行)
 「画面の「ESC」マークを直接左クリックすると,「ESC」キーを押すのと同じ操作を行うことができます。」
(2) 本件発明の進歩性
 《1》「本件第1発明と引用例発明を対比すると,本件第1発明は,表示画面上におけるアイコンに関する発明であって,『アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させるアイコン』を有するのに対し,引用例発明は,キーボードのキーを対象とする発明であって,操作説明キーを有しているが,上記のようなアイコンがないという点において,相違するものということができる。
 本件第1発明は,従来キーボードのキーに担わせていた役割を,現実のキーボードのキーと対応する必然性のない『アイコン』という別個の概念に担わせているものであるのに対し,引用例発明は,あくまで現実のキーボードのキーに関するものであるところ,キーボードのキーを対象としており,表示画面上のアイコンというもの自体が全く想定されていない引用例発明について,キーボードのキーをこれとは質的に相違するアイコンに置き換えることを示唆する刊行物はないから,キーボードのキーに関する引用例発明からアイコンに関する本件第1発明に想到することが容易であったとはいえない。」
 《2》「被告は,刊行物1及び刊行物2に『実際のキーボードに用意されたキーの操作』を『画面に文字以外の絵又は絵文字によって表示されるマークに対するマウスの選択』で代替させることが開示されているから,キーボードのキーを対象とする引用例に刊行物1及び刊行物2を組み合わせると,表示画面上のアイコンを対象とする本件第1発明に想到することが容易であると主張する。」
 「刊行物1には,実際のキーボードに対応する仮想キーボードを画面上に表示し,画面上に表示された仮想キーボードをマウスで操作することにより実際にキーをタイプしたのと同じになること及び特殊仮想キーボードを画面に表示し,キーボード上のキーに割り当てた機能を,仮想キーボード上で絵として表現されたマークをマウスで操作することにより選択し,実行する発明が開示されている。
 しかしながら,刊行物1に記載されているのは,画面上に実際のキーボードに対応するソフトウェアキーボードを設けた『仮想キーボード』である。この仮想キーボードの専用ウィンドウ内に表示されるキーは,あくまで『キー』とされており,『アイコン』とは完全に区別して記載されているから,刊行物1にキーボードのキーをアイコンに置き換えることが示唆されているとはいえない。」
 「また,・・・・・・刊行物2は,画面上の『Yes』ボタンに代えて「Y」,「Enter」又は「Return」キーで選択するものにすぎず,『アイコン』に関するものではない。」
 「なお,本件特許出願当時,現実のキーボードや仮想キーボードのキーに絵柄をあてている文献も存在しており,こうしたキーが画面上に表示されれば,一見アイコンに類似しているとみる余地もないわけではない。しかし,たとえキーに機能を絵で表現したマークが表示されていたとしても,現実のキーボードのキーはもとより,画面上に表示された仮想キーボードのキーも,あくまで現実のキーボードに一対一で対応するものにすぎず,その範疇を超えるものではないのに対し,アイコンは,・・・・・・,『表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して,コマンドを処理するもの』であって,現実のキーボードのキーと対応する必然性はなく,むしろ現実のキーボードのキーに存する数量的あるいは位置的な制約を離れて,多様な機能を自由に担わせることができるものであって,この両者の間には,なお質的な相違が存在しているといわざるを得ない。
 そうすると,本件特許出願当時の当業者にとって,引用例発明と刊行物1及び刊行物2の技術を組み合わせて本件第1発明に想到することが容易であったとまではいうことができない。」
 《3》「さらに,被告は,刊行物2及び刊行物3により,アイコンとキーは相互置換性があるとして,キーに関する引用例発明に刊行物2及び刊行物3を組み合わせると,表示画面上のアイコンを対象とする本件第1発明に想到することが容易であるとも主張する。
 しかし,・・・・・・,刊行物2は,画面上の『Yes』ボタンに代えてキーで選択するものにすぎず,『アイコン』に関するものではない。また,・・・・・・,刊行物3は,「ESC」キーの機能を画面上に表示された「ESC」マークで代替するものであって,やはり『アイコン』に関するものではないから,刊行物2及び刊行物3によりアイコンとキーは相互置換性があるということはできない。
 そうすると,本件特許出願当時の当業者にとって,引用例発明と刊行物2及び刊行物3の技術を組み合わせて本件第1発明に想到することが容易であったとまではいうことができない。」
 《4》「なお,・・・・・・,本件特許出願当時も『アイコン』という概念自体は公知であったと認められるが,・・・・・・,キーボードのキーとアイコンとは質的に相違するものであるから,『アイコン』という概念自体が公知であったことを前提としても,キーボードのキーに関する引用例発明に対して,さらに『アイコン』という概念を導入し,これらを組み合わせて本件第1発明に想到することは,本件特許出願当時の当業者にとって容易であったとまでは認められない。」
 《5》「本件第2発明は,本件第1発明を前提とするもの」「本件第3発明は,本件第1発明を方法の発明として表現したもの」であるから,「本件第1発明が本件特許出願当時の当業者にとって容易に想到することができたものとはいえない以上,本件第2発明,本件第3発明も本件特許出願当時の当業者にとって容易に想到することができたものであるとはいえない。」

第4.検討

1.「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタンは,「アイコン」に該当するか
 前述のとおり,同じ特許権であるにもかかわらず,前回判決では非侵害とされたのに対して,本判決では侵害と認定されました。
 これはジャストホーム2家計簿パックにおいては,「『?』や『表示』は,デザイン化されていない単なる『記号』や『文字』であって,絵又は絵文字とはいえない」と認定されたのに対して,本判決における被告製品には「?」の記号に加えて,【図1】のとおりマウスの絵が記載されており「絵又は絵文字」という要件も充たすという違いがあったからです。
 上記の当てはめについては特に不合理な点はありませんが,ボタンに絵があるか否かによってこのような結論の差が出てくるという点については,疑問がないではありません。
 そもそも本件特許発明では,絵があるか否かによって発明の効果に大きな違いが出るものではありません。絵が記載されず文字だけでも十分に発明の効果を発揮することはできます。とすると,絵があれば侵害であり,絵がなければ非侵害という結論は不合理なように感じます。これは,本来一般的な「アイコン」の意味に限定する必要がないのに一般的な「アイコン」の意味に解釈されたために生じたといえます。本誌2004年12月号でも言及したとおり,発明者としても一般的なアイコンの意味に限定する意図はなかったようにも思われますし,実際に限定する必要(先行技術を回避する等)もなかったように思われますので,やはり「アイコン」の意味を限定されないように明確に記載しておけば,このようなボタンに絵があるか否かによって結論に差が生じることはなかったといえるでしょう。
 本件では,原告の主張が認められアイコンの解釈により不利益は生じていませんが,絵を削除することにより,侵害が回避されてしまうという不都合性は依然として残るといえます。
2.本件特許に無効理由が存在することが明らかか否か
 本判決では,「引用例発明は,あくまで現実のキーボードのキーに関するものであるところ,キーボードのキーを対象としており,表示画面上のアイコンというもの自体が全く想定されていない引用例発明について,キーボードのキーをこれとは質的に相違するアイコンに置き換えることを示唆する刊行物はないから,キーボードのキーに関する引用例発明からアイコンに関する本件第1発明に想到することが容易であったとはいえない。」と判示しました。
 本判決は,キーボードのキーと表示画面上のアイコンとの質的な相違を理由に容易想到性を認めませんでしたが,本件特許出願当時に『アイコン』という概念が公知であった点を考慮すると,キーをアイコンに置き換えることが当業者にとって困難といえるかさらに検討が必要でしょう。この点,控訴審でどのような判断が下されるか興味深いところです。


いくた てつお 1972年東京工業大学大学院修士課程を修了し,メーカーに技術者として入社。82年弁護士・弁理士登録後,もっぱら,国内外の侵害訴訟,ライセンス契約,特許・商標出願,異議等の知的財産権実務に従事。この間,米国の法律事務所に勤務し,独国マックス・プランク特許法研究所に滞在。

みわ しげお 東京大学工学部卒業。2003年弁護士登録。同年より生田・名越法律特許事務所において知的財産権侵害訴訟,ライセンス契約等の案件に従事。