発明 Vol.101 2004-12
知的所有権判例ニュース
「アイコン」という用語の意義が
問題となった事件
平成16年8月31日 東京地裁判決
平成15年(ワ)第18830号「特許権侵害差止請求権不存在確認等請求事件」
平成15年(ワ)第24798号「特許権侵害行為差止反訴請求事件」
生田哲郎 美和繁男

第1.事件の概要

 被告(反訴原告)松下電器産業(株)は,原告(反訴被告)(株)ジャストシステムが製造,譲渡等をしているジャストホーム2家計簿パック(以下「本件製品」という。)が被告の特許権(特許第2803236号,以下「本件特許権」という。)を侵害していると考え,本件製品をプリインストールしたパソコンを販売していた訴外(株)ソーテックに対し,上記パソコンが被告の特許権を侵害するものである旨を告知する等をしていました。
 これに対して原告は,被告に対し,本件製品の製造,譲渡等の行為は本件特許権を侵害しないと主張して,被告の原告に対する本件特許権に基づく差止請求権が存在しないことの確認を請求するとともに,原告のソーテックに対する上記行為が不正競争防止法2条1項14号の営業誹謗行為に該当すると主張して,同法3条及び4条に基づく差止め及び損害賠償を請求しました。
 これに対し被告は,原告に対し,原告による本件製品の製造,譲渡等の行為が本件特許権を侵害すると主張して,特許法100条に基づき,本件製品の製造及び譲渡等の差止め並びに廃棄を請求する反訴を提起したという事案です。
 本件では,《1》請求項中の用語「アイコン」の意義がいかに解釈されるべきか,また,《2》特許権が非侵害とされた場合に,製品ユーザーに特許権者から出された侵害警告が製品メーカーに対する不正競争防止法2条1項14号の営業誹謗行為に該当するのか,が主な争点となったものです。本件は用語の意義の解釈が問題となる場合に権利範囲を限定されないために明細書にいかに記載すべきか,また,警告はどのようにすべきなのか,という点に関し実務においても大変参考になる事例です。


第2.本件特許発明の内容

1.特許請求の範囲(請求項1)の記載
 本件特許発明は「情報処理装置及び情報処理方法」に関するものであり(特許第2803236号),その特許請求の範囲の記載(請求項1)は次のとおりです。
 『(1) アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン,および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と,
  (2) 前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と,
  (3) 前記指定手段による,第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて,前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段と
  (4) を有することを特徴とする情報処理装置。』

第3.裁判所の判断

 本件では裁判所が判断した2つの主要な争点についての判旨を紹介します。

1.「アイコン」の解釈
 本判決では,以下の理由により,本件明細書の記載及び出願当時の「アイコン」の意義を参酌し,本件製品における「パソコンに表示される『?』ボタン及び『表示』ボタン等」は,本件特許発明の各構成要件の「アイコン」に該当しないと判示しました。
《1》「ア 本件明細書に『アイコン』の定義はないが,特許請求の範囲請求項1には,『機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン』,『所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコン』及び『表示手段の表示画面上に表示されたアイコン』との記載がある。」「イ また,本件明細書の発明の詳細な説明には,『アイコン』について,次のような記載がある。(ア)『先ず,ステップS1で,ウィンドウ情報記憶部5を参照して,表示装置1の表示画面上のどの位置にどんなオブジェクトがあるかを知る。つまり,表示装置1に表示されている各種の処理コマンドを指示するアイコンの表示位置データを得る。』(4欄9行ないし14行)」「前記アで認定したとおり,本件明細書には,『アイコン』を定義する記載はなく,アイコンとは,前記アの記載から,表示画面上に表示され,情報処理機能等を実行させるものであり,また,前記イ(ア)の記載から,各種の処理コマンドを指示するものであることがわかる。」
 第5図,第6図には,「機能説明のアイコンをウィンドウの枠部分に設けられたスクロールバーや,別のウィンドウに表示されているメニューメッセージ上に移動させた時の機能説明の表示例が示されているが,『メニューメッセージ』は,『各種の処理コマンドを指示するもの』ではないから『アイコン』には含まれず,本件発明の実施例とはいえない。本件明細書にも,第3図及び第4図は,『本実施例』とされているが,機能説明のアイコンをメニューメッセージ上に移動させた図である第6図は,本実施例の『他の表示例』とされており,区別されている。従って,同じく『他の表示例』とされている第5図に記載された機能説明のアイコンをスクロールバー上に移動させた例も本件発明の実施例とはいえない。したがって,スクロールバーは『アイコン』には含まれない。」
 「以上のとおり,本件明細書の記載からは,『アイコン』について前記認定以上に定義されているとはいえないので,本件特許出願当時の『アイコン』の意義を参酌すべきものと解される。」
《2》「本件特許出願当時の文献によれば,アイコンとは,『表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示したもの』と一般に理解されていたものということができる。」また「アイコンを絵文字であるとした上で,ヘルプ機能を示す『?』,文書を閉じるときの『閉じる』,ページ割付けをするための『ページ割り付け』を『アイコン』と呼ばずに区別していると解される文献もある。」
《3》さらに,「本件特許出願後の文献でも,アイコンは,上記と同様に解されている」上,「絵文字で表した『アイコン』と区別して,機能そのものをデザイン化したパソコンの画像表示を『ボタン』と呼んでいる」文献もある。
《4》以上によれば,「本件発明にいう『アイコン』とは,『表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して,コマンドを処理するもの』であるのに対し,本件製品の『?』や『表示』,『プロパティ』及び『キャンセル』は,表示画面上にあり,処理機能を表示しているものの,デザイン化されていない単なる『記号』や『文字』であって,絵又は絵文字とはいえないことは明らかであるから,本件各構成要件における「アイコン」には該当しない。



2.被告の行為は,不正競争防止法2条1項14号の営業誹謗行為に該当するか。
 本判決では,裁判所は,以下の下線部のような規範を定立した上で,被告の行為は,不正競争防止法2条1項14号の営業誹謗行為に該当しないと判示しました。
《1》「原告と被告とは,パソコン関連事業の分野において競争関係にある。」
《2》「前記1で認定したとおり,本件製品は本件発明の技術的範囲に属さないのであるから,本件製品をプリインストールしたソーテックのパソコンは被告の本件特許権を侵害するものである旨の告知内容は,虚偽の事実に該当する。」
《3》「しかし,このような場合であっても,告知した相手方が本件製品をプリインストールしたパソコンを販売する者であって,特許権者による告知行為が,その相手方自身に対する特許権の正当な権利行使の一環としてなされたものであると認められる場合には,違法性が阻却されると解するのが相当である。これに対し,その告知行為が特許権者の権利行使の一環としての外形をとりながらも,競業者の信用を毀損して特許権者が市場において優位に立つことを目的とし,内容ないし態様において社会通念上著しく不相当であるなど,権利行使の範囲を逸脱するものと認められる場合には違法性は阻却されず,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当すると解すべきである。」
《4》「被告のソーテックに対する告知及び仮処分命令の申立ては,本件製品をインストールしたパソコンが本件特許権を侵害するとすれば,上記パソコンを製造販売しているソーテックは本件特許権の直接侵害者に相当する立場の者であるから,特許権者の権利行使の一環としてされたものである。そして,被告は,ソーテックにより具体的な侵害の特定を求められて,不十分ながらも返答していること,被告は,ソーテックから原告に問い合わせて欲しいと回答されて,原告にも通知を発していること,被告がソーテックに対し,内容証明郵便を送付し,仮処分命令申立てを行ったのは,ソーテックが一旦は本件製品のプリインストールを中止すると回答したのにもかかわらず,中止しないばかりか,本件製品は本件特許権に抵触しないと主張して交渉を拒絶したため,法的手段を採らざるを得なかったものと考えられること,被告は,ソーテックばかりではなく,原告に対しても同様に仮処分命令の申立てをしていること,被告はその後同仮処分命令申立てを取り下げているが,これはソーテックが本件製品をインストールしたパソコンの販売を中止したためであると考えられること,いずれの通知の形式及び内容も,社会的相当性を欠くものとはいえないこと,ソーテックは,当時は成長著しい企業であり,被告が弱小企業を狙い撃ちしたものであるとも認め難いことなどの事情に照らせば,被告のソーテックに対する行為が原告の信用を毀損して被告が市場において優位に立つことを目的としたものとはいえず,内容ないし態様においても社会通念上著しく不相当であるとはいえず,権利行使の範囲を逸脱するものということはできない。」
《5》「以上のとおり,被告のソーテックに対する告知及び仮処分命令の申立ては,違法性が阻却されるから,その余の点につき判断するまでもなく,原告の本訴請求のうち,不正競争防止法に基づく請求は理由がない。」

第4.検討

1.「アイコン」の解釈
 本判決では,「アイコン」の意義を,本件明細書の記載及び本件特許出願当時の「アイコン」の意義から「表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して,コマンドを処理するもの」と解釈し,本件製品における「パソコンに表示される『?』ボタン及び『表示』ボタン等」は,本件特許発明の各構成要件の「アイコン」に該当しないと判示しました。
 確かに,本件明細書には「アイコン」について明確な定義はなされてはいません。
 しかし,第5図を見ると発明者としては,第5図は実施例を示したものであり,アイコンの意義を裁判所が認定したより広く解釈する意図だったのではないか,とも思われます。
 判決は,この点に関して「もっとも,機能説明のアイコンをウィンドウの枠部分に設けられたスクロールバーや,別のウィンドウに表示されているメニューメッセージ上に移動させた時の機能説明の表示例が示されているが,『メニューメッセージ』は,『各種の処理コマンドを指示するもの』ではないから『アイコン』には含まれず,本件発明の実施例とはいえない。本件明細書にも,第3図及び第4図は,『本実施例』とされているが,機能説明のアイコンをメニューメッセージ上に移動させた図である第6図は,本実施例の『他の表示例』とされており,区別されている。したがって,同じく『他の表示例』とされている第5図に記載された機能説明のアイコンをスクロールバー上に移動させた例も本件発明の実施例とはいえない。」と判示し,実施例ではないとしていますが,この点は,理由が形式的なように感じます。
 ただ,いずれにせよ「アイコン」の本来の意味からすると裁判所が出願時の意義から認定したものが一般的と解されますので,やはり「アイコン」の意義を被告が主張するように広く解するのであれば発明の詳細な説明の箇所で明確に定義しておくべきであったといえるでしょう。

2.不正競争防止法2条1項14号の営業誹謗行為
 本件の下線部については,東京高判平成14年8月29日判決が「告知行為が,その取引先自身に対する特許権等の正当な権利行使の一環としてなされたものであると認められる場合には,違法性が阻却されると解する。」と判示しており本件もそれに沿った判決といえます。
 本件においては,特許権の正当な権利行使の一環か否かについて詳細な検討を加えており,実務において警告を行う場合に,いかなる場合に違法となるのかについての参考になるといえるでしょう。
 特に判示《4》で「被告は,ソーテックにより具体的な侵害の特定を求められて,不十分ながらも返答していること」,「被告は,ソーテックから原告に問い合わせて欲しいと回答されて,原告にも通知を発していること」,「いずれの通知の形式及び内容も,社会的相当性を欠くものとはいえないこと」と指摘しているように,被告が適切な通知を行ったことが本件において違法性が阻却された理由の一つとなっておりますので,警告や通知を行う場合には慎重な対応が求められるといえるでしょう。

3.原告の確認請求について却下とした理由
 本判決は原告の差止請求権不存在確認請求については却下としています。
 これは本判決が「原告の差止請求権不存在確認請求は,差止めを求める反訴が提起されている以上,確認の利益を欠くことになり,不適法として却下を免れない(最高裁平成13年(オ)第734号,同年(受)第723号同16年3月25日第一小法廷判決・民集58巻3号753頁)。」と判示しているとおり,被告の原告に対する特許権に基づく差止請求が棄却されたことにより,差止請求権の不存在が判決の効力として確定しましたので,重ねて確認判決で二重にその不存在を判断する必要がないことから却下されたものです。



いくた てつお 1972年東京工業大学大学院修士課程を修了し,メーカーに技術者として入社。82年弁護士・弁理士登録後,もっぱら,国内外の侵害訴訟,ライセンス契約,特許・商標出願,異議等の知的財産権実務に従事。この間,米国の法律事務所に勤務し,独国マックス・プランク特許法研究所に滞在。
みわ しげお 東京大学工学部卒業。2003年弁護士登録。同年より生田・名越法律特許事務所において知的財産権侵害訴訟,ライセンス契約等の案件に従事。