知的所有権判例ニュース |
均等論の適用が認められた事例 |
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「平成15年3月26日 東京地裁判決(29部) 平成13年(ワ)第3485号事件」 |
生田哲郎 池田博毅 |
1.事件の概要 |
本件は,エアマッサージ機に関する5つの特許権を有する原告が,被告に対して,4種類の椅子式マッサージ機を製造,販売等する被告の行為が原告の各特許権を侵害するとして,その行為の差止め等と損害賠償金の支払いを求めた事案で,一部につき均等論の適用が認められた興味深いケースです。
原告の5つの特許権のうち均等論の適用が問題となった特許(特許第3012127号。以下,本件判決と同様に「本件発明1」という。)の特許請求の範囲を構成要件に分説すると,次のとおりです。 A 空気袋と,この空気袋に対してエアを給排気するエア給排気装置とからなり,前記空気袋を膨張・収縮させてマッサージを行うエアマッサージ装置であって, B 上方および前後端が開放されるとともに人体の脚部を載せる1対の凹状受部を形成し, C 前記各凹状受部の相対向する側面には空気袋をそれぞれ配設した D ことを特徴とするエアマッサージ装置。 本件では,大きく分けると,《1》4種類の被告製品が5つの原告の特許権に係る特許発明の各技術的範囲に属するか否か(特に,本件発明1については一部の被告製品について均等論の適否が争われました。),《2》先使用権の存否(一部),《3》原告の各特許における無効理由の有無,《4》損害額及び補償金額の4つが争点として争われました。 このうち,《1》の均等論に関しては,4つの被告製品のうち2つ(本件判決における「被告製品3」及び「被告製品4」)について,凹状受部の相対向する側面に配設された空気袋の一方を,チップウレタン及びウレタンフォーム(被告製品4においては,低反発ウレタン)に置換したことが,構成要件Cと均等であるか否かが問題となりました。 |
2.裁判所の判断 |
まず置換可能性について,「上記置換により,本件発明1と実質的に同一の作用効果を奏する」として,置換可能性を認めました。
次に,置換容易性については,「チップウレタンとウレタンフォームには柔軟性があることは公知であるから,被告製品の製造,販売当時に,脚載置部の一方の空気袋をチップウレタンとウレタンフォームに置換することによって,上記(a)(注:置換可能性に関する認定)のとおり,空気袋を用いた構成の場合と同一の作用効果を奏する点については容易に想到し得るものと認められる」として置換容易性を認めました。 さらに,非本質的な部分か否かについては,公知文献の記載内容に基づいて,「本件発明1は,これらの技術を前提として,凹状受部の上方及び前後端が開放されていることにより,脚部を簡単に載せることができ,凹状受部の側面の空気袋の膨張・収縮により,脚部に人手によるような充分な挟み揉み効果が得られるという目的を達成するための構成を開示していることが認められる。」としたうえで,本件発明1の特徴的部分は「上方及び前後端が開放された脚部を載せる部分の側面に,膨張及び収縮によってマッサージ作用をなし得る袋体が設けられ,脚部の両側から十分な挟み揉み作用をする構成にある。」と認定し,上記置換した点の相違部分が「発明を基礎付ける本質的な特徴部分ではない。」と認定しました。 そして,対象製品等の容易推考性,意識的除外等の特段の事情の不存在については,被告がこれらの点について争っていないこともあってか,簡潔に,本件全証拠によっても認められないと認定しました。 このようにして,上記置換された被告製品の構成は構成要件Cと均等であるとしました。 |
3.検討等 |
(1) 均等論
いわゆるボールスプライン軸受事件において,「特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく,(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,(3)右のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,(4)対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,右対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。」という最高裁判決(平成10年2月24日判決・民集52巻1号113頁)が下されました。 均等論は,文言侵害が認められない場合に主張されることがしばしばありますが,この最高裁判決以降も,均等論の適用が認められ,侵害とされたケースは決して多いとはいえません(均等論の適用が認められたケースとしては,最近の例として,大阪地判平成15.3.13があるほか,東京地判平成12.3.23〔生海苔の異物除去装置〕や大阪高判平成13.4.19〔注射液の調整方法〕等が有名です)。 本件判決では,均等論の一般論は述べられていませんが,上記最高裁判例の5つの要件に対するあてはめを行ったうえで,均等が認められています。 本件では,被告は,容易推考性や特段の事情の不存在について争っていません。しかし,被告が空気袋と置き換えたチップウレタン等が本件発明1に係る特許の出願時点で置換が容易であることが自明であったとすれば,あえて「空気袋」というクレームに限定したという点で特段の事情の存在が問題となる可能性もあったでしょう(なお,前掲大阪高判では,出願手続において,特許庁の拒絶理由通知に対する補正として追加された要件について意識的除外の議論がなされましたが,結論において特段の事情の存在は否定されました)。 他方,仮にチップウレタン等が本件発明1の出願後に公知になったとすれば,前記最高裁判決が置換容易性の判断時を侵害時とし,容易推考性の判断時を出願時としている以上,均等論の適用を免れることは難しいでしょう。 (2) 本件判決のその他の特徴 本件判決は,均等論のほかにもいくつか興味深い内容を含んでいます。 ア 補正が行われた場合の文言解釈 本件判決では,上記本件発明1とは別の発明(本件判決における「本件発明2」)の構成要件中の「互いに接近する方向に膨張する」の解釈が争点となりました。 なお,この文言は補正によって追加されたものでした。 本件判決では,この文言の解釈をするにあたり,補正が要旨変更に当たらないように理解することを前提として,「『中心線の左右に間隔をおいて,ほぼ同一の平面上に配置された空気袋によって,人体の中心線部分を挟む作用を行うこと』を指すと解すべきであって,『人体の中心線と平行し,互いに対面する2つの平面上に配置された空気袋によって,人体の側面を押圧すること』を含まないものと解するのが相当である。」と述べています。 補正等がなされた場合のクレーム解釈の手法の1つとして参考になるものと思われます。 イ 損害論 本件では,損害額の算定につき特許法102条1項が適用されていますが,原告製品についての単位数量当たりの利益の額を算定するにあたり,平均販売単価から控除すべき経費として,直接材料費のほかに原告が原告製品を増産した場合に追加的に必要となる人件費,販売経費その他の経費が考慮されています。 また,補償金額については,実施料率を「一切の事情を考慮して」5%として算定されています。 ウ 差止めの必要性 本件では,被告は,4つの被告製品のうち2つを他の2つの被告製品に設計変更して現時点では生産しておらず,また,他の2つの被告製品については平成14年7月以降生産を停止しました(と述べています)。 しかし,本件判決では,「被告による上記各設計変更ないし生産停止は,いずれも被告が本件各特許権を侵害していることを認めたからではなく,被告が,本訴が提起されたことにより取引先に混乱が生じることを防ぐために行ったものである点を考慮すると,少なくとも,被告製品3及び4については,被告が再び販売するおそれが失われたとまではいえない。」として,なお差止めの必要性を認めています。 類似の事例として,被告が現在侵害製品を製造,販売していないが,将来侵害のおそれがあるとして差止請求を認容した大阪地判平成3.3.1があります。 エ 付言 最後に,本件判決には,被告の態度についての付言が存在する点においても珍しいケースであるといえます。 |