知的所有権判例ニュース |
不正競争防止法2条1項14号所定の 不正競争行為性の判断が分かれた事例 |
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「東京地方裁判所 平成16年1月28日判決」 |
水谷直樹 |
1.事件の概要 |
被告ソースネクスト(株)は,指定商品を第9類中の「電子計算機用プログラムを記憶した磁気ディスク,CD−ROM,DVD−ROM及びその他の記録媒体等」とする商標「常時接楽」の登録商標を有しておりました。
原告(株)エス・エス・アイ・トリスターは,携帯電話のデータをPCで編集すること等の機能を有するPC用ソフトウェアに「携帯接楽」との商品名を付して販売していたところ,被告は,原告に対して,「携帯接楽」は,被告の商標権を侵害する旨の文書を送付し,これと共に,同文書の写しを,PC用ソフトウェアの大手流通卸業者であるソフトバンクコマース(株),(株)コンピュータウェーブの2社に対して示しました。 被告は,これと共に,原告が「携帯接楽」を販売することは,被告の著作権を侵害する旨の通知書を,原告の取引先であるヨドバシカメラほか20社に対して送付しました。 そこで,原告は,被告に対して,被告の上記行為は,不正競争防止法2条1項14号所定の「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し,又は流布する行為」に該当するとして,損害賠償の支払いを求めて,平成14年に,東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。 |
2.争点 |
本件事件での争点は,
《1》 被告が,ソフトバンクコマース(株)及び(株)コンピュータウェーブに対して,原告のソフトウェアの商品名「携帯接楽」が,被告の商標権を侵害する旨を記載した通知書の写しを示した行為は,不正競争行為に該当するか 《2》 被告が,原告のPC用ソフトウェア「携帯接楽」は,被告の著作権を侵害すると原告の取引先計21社に対して通知したことは,不正競争行為に該当するか の2点でした。 |
3.裁判所の判断 |
東京地方裁判所は,平成16年1月28日に判決を言い渡しましたが,上記《1》の争点につき,
「本件商標は,『常時接楽』という漢字4文字を横書きしたものである。そして,本件商標の指定商品の種類・内容等からその需要者の多くはインターネットの利用者であると認められること,『常時接続』という語は,インターネットに24時間接続できる(する)ことを意味する言葉として,インターネット利用者の間に広く知られていることを併せ考えれば,本件商標が指定商品に使用された場合,需要者は,本件商標の『常時接楽』を,『常時接続』の『続』の文字を『楽』に置き換えて作成した一体的な造語であると認識するものと認められる。そうすると,本件商標は,『常時接続』の全体が需要者の注意を惹くものと解される。」 「前記認定のとおり,本件商標の『常時接楽』は一体的な造語として認識されるから,『ジョージセツラク』との称呼を生じるのに対し,原告標章の要部からは『ケイタイセツラク』の称呼が生じるから,両者は,称呼において相違する。また,本件商標は『常時接続』という用語を想起させる言葉であるから,その連想から『常に接続して楽しい』といった観念が生じるのに対し,原告標章は原告商品の内容・用途等から『携帯電話に接続して楽しい』又は『携帯電話に接続して楽だ』との観念が生じるから,両者は,観念において相違する。さらに,両者は漢字4文字のうち2文字が共通するにすぎないから,両者は外観において相違する。 以上のとおり,本件商標の要部と原告標章の要部とは,称呼,観念,外観のいずれも異なるから,原告標章は本件商標に類似しない。」 「そこで,被告の上記告知行為が不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に当たるか否かについて検討する。そして,当裁判所は,以下の理由から,被告の上記告知行為は不正競争行為には当たらないと解する。 すなわち,《1》前示のとおり,原告標章は本件商標に類似するものではないが,『常時接楽』(本件商標)と『携帯接楽』(原告標章)とは,両者とも造語である『接楽』の部分が共通し,異なるのはいずれも一般名詞である『常時』及び『携帯』の部分であることからすれば,被告が,原告標章が本件商標に類似するとして,原告商品1の発売が本件商標権の侵害となると判断したことには,相応の根拠があること,《2》被告の上記告知行為は,本件通知書を原告に送付した後に,その内容を特定の取引先に説明するために行われたものであること,告知の内容は,被告が本件商標権を有すること及び本件商標と原告標章とを具体的に示して両者が類似する点を指摘し,概要その点に限られていたことに照らすと,被告の上記の告知行為は,その態様及び内容において,社会通念上,著しく不相当と解することはできないこと,《3》被告の上記告知行為の対象は,多数の小売店に対してではなく,大手の流通卸業者であるソフトバンクコマース社等の2社に限られていたこと,《4》同2社は,いずれも,大手のパソコンソフト製品の流通卸業者であるため,上記告知に係る商標権侵害に関しては,当然に訴訟の相手方になることも想定できる立場の者であること等の諸事情が認められる。これらの諸事情を総合考慮すると,被告が行った上記告知行為は,本件商標権に基づく権利行使の目的で行われた行為であると評価して差し支えない。したがって,被告の上記告知行為は不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為には当たらないと解される。」 と判示して,不正競争行為該当性を否定し,次に上記《2》の争点については,原告の「携帯接楽」のソフトウェアは,被告の著作権を侵害しているものではないことを,具体的に認定したうえで, 「以上のとおり,原告が原告商品2を販売する行為は,被告が携快電話6について有する著作権の侵害とはならない。そして,原告と被告とはともにパソコン用ソフトウェアを販売する競業者であるから,被告が,原告の取引先であるヨドバシカメラ及び別紙『ソースネクスト社妨害行為履歴』記載No.2ないしNo.21の小売店に対し,原告商品2は被告の携快電話6についての著作権を侵害している旨告知したことは,その内容,態様等を総合考慮すると,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に当たると解すべきである。」 と判示して,こちらについては不正競争行為該当性を肯定して,結論として原告の請求を一部認容いたしました。 |
4.検討 |
本事件は,被告が,原告のソフトウェア「携帯接楽」は,被告の商標権,著作権を,それぞれ侵害しているとして,原告以外の第三者に対して,その旨を告知したことが,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するか否かが争われました。
判決の結論は,商標権侵害に関する告知は不正競争行為に該当せず,著作権侵害に関係する告知は,これに該当するというものでした。 このように結論が分かれた理由としては,判決中の判示によると,商標権侵害の告知は, イ.結論は非侵害であるが,侵害と判断したことにも相応の根拠があること ロ.被告による告知は,まず,原告に対してなされ,その後に原告の特定の取引先2社に対して行われており,態様及び内容において,社会通念上不相当とまでは言えないこと ハ.告知先は大手の流通卸売業者2社のみであること ニ.大手の流通卸売業者は,訴訟の相手方にもなり得る当事者に近い立場であったこと 等の事情があったため,結論として,14号所定の不正競争行為には該当しないと判断されました。 これに対して,著作権侵害の告知については,原告の商品を扱っている小売店21社に対して行われたことから,その内容,態様を考慮すると,14号所定の不正競争行為に該当すると判断されております。 上記のとおり,本判決では,商標権侵害の告知と著作権侵害の告知について,評価が分かれております。このことは,告知の前提となった事実関係,すなわち,告知の相手方の当事者性,告知の内容,態様等の個別の事情が異なっていたためであると考えられます。 このことからも明らかなとおり,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するか否かは,侵害の告知の事実のみから判断されるものではなく,これに関係する個別の事情を勘案したうえでなされるものです。 本事件は,この点において,今後,実務で参考になるものと考えられます。 |