知的所有権判例ニュース |
商標権の行使が権利の濫用であると 認められた事例 |
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「東京高等裁判所 平成15年11月27日判決」 |
水谷直樹 |
1.事件の概要 |
原告ダイワ企業(株)は,指定商品を「旧第22類−はき物(運動用特殊ぐつを除く),かさ,つえ,これらの部品及び附属品」とする商標「KELME」の商標権者であるところ,被告トータス(株)は,原告商標と同一又は類似の商標を付したフットサル用シューズを,スペインのアバディン社から我が国に輸入をして,販売しておりました。
そこで,原告は,被告の上記行為は,原告の商標権を侵害しているとして,平成14年に,被告商品の販売の差止めを求めて,東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。 東京地方裁判所は,平成15年6月30日に判決を言い渡し,原告の商標権行使は,権利の濫用に該当するとして,原告の請求を棄却いたしました。 そこで,原告が東京高等裁判所に控訴したのが,本事件です。 |
2.争点 |
本事件の争点は,控訴人の上記商標権の行使が,文字どおり,権利の濫用に該当するのか否かとの点でした。
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3.裁判所の判断 |
東京高等裁判所は,平成15年11月27日に判決を言い渡しましたが,上記の争点につき,
「控訴人は,原判決が次の《1》ないし《4》の事情を挙げ,これを根拠に控訴人が不当な目的をもってタイセイから本件商標権を譲り受けた,と認定判断したのは誤りである,と主張する。 《1》 控訴人は,平成6年3月以降,スペインのアバディン社グループからKELME商品を輸入し,これを日本において販売していたが,アバディン社グループから平成7年12月以降の取引を拒絶されたため,以後アバディン社グループからKELME商品の輸入ができなくなったこと 《2》 控訴人は,KELME商品を輸入するに当たり,タイセイから,同社が既に取得した本件商標権についての専用使用権の設定を受け,その後,平成8年5月8日に,タイセイから本件商標権を譲り受け,同年10月21日,その登録をしたこと 《3》 控訴人は,自らが開設したホームページ上で,KELME商標について,『スペインのブランド。サッカーのユニフォームでも有名。』と記載し,あたかも,控訴人の扱っている商品がアバディン社グループのKELME商品と関連があるかのような説明をしていること 《4》 控訴人は,KELME商品の輸入,販売をしていた平成6年8月11日,『KELME』の文字及び動物の足跡の図形から構成される商標についても登録出願をし,平成9年1月31日にその登録を受けたこと」 を挙げたうえで,上記のうち《1》について, 「控訴人は,平成7年に,アバディン社の許諾なく中国においてKELME商品の製造を発注し,アバディン社から中国におけるKELME商品の製造を中止するよう要請されたのに対し,これを拒絶したため,アバディン社グループからKELME商品の取引を拒絶されたものであることが認められる。・・・・・・控訴人は,いわば,アバディン社のKELME商品の我が国内における販売店ともいえる立場に立っていた者であるということができるから,信義則上,アバディン社の許諾を得ない不真正商品については,その製造及び流通を阻止すべき義務を負っていたものと解するのが相当である。このような立場にある控訴人が,自らアバディン社の許諾なく,上記のとおり少なくとも相当程度の利用価値のある商標としてスペインで知られていたKELME商標を付したKELME商品の不真正商品の製造を第三者に発注することは,正に上記の信義則上の義務に違反する行為であることが明らかである。控訴人が,アバディン社グループからの不真正商品の製造の中止要請を拒絶したことは,控訴人が前記不当な目的を有していたことを根拠付ける有力な事実である,というべきである。」 と認定し,上記《2》については, 「控訴人は,本件商標権につき専用使用権の設定を受けたのは,KELME商品の輸入販売に際し商標権侵害の事態を避けるためであったと主張する。ここにいうKELME商品の輸入販売とは,アバディン社グループからの輸入販売を指すものと解することができる。そうであれば,このような意図で,専用使用権の設定を受けておきながら,前記のとおり,この専用使用権を根拠に不真正商品の製造を第三者に発注することは,控訴人の不当な目的を根拠付ける有力な事実である,というべきである。・・・・・・控訴人は,平成8年に本件商標権を譲り受けたのは資金難に陥っていたタイセイの依頼に基づき,その資金調達に協力するためであって,何ら不当な利益を得るためではない,と主張する。しかしながら,本件商標権譲受けについての,タイセイの資金調達への協力という理由の存在は,他の理由の存在を排斥するものではない。仮に,本件商標権を譲り受けた理由の少なくとも一つとしてタイセイの資金調達への協力があるとしても,そのことは,控訴人が不当目的によって譲り受けたことを,他の事情から認定することを妨げるに足るものではないことが,明らかである。」 と認定し,上記《3》については, 「控訴人のホームページに,KELME商標について『KELME(ケルメ)スペインのブランド。サッカーのユニフォームでも有名。』との記載があることが認められ,同記載は,これに接した取引者・需要者により,控訴人の扱っている商品がアバディン社の扱っているKELME商品と関連があるかのように受け取られるものであることが明らかである。」 と認定し,最後に上記《4》については, 「控訴人は,被控訴人が日本においてKELME商品を販売開始する以前から,本件商標の宣伝広告に努め,販路を拡大しながら,日本での周知性を獲得してきたものであり,自らKELME商標について登録出願をし,商標登録を受けたのは,新たな商品を開発し,KELME商品を拡大したいとの趣旨にほかならず,不当な目的に基づくものではない,と主張する。 しかしながら,被控訴人が,アバディン社グループからKELME商品を輸入販売する以前から,日本国内においてKELME商品の宣伝広告に努め,日本において周知性を獲得したことを認めるに足りる証拠はない。」 と認定して,結論として,控訴人の控訴を棄却いたしました。 |
4.検討 |
本判決は,控訴人による商標権の行使が,原判決が認定をした個別の事情を前提とした場合には,権利の濫用に該当することを,控訴審として認めた判決であります。
商標権の行使が権利の濫用に該当するのか否かに関しては,商標権に無効事由が内在していることが明らかな場合に,当該商標権の行使を,権利の濫用として排斥するという最高裁判所のキルビー特許判決以来の判断の枠組みが実務に定着してきております。 この場合の権利濫用論は,権利に無効事由が内在していることが明らかな場合に,当該権利の行使を権利濫用として排斥するという,いわば類型的な権利濫用論を前提にしております。 これに対して,本判決が判示している権利濫用論は,このような類型的な権利濫用とは異なり,個別の事情を積み上げた結果を前提として,個別の利益衝量に基づき判断を行う場合の権利濫用論であります。 従って,この場合には,個別の事情いかんで,権利濫用の有無の結論が左右されることになるといってよいと考えられます。 ここで,本件において,判決中の事実認定の内容を前提とした場合には,控訴人の商標権行使が権利の濫用に該当することについては,結論として肯定してよいものと考えられます。 本事件は,個別の利益衝量に基づき,権利の濫用を肯定した事例として,今後の参考になるものと考えられます。 |