発明 Vol.101 2004-1
知的所有権判例ニュース
ウェブ上の広告の著作権侵害が認められた事例
「東京地方裁判所 平成15年10月22日判決」
水谷直樹
1.事件の概要

 原告エン・ジャパン(株)は,(株)シャンテリーから,同社の転職情報に関する広告の作成,およびこれを原告のウェブサイト上にアップロードすることの依頼を受け,実際に広告を作成のうえで,ウェブサイト上に掲載しました。
 一方,(株)シャンテリーは,被告イーキャリア(株)に対しても,同様の広告の作成および被告のウェブサイト上にこれを掲載することを依頼し,被告は同広告を作成して,被告ウェブサイト上にアップロードしました。
 原告は,被告に対して,被告が作成した広告は,原告が作成した広告の無断複製物であるから,原告の著作権を侵害していると主張して,平成14年に,被告広告のアップロードの差止め,損害賠償の支払いを求めて,東京地方裁判所に訴訟を提起しました。

2.争点

 本事件で争点となったのは,
《1》 原告が作成した転職情報に関する広告は,著作物であるといえるのか
《2》 上記広告が著作物であるとした場合に,著作者は原告か,(株)シャンテリーであるのか
《3》 被告が作成した広告は,上記広告の無断複製物であるのか
 でした。

3.裁判所の判断

 東京地方裁判所は平成15年10月22日に判決を言い渡しましたが,まず,上記《1》の争点について,
「著作権法による保護の対象となる著作物は,『思想又は感情を創作的に表現したもの』であることが必要である(法2条1項1号)。『思想又は感情を表現した』とは,単なる事実をそのまま記述したようなものはこれに当たらないが,事実を基礎とした場合であっても,筆者の事実に対する何らかの評価,意見等を表現しているものであれば足りるというべきである。また,『創作的に表現したもの』というためには,筆者の何らかの個性が発揮されていれば足りるのであって,厳密な意味で,独創性が発揮されたものであることまでは必要ない。他方,言語からなる作品において,ごく短いものであったり,表現形式に制約があるため,他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合には,筆者の個性が現れていないものとして,創作的な表現であると解することはできない。」
 「原告が掲載した転職情報は,シャンテリーの転職情報広告を作成するに当たり,同社の特徴として,受注業務の内容,エンジニアが設立したという由来などを,募集要項として,職種,仕事内容,仕事のやり甲斐,仕事の厳しさ,必要な資格,雇用形態などを,それぞれ摘示し,また,具体的な例をあげたり,文体を変えたり,『あくまでエンジニア第一主義』,『入社2年目のエンジニアより』などの特徴的な表題を示したりして,読者の興味を惹くような表現上の工夫が凝らされていることが認められる。」
 「原告転職情報の各部分はいずれも読者の興味を惹くような疑問文を用いたり,文章末尾に余韻を残して文章を終了するなど表現方法にも創意工夫が凝らされているといえるので,著者の個性が発揮されたものとして,著作物性を肯定すべきである。」
と判示し,上記《2》の争点については,
 「著作者とは『著作物を創作する者』をいい(法2条1項2号),現実に当該著作物の創作活動に携わった者が著作者となるのであって,作成に当たり単にアイデアや素材を提供した者,補助的な役割を果たしたにすぎない者など,その関与の程度,態様からして当該著作物につき自己の思想又は感情を創作的に表現したと評価できない者は著作者に当たらない。そして,本件のように,文書として表現された言語の著作物の場合は,実際に文書の作成に携わり,文書としての表現を創作した者がその著作者であるというべきである。」
 「原告転職情報は,原告の従業員である執筆を担当するQらが,シャンテリーの代表者であるMらに対してしたNらの取材結果に基づいて,同社の特徴を際だたせ,転職希望者が集まるように,キャッチコピーや文面を創作したものである。したがって,原告転職情報の著作者は原告であると認められる。」
と判示し,更に上記《3》の争点については,
 「原告転職情報と被告転職情報とを対比すると,ひらがなと漢字の用字上の相違,『です,ます』等の文章末尾の文体上の相違,数字上の相違が認められるが,実質的に同一であるということができるので,後者は前者の複製物と認められる。
 したがって,被告転職情報A,Bを被告ウェブサイトに掲載する行為は,原告転職情報について有する原告の著作権(複製権,翻案権,送信可能化権)を侵害する。」
と判示して,被告による原告著作権の侵害を認めました。

4.検討

(1) 本事件は,ウェブ上の広告の著作物性が問題になった事案です。
 広告は,商品内容等の事実を伝えることを主としておりますから,単に事実をそのまま表現した場合には,著作物性を認めることが困難である場合も,なしとはしないものと考えられます。
 しかし,本事件では,広告文に表現上の工夫がなされていること,筆者の個性が発揮されていることが認定されており,結果として著作物性が認められております。
 本判決末尾の対照表によりますと,原告の広告文中には,例えば,
 「エンジニアと正面を向き合うシャンテリーの姿勢は,M代表の考えから生まれたものです。
 もともとMは大手ソフトウェアハウスでエンジニアとして活躍。キヤノンのグループ会社『キヤノテック』の前身となる企業の設立メンバーでした。その後,規模の小さなソフトウェアハウスへ移り取締役常務に就任。
 しかしこの会社のトップはエンジニアへの理解が浅く,技術畑出身のMとは考え方が異なっていました。『エンジニアの気持ちはエンジニアにしか理解できない』そう思ったMは平成10年,シャンテリーを設立したのです。だからこそ当社ではまずエンジニアとじっくり話し合いを持つことからはじめます。開発分野だけでなく賃金や待遇面に至るまで,とことん話し合って納得の上で条件を提示。ここまで『ひと』にこだわるのはシャンテリーだけだろう,と自負しています。」
 というような文章が含まれており,本判決は,このような部分に着目をして,原告の広告には作成者の個性が発揮されているとして,著作物性を認めており,妥当な認定であると考えられます。
(2)次に,本判決は,原告広告の著作者についても認定しており,原告広告は,原告の担当者が,(株)シャンテリーの代表者をインタビューした結果をまとめて,文章として作成したとして,広告の著作者は原告であると認定しており,上記(1)同様に妥当な結論であると考えられます。
(3) 最後に,本判決は,原告広告と被告広告の同一性の有無についても判断しておりますが,両者は,かなと漢字の用字上の相違,「です,ます」等の末尾の文体上の相違程度しか異なっていないと認定されており,このことを前提として,著作権侵害が認められております。
(4) 本判決では,ウェブ上の広告について,表現上の工夫がなされており,筆者の個性が発揮されていると認められる場合には,著作物性が認められることが判示されております。
 このことは,当然ともいえることではありますが,広告を巡る紛争において,今後の参考になるものと考えられます。


みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。