知的所有権判例ニュース |
商標において指定商品の類否につき 取引の実情を勘案したうえで判断を加えた事例 |
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「東京高等裁判所 平成16年7月26日判決」 |
水谷直樹 |
1.事件の概要 |
原告三菱住友シリコン(株)は,指定商品を第9類の「半導体ウェハ」とする標章「SUMCO」の商標出願をしたところ,拒絶査定を受けたために,拒絶査定の不服審判請求をいたしました。
これに対して,特許庁は, 「本願商標は,『サームコ』の片仮名文字を横書きしてなり,旧別表第11類『電球類,照明器具,電池,電気磁気測定器,電線,ケーブル,民生用電気機械器具,電気通信機械器具,電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。),電気材料』を指定商品とする登録第4347216号商標(昭和58年4月21日登録出願,平成11年12月24日設定登録,以下「引用商標2」という。)及び『THERMCO』の欧文字を横書きしてなり,旧別表第11類『電球類,照明器具,電池,電気磁気測定器,電線,ケーブル,民生用電気機械器具,電気通信機械器具,電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。),電気材料』を指定商品とする登録第4348733号商標(昭和58年4月21日登録出願,平成12年1月7日設定登録,以下「引用商標3」という。)と称呼において類似の商標であり,かつ,本願商標の指定商品である『半導体ウエハ』は,引用商標2及び3の指定商品のうち,『電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)』中の各種商品と類似する商品であるから,本願商標は,商標法4条1項11号に該当し,商標登録を受けることができない」 として,左記審判請求を退けました。 そこで,原告は,平成15年に東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起いたしました。 |
2.争点 |
本事件の争点は,以下の2点でした。
《1》 商標「SUMCO」は商標「サームコ」,同「THERMCO」に類似しているか 《2》 商品「半導体ウェハ」は商品「電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)」に類似しているか でした。 |
3.裁判所の判断 |
東京高等裁判所は,平成16年7月26日に判決を言い渡しましたが,同判決中で上記《2》の争点につき,
「商標法4条1項11号に規定する指定商品の類否は,取引の実情に照らし,それらの商品が通常同一営業主により製造又は販売されている等の事情により,それらの商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一営業主の製造又は販売に係る商品と誤認混同されるおそれがあるか否かによって判断されるべきである(旧商標法〔大正10年法律第99号〕2条1項9号の適用事案に係る昭和36年最判及び昭和39年最判参照。なお,同項10号〔現行商標法4条1項13号に相当〕の適用事案に係る最高裁昭和43年11月15日第二小法廷判決・民集22巻12号2559頁も同旨。)。本件において,上記(2)の認定事実に弁論の全趣旨を参酌すれば,審決時(平成15年8月22日)においては,集積回路等の生産とその原料である半導体ウエハの生産とは分業化が進み,少なくとも単結晶シリコンウエハについては,専業の半導体ウエハメーカーがこれを生産し,集積回路等を生産するデバイスメーカー等は,これを半導体ウエハメーカーから購入することが,半導体ウエハ取引における常態となっていたものと認めるのが相当である。 もっとも,上記(2)のイ(エ)のとおり,半導体ウエハメーカーの中には,半導体ウエハと集積回路等との双方を製造又は販売する兼業ウエハメーカーも見られるが,その数は決して多いとまではいえない上,そうした兼業ウエハメーカー中,比較的大手とみられるメーカーは,いずれも化合物半導体ウエハのみを取り扱っていることが認められる。他方,上記(2)のア(イ)のとおり,半導体ウエハの原料として,最も広く用いられているのはシリコンであり,シリコンは,半導体産業を支える「主要材料」ないし「代表選手」であるとされ,市場実績でも単結晶シリコンウエハと化合物半導体ウエハとの間には5倍以上もの大差があり,化合物半導体ウエハの日本市場の規模は,単結晶半導体ウエハを含めた半導体ウエハ日本市場全体の約15%を占めるにすぎないことからすれば,結局,上記兼業ウエハメーカーの存在を考慮しても,半導体ウエハという商品全体について,それと集積回路等の電子応用機械器具とが,通常,同一営業主により製造又は販売される関係にあるとまでは認められないというべきである。 そして,半導体ウエハは,一般需要者向けの商品ではなく,半導体ウエハの需要者はデバイスメーカー等であること,半導体ウエハや半導体素子の品質及び歩留まりは,ナノ(10−9)メートル・オーダーの極微の世界で制御されるため,半導体ウエハに対する一連の加工は,大気中の微粒子を極限までろ過し,温度,湿度も制御されたクリーン・ルーム内でしか行うことができないから,その取引当事者は,こうしたクリーン・ルーム設備を保有する者だけに限られることは,当事者間に争いがない。これらの諸事情を総合考慮すれば,半導体ウエハと集積回路等の電子応用機械器具とについて,同一又は類似の商標が使用されたときに,半導体ウエハの需要者であるデバイスメーカー等において,それらの商品が同一営業主の製造又は販売に係る商品であると誤認混同されるおそれはないというほかはない。」 「さらに,被告は,商標法施行令1条に規定する『商品及び役務の区分』及び日本標準商品分類における分類番号上,半導体ウエハは,集積回路等の原材料として,電子部品や電子応用機械器具の各種商品と一つの商品分野を構成するとも主張し,その主張に係る商品区分等は,上記(2)のウ(ア)のとおりである。しかしながら,商標法6条2項に基づき同法施行令1条の定める商品の区分は,出願及び審査の便宜の目的に出たものであり,商品の類似の範囲を定めるものではなく(同法6条3項),また,日本標準商品分類は,統計調査の結果を商品別に表示する場合の統計基準として設定されたもの(乙8の1頁)であって,商標法4条1項11号に規定する指定商品の類否を判断する上で何ら拘束力を有するものではないから,いずれも上記(3)の判断を左右するものではない。」 「以上によれば,本願商標の指定商品である『半導体ウエハ』は,引用商標2及び3の指定商品のうち,『電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)』中の各種商品と類似する商品であるとした審決の判断は誤りというほかはなく,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,原告の取消事由2の主張は理由がある。」 と判示して,原審決を取り消しました。 |
4.検討 |
本事件では,商標法第4条1項11号所定の指定商品の類似の有無,より具体的には第9類の「電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く)」と「半導体ウェハ」の類似の有無が争点となりました。
「電子応用機械器具(医療機械器具を除く)」の類似群コードは11C01であり,「半導体ウェハ」の類似群コードも11C01でありますから,両者は,一般的には類似(包含)の関係にあると考えられております。 しかし,本判決は,前記引用のとおり,半導体ウェハと集積回路等の電子応用機械器具の取引の実情を検討したうえで,両者は,同一営業主により製造,販売される関係にはないとして,出所につき誤認混同されるおそれはないと判示しております。 そのうえで本判決は,「電子応用機械器具」と「半導体ウェハ」は,相互に商品として非類似であると判断いたしました。 本判決は,上記のとおり判断するにあたって,商標法施行令第1条が規定する「商品及び役務の区分」は,商品の類似の範囲を定めるものではないと規定している商標法第6条3項をも引用したうえ,上記のとおり,半導体ウェハと電子応用機械器具の取引の実情を検討したうえで,両者は非類似の関係にあると明示しております。 本判決は,指定商品の類似の有無につき,取引の実情等を検討したうえで,「商品及び役務の区分」にとらわれることなく,独自に判断を加えておりますが,今後の実務において参考になるものと考えられます。 |