知的所有権判例ニュース |
ジーンズの商標につき 商標法4条1項15号の適用を認めた事例 |
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「東京高等裁判所 平成16年10月20日判決」 |
水谷直樹 |
1.事件の概要 |
原告(株)エドウィンは,後記商標1(以下「本件商標」といいます)を登録商標(指定商品第25類「被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,仮装用衣服,運動用特殊被服,運動用特殊靴」)として保有しておりました。
これに対して,被告リーバイ ストラウス アンド カンパニーは,後記引用商標1を引用したうえで,本件商標は商標法4条1項11号及び15号に違反しているとして,平成15年2月に商標の無効審判を申し立てました。 特許庁は,平成16年1月27日に審決を下し,本件商標は商標法4条1項11号には違反しているものでないが,同15号に違反して登録されたものであると判断して,本件商標登録を無効であるとしました。 そこで,原告エドウィンは,上記審決の取消しを求めて,平成16年に東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起いたしました。 |
2.争点 |
本事件での争点は,
《1》 商標法4条1項15号の意義 《2》 本件商標をジーンズに使用した場合に,被告リーバイのジーンズとの間で出所の混同が生じるおそれがあるかでした。 |
3.裁判所の判断 |
東京高等裁判所は,平成16年10月20日に判決を言い渡しましたが,上記《1》の争点について,
「商標法4条1項15号にいう『混同を生ずるおそれ』の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきであって(最高裁平成12年7月11日第3小法廷判決・民集54巻6号1848頁),上記に掲げた個々の事情ごとに峻別して悉無律的にその存否を判断するのではなく,個々の事情ごとにその程度を検討した上,最終的にこれらを総合して『混同のおそれ』の有無を決すべきものである。すなわち,『混同を生ずるおそれ』の要件の判断においては,当該商標(本件商標)と他人の表示(引用商標1)との類似性の程度が商標法4条1項11号の要件を満たすものでないにしても,その程度がいかなるものであるのかについて検討した上,他人の表示(引用商標1)の周知著名性の程度や,上記諸事情に照らして総合的に判断されるべきものである。また,周知著名性については,『混同を生ずるおそれ』の有無を判断する上で,周知性と著名性とを峻別して検討する必要性は通常考えられないから,特段の事情がない限り,周知著名性を一体としてその程度を検討すれば足りるものというべきである。」 と判示し,このことを前提としたうえで,上記《2》の争点につき,まず,本件商標と引用商標1との間の類似の程度に関して, 「審決は,これらの商標の構成につき,次のとおり認定した。 『本件商標の構成は,・・・・・・左右対称の野球のホームベース状の五角形を実線で描き,その各辺の内側に沿って二重の破線を配し,この五角形図形の中央部分に欧文字の『S』字状の図形を描き,その左右に該五角形図形を上下に二分するように二重の破線をもって,アーチ形状の図形を描き,この五角形図形の上辺の右内側部分に,黒塗り四角形を配し,この図形内に『SOME−THING』の文字を書してなるものである。これに対して,引用商標1の構成は,・・・・・・左右対称の野球のホームベース状の五角形を実線で描き,その各辺の内側に沿って二重の破線を配し,この五角形図形を上下に二分するように二重の破線をもって,左右二つのアーチ形状の図形を描いてなり,この五角形図形の左辺の左外側部分に,縦長の四角形を配し,該図形内に縦書きで『LEVI’S』の欧文字を書してなるものである。』 証拠(甲1,乙1,2)によれば,上記認定は是認し得るものである。そして,両者を対比すれば,本件商標と引用商標1の形状は,ステッチがともに二重の破線をもって,五角形の外周部左右両辺からバックポケットの中央部に向かって形成され,これが中央部で下向きに形成されており,両ステッチ部分の形状をおおまかに観察すれば,互いに近似する形状であって,この点において,両者は構成の軌を一にするといえるとした審決の認定も,是認し得るものである。」 「原告は,ステッチ中央部における結合の有無で相違することを主張している。 確かに,別紙1の《1》本件商標と《2》引用商標1とを対比すれば,後者が結合しているのに対し,前者のアーチ形状のステッチ(内部破線)は,結合していない。しかし,本件商標のアーチ形状のステッチを仔細に見分すれば両者が結合していないとわかるのであるが,アーチ形状のステッチの中央部に前記のように欧文字の『S』字状の図形が描かれていることから,看者に対し,左右に分かれたアーチ形状のステッチの間を欧文字の『S』字状の図形が結んでいるかのような印象を与えるものである。なお,『S』が『SOMETHING』の頭文字であるとの原告の説明を聞けば,そのように首肯し得るが,両者の『S』の字体が異なっており,しかも,『S』がアーチ形状のステッチに挟まれる形で存在することから,図形(模様)のようにも見えてしまうのであって,仔細にみれば,左右のアーチ形状のステッチと『S』との表示は,結合はしていないが,看者に対して,上記のように一連の繋がりのあるものとの認識を与えることは否定できない。その結果,引用商標1のアーチ形状のステッチと似たものと受け止められる可能性が大きいと認められる。」 と判示したうえで,上記以外に原告が指摘する相違点である「アーチ形状のステッチ(破線)の曲がり度合いの相違」,「本件商標には『SOME−THING』の文字が,引用商標1には,『LEVI’S』の文字が含まれていること」を考慮したとしても,両商標間の類似の程度は高いものであることを認定し,更に,引用商標1が,我が国で昭和40年代から使用されてきた周知著名な商標であることをも併せて認定し,結論として, 「以上のとおりであり,本件商標と引用商標1は,前判示の程度の類似性を有するのであり,引用商標1及びこれに酷似した被告バックポケットの形状の周知著名性の程度が極めて高いものである。そして,引用商標1がデザインとして創作されたものか,自他識別のために創作されたものかは,当事者間に争いがあるものの,いずれにしても,ステッチの形状を含め,機能等の観点から,引用商標1のような形状にならざるを得ないというものではないことでは,争いがない。そうであれば,数々とり得るバックポケットの構成から,引用商標1のような構成を採用したという点では,一定の創作性が認められる。また,本件商標の指定商品が『被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,仮装用衣服,運動用特殊衣服,運動用特殊靴』であることは前記のとおりであり,一方,被告の使用に係る被告バックポケットの形状も既に認定したとおり,ジーンズパンツに係るものであるから,両者の商品は,同一あるいは互いに極めて関連性の深い商品といえる。そして,商品等の取引者及び需要者が共通性を有することも明らかである。これらに加え,既に検討した取引の実情などに照らし,取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に本件商標の登録出願時及び登録査定時における混同を生ずるおそれを判断するならば,本件商標をその指定商品について使用したときには,引用商標1又は被告バックポケットの形状が強く連想され,被告ないし被告と関係のある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれがあると認められる。よって,本件商標は,商標法4条1項15号にいう『他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標』であるというべきである。」 と判示して,原告の請求を棄却いたしました。 |
4.検討 |
本事件は,マスコミにも取り上げられたジーンズのバックポケットの形状に関する商標を巡る事件の判決です。
本事件では,商標法4条1項15号の意義および同号が規定している出所の混同のおそれの有無の存否が問題となりました。 本判決は,まず,商標法4条1項15号所定の出所の混同が生ずるおそれの有無を認定するにあたって,他人の業務に係る商品に使用されている商標が著名であることが必要であるのか,周知であってもよいのかについて,これらは「混同のおそれの有無」を判断するための一要因であるとして,周知著名であればよく,両者を分ける必要はないと判示しております。 次に,本判決は,本事件においての「混同のおそれ」の有無に関して,上記で引用したとおり詳細に認定をしたうえで,「混同のおそれ」の存在を肯定しております。 本判決は,上記のとおり認定するにあたって,その前提として,引用商標1と本件商標におけるステッチ形状が全く同一ではなく,相違している部分が存在しているが,このことを類似の程度の判断にあたって,どのように評価するのか,引用商標1の周知著名性をどの程度のものであると認定をするのか,について詳細な検討および認定を行っております。 本判決の結論は,上記の認定を前提とした場合には相当であると考えられます。 本判決は,ジーンズの商標をめぐって争われた事件において,商標法4条1項15号の適用の有無を,詳細な検討のうえで具体的に判断した事件として,今後の実務上で大いに参考になるものと考えられます。 |