発明 Vol.101 2004-4
知的所有権判例ニュース
職務発明の相当な対価が
604億円超であるとされた事例
「平成16年1月30日 東京地裁判決 平成13年(ワ)17772号事件」
生田哲郎 高橋淳
1.事件の概要

(1) 本件は,青色LEDに関する世界的大発明(以下「本件特許発明」)を職務発明として行った原告が,本件特許発明について特許を受ける権利の会社への承継に係る相当対価の一部請求として,200億円及び遅延損害金の支払い等を求めた事例であり,その認容額が空前絶後の金額であったことから,世間の注目を大いに集めたものです。
(2) 本件特許発明は,窒化物半導体結晶膜(青色LED)の成長方法に関するものであり,その特許請求の範囲の記載は以下のとおりです。
 「加熱された基板の表面に,基板に対して平行ないし傾斜する方向と,基板に対して実質的に垂直な方向からガスを供給して,加熱された基板の表面に半導体結晶膜を成長させる方法において,基板の表面に平行ないし傾斜する方向には反応ガスを供給し,基板の表面に対して実質的に垂直な方向には,反応ガスを含まない不活性ガスの押圧ガスを供給し,不活性ガスである押圧ガスが,基板の表面に平行ないし傾斜する方向に供給される反応ガスを基板表面に吹き付ける方向に方向を変更させて,半導体結晶膜を成長させることを特徴とする半導体結晶膜の成長方法」。

2.裁判所の判断

(1) 相当の対価算定の一般論
 本判決は相当の対価算定の一般論につき以下のとおり判示しています。
 まず,本判決は,相当対価の算定方法に関し,使用者が職務発明に関する権利を承継することによって受けるべき利益(特許法35条4項)とは,特許権を取得することにより当該発明を独占することによって得られる利益(「独占の利益」)と解するのが相当であるとしています。
 次に,「独占の利益」の意義について,使用者が当該発明を他社に実施許諾している場合と実施許諾していない場合とに分けて論じています。すなわち,前者については,実施許諾により得られる実施料収入が独占の利益に該当すると述べています。そして,後者については,特許権の効力として他社に当該特許発明の実施を禁止したことに基づいて使用者があげた利益が独占の利益に該当すると述べています。より具体的には,《1》使用者が他社に実施許諾した場合と比較して,これを上回る売上高(以下「超過売上高」)を得ているとすれば,超過売上高に基づく収益が独占の利益に該当するとし,また,《2》他社に実施許諾をした場合を想定し,その場合に得られる実施料収入として,独占の利益を算定することもできると判示しています。
 続いて,独占の利益に発明者の貢献度を乗じることにより職務発明の相当対価が算定されると述べています。
 また,独占の利益は,中間利息を控除して,職務発明の対価の支払時期における金額として算定するのが相当であると判示しています。
(2) 本件における検討
 ア 独占の利益
 まず,本判決は,本件特許発明が,高輝度青色LED及びLDの製造のためのGaN系半導体結晶膜を成長させるに当たって決定的な役割を果たす技術であることから,競業他社に対して本件特許発明の実施を禁止することにより,被告会社が高輝度青色LED(発光ダイオード)及びLD(レーザーダイオード)市場において競業他社に対して優位な立場を獲得していることは,優に認められると述べています。
 次に,本判決は,独占の利益を算定する前提として,本件特許権存続期間中の被告会社におけるGaN系LED及びGaN系LDの売上高(以下「被告会社の売上高」)を認定しています。これには本件特許権の存続期間満了年次である平成22年までの分(将来分)も含まれています。
 続いて,本判決は,被告会社の超過売上高を被告会社の売上高の2分の1を下回るものではないと認定しています。
 さらに,本判決は,独占の利益を算定する方法として,《1》被告会社が超過売上高から得る利益を算定する,《2》競業他社(豊田合成及びクリー社)に本件特許発明の実施を許諾した場合に得られる実施料収入により算定する,という2つの方法が考えられると述べています。その上で,本判決は,《1》の方法につき,超過売上高の利益率並びにLED及びLDの分野の他の特許との関係で各製品において本件特許発明の占める寄与率を明らかにする証拠がないこと,将来の設備投資や資金調達のリスク等を考慮する必要があること,を指摘し,《2》の方法を採用しました。
 そして,本判決は,被告会社が市場における優位性を保っている理由が本件特許発明を独占していることにあることなどを考慮し,本件特許発明を仮に豊田合成及びクリー社に対して実施許諾する場合の実施料率(以下「仮想的な実施料率」)は,少なく見積もっても,豊田合成及びクリー社の仮想的な売上高(以下「仮想的な売上高」)の20%を下るものではないと判断しました。
 以上の検討に基づき,本判決は,以下の算式のとおり,独占の利益を1208億6012万円と算定しました。
 1兆2086億127万円×1/2×0.2
 =1208億6012万円
 イ 発明者の貢献度
 本判決は,被告会社には,青色LED開発に必要な技術の蓄積が全くなかった一方,被告会社が行った具体的貢献としては,原告の米国留学費用を負担したこと,初期設備投資の費用を負担したこと,実験研究開発コストを負担したこと,直ちに利益をもたらす見込みのつかない青色LEDの研究に没頭する原告に対し,結果として会社の実験施設等を自由に使用することを容認し,補助人員を提供したことなどが挙げられるにすぎないことを指摘した上で,本件特許発明は,小企業の貧弱な研究環境の下で,従業員発明者が個人的能力と独創的な発想により,競業会社をはじめとする世界中の研究機関に先んじて,産業界待望の世界的発明を成し遂げたという,職務発明としては全く稀有な事例であり,原告の貢献度は少なくとも50%を下回らないと判断しました。なお,本判決は,被告会社による特許出願後の対応や本件特許発明の事業化における努力などの本件特許発明がなされた後の事情は,そもそも使用者会社の貢献度として考慮される事情にあたらないと述べています。
 ウ 相当対価
 以上の検討に基づき,本判決は,以下の算式のとおり,相当対価を604億3006万円(ただし,1万円未満切り捨て)と算出しました。
 1208億6012万(円)×0.5
 =604億3006万円

3.検討

(1) 本判決の一般論について
 本判決の一般論は,従来の裁判例の見解を整理したものであり,異論は少ないと思われます。特に,本件のような,第三者に対する実施許諾を行っていない場合,独占の利益を算定する方法として,超過売上高による利益として把握する方法と仮想実施料収入として把握する方法の2つがあることを明示した点や,前者の方法と後者の方法との比較を行っている点などは,今後の同種事案の処理に参考になると思料します。
(2) 本判決の理由づけ及び結論について
 以上のように,本判決の一般論は正当と思われるにもかかわらず,本判決の結論に対しては,高額すぎるとの批判が相次いでいます。そこで,以下,本判決が本件特許発明の相当対価を604億円超と認定したプロセスを検証してみます。
 本判決の枠組みによると,相当対価を決定する変数は,《1》競業会社の仮想的な売上高,《2》仮想的な実施料率,及び《3》発明者の貢献度の3つです。
 まず,《1》の競業会社の仮想的な売上高は,本件特許権の存続期間における被告会社のGaN系LED及びGaN系LDの売上高に0.5を乗じて算出されていますが,0.5を乗じる理由は定かではなく,競業会社の仮想的な売上高を高く見積もりすぎているのではないかとの疑問はぬぐえません。
 次に,《2》の仮想的な実施料率については,20%という異例に高い率が認定されています。本判決は,被告会社が市場における優位性を保っている理由が本件特許発明を独占していることにあることなどを考慮して,20%という数値を認定しておりますが,仮に本判決が認定したような事情が存在するとしても,何故に実施料率が20%なのか(5%又は10%では何故いけないのか)についての説明が不足していることは否めません。
 さらに,《3》の発明者の貢献度についても,50%という異例に高い率が認定されています。確かに,本判決が認定した事実を前提とすると,原告の貢献度は同種案件に比して高いといわざるを得ませんが,何故に50%なのか(30%又は40%では何故いけないのか)についての説明が不足していることは否めません。
 そもそも,本件特許発明が,小企業の貧弱な研究環境の下で,従業員発明者が個人的能力と独創的な発想により,競業会社をはじめとする世界中の研究機関に先んじて成し遂げられた,産業界待望の世界的発明であったとしても,1個人に604億円超の報酬を与える結論は,発明を職務としない他部門の従業員との不公平感を助長し,使用者の研究開発や事業化に対する意欲を阻害し,結局,特許法の目的である,「発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与すること」(特許法1条)に反するものであるとの強い批判が当然あるのではないでしょうか。また,仮に原告が個人の発明家として本件特許発明を行っており,本件特許発明に係る権利を被告又は競業会社に譲渡したとするならば,604億円超の対価を得られた可能性は通常あり得ないと考えられることに照らしても,本判決の結論は相当ではないといえましょう。すなわち,競業会社の仮想的な売上高,仮想的な実施料率,及び発明者の貢献度のいずれか(又は全部)の認定に何らかの誤りがあったと思われます。



いくた てつお 1972年東京工業大学大学院修士課程を修了し,メーカーに技術者として入社。82年弁護士・弁理士登録後,もっぱら,国内外の侵害訴訟,ライセンス契約,特許・商標出願,異議等の知的財産権実務に従事。この間,米国の法律事務所に勤務し,独国マックス・プランク特許法研究所に滞在。
たかはし じゅん 東京大学理科II類・経済学部にて学んだ後,司法試験に合格。1998年弁護士登録。2002年弁理士登録。2002年慶應義塾大学にて先端科学技術研修(バイオ)を修了。特許訴訟その他の知的財産法務,不動産その他の資産流動化・証券化,及びベンチャー企業支援を専門とする。