知的所有権判例ニュース |
刺しゅう糸に付された商品用の色番号の 商品表示性が否定された事例 |
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「名古屋地方裁判所 平成15年7月24日判決」 |
水谷直樹 |
1.事件の概要 |
原告パールヨット(株)は,縫糸類の製造,販売を主要な業務としており,被告丸糸(株)は,繊維製品の製造,販売を主要な業務としておりました。
原告は,その製造,販売にかかる刺しゅう糸に対して,刺しゅう糸の色ごとに4桁の数字からなる色番号を付して販売しておりました。 これに対して,被告も,その輸入にかかる刺しゅう糸に色番号を付して販売するようになり,原告の色番号とは一部異なるものがあるものの,基本的には同一色につき,原告が採用した色番号と同一の4桁の数字を与え,この4桁の数字の冒頭にアルファベットのMを加えた色番号を付して,刺しゅう糸を販売しておりました。 そこで,原告は,被告に対して,被告の上記販売行為は,不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争行為に該当すると主張して,被告の行為の差止め,損害賠償の支払いを求めて,平成15年に,名古屋地方裁判所に訴訟を提起いたしました。 |
2.争点 |
本事件での争点は,
《1》 上記色番号は原告の商品表示に当たるか 《2》 上記色番号は原告の商品表示として周知性を有しているか 《3》 被告の色番号は原告の商品との間で混同を生じさせているか でした。 |
3.裁判所の判断 |
名古屋地方裁判所は平成15年7月24日に判決を言い渡しましたが,上記のうち《1》の争点について,
「(1) 法2条1項1号の定める『商品表示』とは,商品の出所を示す表示をいい,取引者若しくは需要者が商品に付されている表示により,特定人の製造・販売に係る商品であることが認識でき,これと他の第三者の商品とを区別するに足りる自他識別力を備え,あるいは,それが自己のものであることを表示する出所表示機能を備えているものをいう。」 「(2)・・・・・・原告は,長年,原糸の製造販売を業としているところ,かねてから多種類の色の刺しゅう糸を番号によって容易に特定,識別し得るように,色の種類ごとに4桁の数字から成る色番号(本件色番号)を付し,それを刺しゅう糸を巻いた紙管に表示し,さらに本件色番号を同系色が近い位置になるように配列した色見本帳を作成している事実が認められ,これによれば,原告の刺しゅう糸を購入しようとする需要者は,原告(若しくは原告の商品のみを取り扱う業者)に対して,ある色番号を示すことにより,必要な色の刺しゅう糸を特定,識別することが可能となっていると推認できる。 しかしながら,他方,前掲各証拠等によれば,原告が用いている本件色番号は,原告が製造販売する刺しゅう糸の色の種類ごとに付された4桁の数字(700種類)であって,その前後に何らの表記がなく,その字体にも格別特色があるわけではなく,その配列等についても同系色についておおよそ近似した数字を付してあるにとどまり,その表示に独特の工夫をこらして案出されたものとはいえないことが認められる。そうすると,本件色番号は,つまるところ,単なる4桁の数字が色の種類に応じて付されているに止まるから,両者の対応関係には取引上の有用性が存在するものの,個々の色番号自体にいわゆる特別顕著性を認めることはできない。したがって,本件色番号について,他の第三者の商品とを区別するに足りる自他識別力(特別顕著性)ないし出所表示機能を有すると認めることはできない。」 「(3) この点について,原告は,長年の販売努力により,遅くとも平成13年春ころには,原告がそれぞれの色の刺しゅう糸に本件色番号を付していることが日本国内の取引業者に周知されるようになり,需要者の間では,単に本件色番号のみを指定して注文した場合でも,原告の製造販売する当該番号に対応する刺しゅう糸を指すものであることが認識されるに至った旨主張するところ,確かに,被告が,自分の刺しゅう糸に本件色番号と同じ数字を付していることは,一部の需要者に上記のような認識があることを推認させるといえないこともない。しかしながら,前掲各証拠等によれば,オゼキ株式会社や中村商事株式会社など,他にも4桁の数字で特定の色の糸を識別している同業者が存在すること,そもそも,本件色番号は700種類にも上ること,原告は,色見本帳を顧客に配布する以外に,4桁の数字で示され,それに対応する刺しゅう糸が原告の商品であることを強調するような宣伝は特に行っていないこと,以上の事実が認められる。そうすると,例えば,刺しゅう糸の取次業者としては,他の製造販売業者の刺しゅう糸との混同を避けるために,色番号に加えて注文先の製造業者を確認して注文を取り次いでいるものと推認することができる。以上によれば,需要者の間に,原告主張のような認識が一般的に形成されているとは認め難い。」 「(5) したがって,本件色番号は,法2条1項1号の『商品表示』に当たらないと判断するのが相当である。」 と判示して,結論として原告の請求を棄却いたしました。 |
4.検討 |
本事件では,刺しゅう糸に付された4桁の数字からなる色番号が,不正競争防止法2条1項1号所定の商品表示に当たるのか否かが争われました。
本判決は,この点につき,色番号には取引上の有用性が認められるものの,特別顕著性ないしは出所表示性までは認められないと判示しております。 上記判断は,医療用漢方製剤に付された商品番号の商品表示性を否定した,同じ名古屋地裁の昭和57年9月29日付決定における判断と,ほぼ同様の判断であると考えられます。 色番号ないしは商品番号は,もともと商品に付された整理番号にすぎませんから,これが商品表示に当たると認められるためには,上記番号それ自体が,商品名と同様の出所表示性を獲得するにいたっていることが必要であることはいうまでもありません。 換言すれば,色番号ないし商品番号が,商品の注文の際に,注文したい商品を特定するための符丁のように使われているに止まっているというのであれば,商品表示性を認めることは困難ということになるものと考えられます。 本判決においては,色番号が商品表示性を獲得したと言えるまでの事実関係は認められないと認定され,上記のとおりの結論にいたったものです。 本判決は,今後の類似事案において参考になる判決であると考えられます。 |