知的所有権判例ニュース |
景表法4条2号所定の不当価格表示の 有無につき判断が加えられた事例 |
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「東京高等裁判所 平成16年10月19日判決」 |
水谷直樹 |
1.事件の概要 |
被控訴人(株)コジマは,自ら経営している家電量販店の店頭で,ライバルの(株)ヤマダ電機との関係で,「ヤマダさんより安くします!」,「当店はヤマダさんよりお安くしてます」,「当店はヤマダさんよりお安くします」と表示をしていました。
そこで,控訴人(株)ヤマダ電機は,被控訴人(株)コジマの上記表示は,景品表示法(以下景表法)4条2号(現在では4条1項2号)所定の「商品又は役務の価格その他の取引条件について,実際のもの又は当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認されるため,不当に顧客を誘引し,公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示」に該当する不当表示であり,このような表示を行うことは,控訴人に対する不正競争行為,不法行為等を構成するとして,平成14年に,広告の禁止,表示の抹消,損害賠償等を求めて,前橋地方裁判所に訴えを提起しました。 前橋地方裁判所は,平成16年5月7日に判決を言い渡し,控訴人の請求を棄却しました。 そこで,控訴人は東京高等裁判所に控訴しました。 |
2.争点 |
本事件での争点は,主として,
被控訴人の前記表示は,景表法4条2号に該当する不当表示であるのか否か でした。 |
3.裁判所の判断 |
東京高等裁判所は,平成16年10月19日に判決を言い渡しましたが,まず,景表法違反と不法行為の成否との関係につき,
「競争事業者との取引条件(本件では販売価格)の比較に関して法4条2号に該当する不当表示をすることは,それ自体直ちに競争事業者に対する不法行為を構成するものではない。なぜなら,景品表示法の不当表示に対する規制は,公正な競争を確保することによって一般消費者の利益を保護することを目的としており,競争事業者の利益の保護を目的とするものではないし,法4条の規定違反に関する判断は,不法行為の成否を認定するための前提問題に過ぎないからである。 また,景品表示法は,独占禁止法の特例を定めることから,独占禁止法の補完法といわれているが,独占禁止法とは異なり,私人による損害賠償請求等を認めていない。 そもそも,市場における競争は本来自由であることに照らせば,事業者の行為が市場において利益を追求するという観点を離れて,ことさらに競争事業者に損害を与えることを目的としてなされたような特段の事情が存在しない限り,法4条の規定に違反したからといって直ちに競争事業者に対する不法行為を構成することはない。」 と判示するとともに,景表法4条1項2号が規定している「商品又は役務の価格その他の取引条件について,・・・・・・著しく有利であると,一般消費者に誤認される」の意義については, 「本件各表示によって,被控訴人の店舗における商品の販売価格が,控訴人の店舗におけるものよりも顧客にとって『著しく有利』であると一般消費者に誤認される場合には,本件各表示は法4条2号に該当するということになる。そして,同号の文言上も明らかなように,かかる誤認が生じるか否かの判断は一般消費者の認識を基準としてなすべきものである。 ここで,『著しく有利』であると一般消費者に誤認される表示か否かは,当該表示が,一般的に許容される誇張の限度を超えて,商品又は役務の選択に影響を与えるような内容か否かによって判断される(同ガイドライン『第2』1(2))。このことを本件事案に即していうと,一般に広告表示においてはある程度の誇張や単純化が行われる傾向があり,健全な常識を備えた一般消費者もそのことを認識しているのであるから,価格の安さを訴求する本件各表示に接した一般消費者も,かかる認識を背景に本件各表示の文言の意味を理解するのであり,そのことを前提にして検討を行うべきものである。」 と判示したうえで,本件表示につき検討を行い, 「本件各表示には,適用対象とする商品の範囲の明示はないものの,『全商品』『全品』という記載が明確になされているわけでもない。また,家電量販店においては,店頭表示価格と,店員との交渉の結果最終的に提示される価格(以下『値引後価格』という。)とが異なる(後者の方が安い)場合があることは公知の事実であるが,本件各表示において,比較の対象となる控訴人の価格が,店頭表示価格又は値引後価格のいずれであるかについても特定はされていない。そして,本件各表示の掲示の箇所は店舗の外壁,入口ガラス戸,廊下等であって(甲1ないし27),個々の商品に付されるものではない。 本件各表示がこのように概括的・包括的内容のものであることからすると,本件各表示に接した消費者は,一般的に,これを価格の安さで知られる控訴人よりもさらに安く商品を売ろうとする被控訴人の企業姿勢の表明として認識するにとどまるというべきである。また,一般消費者の中には,それよりもやや具体的な期待,例えば,被控訴人の店頭表示価格は同一商品に関する控訴人の店頭表示価格よりも安いという期待や,控訴人の店頭表示価格又は値引後価格が被控訴人のそれよりも安いときに,その旨を告げて被控訴人の店員と交渉すれば,控訴人の店頭表示価格又は値引後価格よりもさらに安い値引後価格を引き出せるという期待を抱く者の割合も少なくないと考えられる。」 「今日の家電量販店の取扱品目は数千点以上に及び,各事業者は頻繁にその店頭表示価格を変更している。このような事実に照らすと,取扱品目の全てについて競合他店における同一商品の店頭表示価格を日々調査をするのは不可能であり(このことについては当事者間に争いがない。),そのことは,一般消費者にとってそれほど理解困難なことではない。」 「本件各表示に接する一般消費者の中には,被控訴人の店舗では全商品について必ず控訴人の店舗よりも安く買えるという確定的な認識を抱くには至らない者も,相当多数存在するものと考えられるのである。一方,上記(ア)のように,そのような確定的な認識を抱く消費者層が存在する可能性があるとしても,それは未だ『一般消費者』の認識とはいいがたいものである。 したがって,『一般消費者』の認識を基準として景品表示法4条2号の該当性を判断するにあたり,本件各表示の意味を控訴人主張のように解することは,当を得たものではない。そして,被控訴人の店舗において本件各表示に接した消費者は,通常,高額商品や売れ筋商品については控訴人の店舗よりも安い店頭表示価格が設定されていること,及び,店頭表示価格が安くなっていない場合には,店員との相対の交渉によって値引きを受ける余地があること,を意味するものとして本件各表示を理解するにとどまるというべきであるから,かかる理解を前提として本件各表示の法4条2号該当性を判断すべきである。」 と判示しました。 本判決は,上記のとおり判示したうえで,本件表示の景表法4条2号の該当の有無につき,「本件各表示の文言から生ずる一般消費者の理解が上記・・・・・・のようなものにとどまる以上,そのような理解に沿う実態がある限り,本件各表示は,『一般消費者』の誤認を生ぜしめるものとはいえないことになる。そして,原判決が正当に認定する被控訴人の価格調査及び店頭顧客対応の状況・・・・・・にかんがみると,まさにそのような期待に沿う実態が存在していたといえるのであって,本件各表示は,本件各条件表示を伴わない場合であっても,法4条2号に該当すると解することはできない。」 (なお,上記引用中の“本件各条件表示”とは,被控訴人の表示上には,実際には,「※万一,調査もれがありましたら,お知らせ下さい。お安くします。」及び「※但し,処分品・限定品・当社原価割れにあたる商品は原価までの販売とさせて頂きます。」との各条件が表示されていたことを指しています) と判断のうえ,結論として, 「前記(2)及び(3)のとおり,本件各表示は,本件各条件表示を付帯しない場合においても,当該店舗の全商品について必ず控訴人の競合店舗よりも安く購入できるとの認識を一般消費者に抱かせるものとはいえないし,また,本件各表示によって一般消費者が抱く期待に対応する実態は存在するといえるから,本件各表示が一般消費者の誤認を生ぜしめるものとして法4条2号に該当すると解することはできない。また,前記(4)のとおり,本件各条件表示を伴う場合には,本件各表示が法4条2号に該当するといえないことは,より一層明白である。 したがって,前記(1)に説示したところに照らし,本件各表示が法4条2号に該当することを前提にその実施が控訴人に対する不法行為を構成するとの控訴人の主張は,その前提を欠き,理由がない。」 と判示して,控訴人の控訴を棄却しました。 |
4.検討 |
本事件は,「ヤマダさんより安くします!」,「当店はヤマダさんよりお安くしてます」,「当店はヤマダさんよりお安くします」の表示が,景表法4条2号(現在では4条1項2号)に該当するか否かが争われた事案です。
景表法は,消費者の利益を保護するために,著しく有利であると消費者に誤認されることを内容とする不当な価格表示を行うことを禁止していますが,本件では,被控訴人の上記表示が,不当表示に該当するか否かが争われました。 本判決では,前記引用のとおり判示することにより,上記表示が不当な価格表示には該当しないと判断しています。これは,消費者が,本件で問題となったような表示に接した場合に,必ずしも文言どおり形式的に理解するものとは言えないことを前提にしているためと考えられます。 本件で問題となったような表示は,本件以外にも,同種表示が巷間垣間見られることがあると考えられますが,本件判決は,このような表示の景表法違反の有無を検討する際にも,実務上大いに参考になると考えられます。 |