発明 Vol.102 2005-2
知的所有権判例ニュース
特許請求項に明示されたNi,Si,Mg,Cu元素
以外の元素Zn,Snを含有する合金についての
侵害判断基準が示された事例
「平成16年2月25日 東京地裁判決 平成14年(ワ)第16268号事件」
生田哲郎 森本晋
第1.はじめに

(1)本判決は,「実質的に,Ni:2〜4.8%,Si:0.2〜1.4%,Mg:0.05〜0.45%,Cu:残部(数字はいずれも重量%)から成ることを特徴とする・・・・・・合金」との請求項について,明示されたNi,Si,Mg,Cu以外のZn,Snをも含有する合金である被告製品が特許権侵害となるか否かが争われた事例です。
(2)往々にして特許明細書には,明示された元素以外の他の元素の含有も許容する一般的記載があり,この観点に立てば,元素を追加添加しても侵害とされるとも考えられます。本判決は,合金の発明について元素の追加添加がある場合における侵害判断基準を示した興味深い事例です。
(3)本判決では,被告製品について明細書の記載や出願経過等に基づいて,「ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg)及び銅(Cu)以外の元素のうち,明細書中に具体的な記載がある元素,及び明細書の記載に基づいて当業者が容易に想到できる元素を含有させることを許容する趣旨と解すべきであるが,その範囲を超えた,合金の特性に影響を与える元素を含有させることを容認する趣旨と解することはできない。」と判断しました。合金の発明の侵害解釈について参考になる一事例としてここに紹介する次第です。

第2.事案の概要

(1)本件は,「改善された組合せの極限引張強さ,電気伝導性および耐応力緩和性を有する電気コネクタ用銅基合金」の発明(特許第2572042号)の特許権者である原告が,被告に対し,被告の製造,販売する電気コネクタ用銅基合金(以下「被告製品」といいます。)が,原告の有する特許権を侵害するとして,被告製品の製造等の差止めと損害賠償の支払いを求めた事案です。
(2)本件特許発明(請求項1)の構成要件は次のとおりです。
 A 実質的に,Ni:2〜4.8%,Si:0.2〜1.4%,Mg:0.05〜0.45%,Cu:残部(数字はいずれも重量%)から成ることを特徴とする
 B 改善された組合せの極限引張強さ,電気伝導性および耐応力緩和性を有し,
 C 安定化状態にある電気コネクタ用銅基合金
(3)被告製品は,ニッケル(Ni)を2.0〜2.8%,ケイ素(Si)0.45〜0.6%を含むものであり(NiとSiについては構成要件Aに規定された数値範囲に含まれています。),さらに,亜鉛(Zn)0.4〜0.55%,スズ(Sn)0.1〜0.25%,マグネシウム(Mg)0.05〜0.2%を含み(数字はいずれも重量%),残部が銅(Cu)からなるコネクタ用銅基合金でした。

第3.裁判所の判断

(1)裁判所は,まず,本件特許明細書の記載,合金の特性及び本件特許の出願経過について,下記《1》ないし《3》の事実を認定しました。
 《1》 本件特許明細書の記載
 本件特許明細書には,特許請求の範囲に記載されている,ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg),銅(Cu)のほかに,ア)同等量のニッケル(Ni)と置換して,Cr,Co,Fe等の元素を有効量約1%以下存在させることができる旨の記載や,イ)特許請求の範囲記載の元素に加え,Li,Ca,Mn等の脱酸元素及び(又は)脱硫元素の1種又はそれ以上を,脱酸素又は脱硫に対する有効量において約0.25重量%まで包含することもできる旨の記載がある。しかし,本件特許明細書には,その他の元素,特に,亜鉛(Zn),スズ(Sn)の添加について,これを示唆する記載はない。
 《2》 合金の特性
 一般的に,合金は,成分元素や添加量を変化させた場合に合金の性質に与える予測可能性が極めて低い。
 《3》 本件特許の出願経過
 原告は,本件特許の出願過程において,Cu−Ni−Si基合金に,他の元素を増加させると電気伝導率や曲げ特性が悪化すると述べて,スズ(Sn)を0.39%含有する合金は電気伝導率が下がるので採用し得ないとして,本件発明の技術的範囲から除外すべきである旨述べている。
(2)裁判所は,(1)の事実認定に基づき,構成要件Aの「実質的に・・・・・・から成る」との文言について,「ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg)及び銅(Cu)以外の元素について,明細書中に具体的な記載がある元素,及び明細書の記載に基づいて当業者が容易に想到できる元素を含有させることを許容する趣旨と解すべきであるが,その範囲を超えた,合金の特性に影響を与える元素を含有させることを許容する趣旨と解することはできない。」との解釈を行いました。
(3)そのうえで,裁判所は,被告製品に含有されている亜鉛(Zn)とスズ(Sn)は,構成要件A所定のマグネシウム(Mg)と比較して,含有量においてこれをしのぐものであり,合金の特性において,耐応力緩和性を向上させる一方,電気伝導性を低下させるという差異をもたらしているとし,亜鉛(Zn)とスズ(Sn)を含有する被告製品は,構成要件Aを充足しないと判断しました。
(4)また,裁判所は,以下のとおり判断して均等の主張を排斥しました。
 《1》 第一要件(本質的部分)
 本件発明は,Cu−Ni−Si基合金にマグネシウム(Mg)を規定量添加することにより,良好な強度特性,高い電気伝導性,耐応力緩和性を有する銅基合金を提供することを目的としているのに対して,亜鉛(Zn)とスズ(Sn)をマグネシウム(Mg)と比肩すべき量を添加することは,合金の電気伝導率の低下を来し,合金の特性に影響を及ぼすことや,前記本件特許の出願経過に照らすと,本件特許発明と被告製品との相違点は,本件発明の本質的部分に関するというべきである。
 《2》 第二要件(置換可能性)及び第三要件(置換容易性)
 本件発明の元素の組合せを被告製品の元素の組合せに置換することにより,本件発明と同一の作用効果を奏することはないので,置換可能性及び置換容易性がない。
 《3》 第五要件(意識的除外)
 原告において,スズ(Sn)のような元素を含有することにより電気伝導率が低下する合金を,本件発明の技術的範囲から除外すべきである旨述べていることからすれば,原告は,被告製品のような亜鉛(Zn)0.4〜0.55%,スズ(Sn)0.1〜0.25%を複合添加した合金を意図的に除外している。
(5)裁判所は,以上のとおり,被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属しない旨を判示して,原告の請求を棄却しました。

第4.検討

 合金の性質は,合金に含まれる元素によって左右されることはもちろん,合金の製造方法によっても左右されるものと考えられ(製造方法が異なる場合,合金の組織が変化しうる)ます。その合金がどのような性質を有するかは,合金の発明においては,発明の作用効果に相当するものであって,合金の発明は,まさしく,その合金の性質のゆえに特許性が認められるものであるといえます。
 とすれば,「実質的に・・・・・・から成る」との文言が明示された元素以外の他の元素の追加添加をどこまで許容するものかを決するに当たっては,明示された元素以外の他の元素を追加添加により合金の性質に与えられる影響を考慮することが不可欠であると考えられます。
 本判決も,このような考え方に基づき,合金という物の特殊性,すなわち,「一般的に,合金は,成分元素や添加量を変化させた場合に合金の性質に与える予測可能性が極めて低い」という事実を重視し,さらに,明細書や出願経過の参酌に当たっても,合金の性質にかかる部分の記載を重視して,非侵害の結論を導いたものと考えられます。



いくた てつお 1972年東京工業大学大学院修士課程を修了し,メーカーに技術者として入社。82年弁護士・弁理士登録後,もっぱら,国内外の侵害訴訟,ライセンス契約,特許・商標出願,異議等の知的財産権実務に従事。この間,米国の法律事務所に勤務し,独国マックス・プランク特許法研究所に滞在。

もりもと しん 東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。同年より生田・名越法律特許事務所において知的財産権侵害訴訟,ライセンス契約等の案件に従事。