発明 Vol.100 2003-8
知的所有権判例ニュース
作用効果不奏功の抗弁が争点となった事件
「平成14年11月22日大阪高裁判決 平成13年(ネ)3840号事件」
生田哲郎 高橋 淳
1.事件の概要

(1) 本件は,特許権者である被控訴人が,控訴人の行う,エアロゾル製剤(以下「本件製剤」)の輸入及び販売が,被控訴人の特許発明の技術的範囲に属するとして,その差止め及び廃棄を求めた事案です。控訴人が主張した作用効果不奏功の抗弁が一般論として認められるか否かについて,原審(大阪地方裁判所)と控訴審(大阪高等裁判所)との間で結論が分かれた興味深いケースです(なお,結論としては,本件製剤は本件特許発明の作用効果を奏すると認定されたため,大阪地方裁判所及び大阪高等裁判所のいずれも特許権侵害を肯定しています)。
(2) 本件特許発明は,エアロゾル製剤に関するものであり,構成要件に分説すると,以下のとおりです。
 A (a),(b)及び(c)を含んで成るエアロゾル製剤であること。
  (a) 治療的に有効量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート
  (b) 1,1,1,2-テトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンを含んで成る噴射剤
  (c) この噴射剤の中にこのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶解せしめるのに有効な量のエタノール
 B 実質的にすべてのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートがこの製剤において溶けていること。
 C この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないこと。
 D 肺,頬又は鼻への投与のためのエアロゾル製剤であること。
(3) 他方,本件製剤の構成は次のとおりですが,控訴審では,本件製剤が本件発明の構成要件をすべて充足することは当事者間で争いがないと認定されています。
 A′(a)’,(b)’及び(c)’を含んで成るエアロゾル製剤である。
  (a)’有効成分として,日局プロピオン酸ベクロメタゾンを含有している。
  (b)’噴射剤として,HFC-134aを含有している。
  (c)’エタノールを含有しており,その量は(a)’の有効成分を溶解せしめるのに足りる量である。
 B′前記(a)’の有効成分のすべてが,A′の製剤に溶けている。
 C′界面活性剤は含まれていない。
 D′気管支喘息治療剤である。
(4) 本件にはいくつかの争点がありましたが,本稿では,本件製剤が,本件発明の構成要件をすべて充足するにもかかわらず,本件発明の作用効果を奏さないことを理由として,本件発明の技術的範囲に属さないといえるか,すなわち,作用効果不奏功の抗弁が成立するか否かという争点について検討します。
(5) この点につき,控訴人は,特許発明の構成要件をすべて充足する製品であっても,特許発明の作用効果を奏しない場合には,当該製品は特許発明の技術的範囲に属さないと主張しました。大阪地方裁判所も控訴人の主張とほぼ同様の判断を下していました。
(6) これに対し,被控訴人は,特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきであるから,作用効果不奏功の抗弁は特許法70条1項の明文に反するものであり,そもそも一般論として認められないと主張しました。

2.大阪高等裁判所の判断等

(1) 技術的範囲の属否と作用効果
 特許法70条1項は,「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」と規定し,同条2項は,「前項の場合においては,願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」と規定しています。そして,特許請求の範囲の記載には,特許発明の構成要件が記載されているのですから,対象製品が特許発明の技術的範囲に属するか否かは,対象製品が特許発明の構成要件を充足するか否かで決定されるのであり,発明の詳細な説明の部分に記載される特許発明の作用効果は,特許発明の構成要件の解釈の考慮要因となるのみであって,対象製品が特許発明の作用効果を奏しないことをもって,対象製品が特許発明の技術的範囲に属さないとの結論を直ちに導くことはできない(作用効果不奏功の抗弁は認められない)と解するのが,特許法70条の文言に素直な解釈といえます。この点,「工業所有権関係民事事件の処理に関する諸問題」(法曹界)には,「発明がある作用効果を奏するものである旨特に記載されている場合に,被告製品の構成が一見特許発明の構成要件をすべて充足するように見えても,発明と同じ作用効果を奏さないならば,結局構成も異なるといわざるを得ず,被告製品は発明の技術的範囲に属するとは判断されないことになる。作用効果は,侵害の成否を判断する上で重要な間接事実であるということができる」との記述があり(111頁),また,作用効果を参酌して特許発明の構成要件を限定解釈した判例は多数あります(平成6年4月27日名古屋高裁判決(平成3年(ネ)789号)など)。
 これに対し,大阪地方裁判所は,「明細書に効果の記載があれば,その記載は特許請求の範囲の記載の解釈に当たって参酌されるべきであるとともに(70条2項参照),対象物件の構成が特許請求の範囲に記載された発明の構成要件を充足していても,発明の詳細な説明に記載された効果を奏しない場合には,対象物件が特許発明の技術的範囲に属するとすることはできないものというべきである。けだし,特許発明は,従来技術と異なる新規な構成を採用したことにより,各構成要件が有機的に結合して特有の作用を奏し,従来技術にない特有の効果をもたらすところに実質的価値があり,そのゆえにこそ特許されるのであるから,対象製品が明細書に記載された効果を奏しない場合にも特許発明の技術的範囲に属するとすることは,特許発明の有する実質的な価値を超えて特許権を保護することになり,相当ではないからである」と判示していますから,作用効果不奏功の抗弁を肯定したと評価することができます。

(2) 大阪高等裁判所の判断
 本争点に関する大阪高等裁判所の判断は3つに分けることができます。
 まず,対象製品が特許発明の技術的範囲に属するか否かの判断について,「特許法70条1項が規定するとおり,特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならず,特許請求の範囲に記載されているのは特許発明の構成要件であるから,対象製品が特許発明の技術的範囲に属するか否かは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構成要件によって定められる」と判断しました。
 続いて,「通常,当該特定の構成要件に対応して特定の作用効果が生じることは客観的に定まったことがらであり,出願者がこのようなうちから明示的に選別した明細書記載の作用効果が生じることも客観的に定まったことがらであるから,対象製品が明細書に記載された作用効果を生じないことは,当該作用効果と結びつけられた特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有していないことを意味し,又は,特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有しながら同時に当該作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有することを意味する」としました。
 さらに,「化学や医薬等の発明の分野においては,特許発明の構成要件の全部又は一部に包含される構成を有しながら,当該特許発明の作用効果を奏せず,従前開示されていない別途の作用効果を奏するものがあり,このようなものは,当該特許発明の技術的範囲に属しない新規なものといえることを理由として,このようなものについては,対象製品が特許発明の構成要件を備えていても,作用効果に関するその旨の主張により,特許発明の技術的範囲に属することを否定しうる」と判示しました。

(3) 本高裁判決の検討
 まず,第1の判断については,特許法70条1項の文言に忠実な解釈であると評価できると思われます。なお,かかる判断を前提としても,発明の作用効果を特許請求の範囲に記載したような場合には,対象製品が特許発明の作用効果を奏しない場合には,特許発明の技術的範囲に属さないことになります。
 次に,第2の判断についてですが,対象製品が明細書に記載された作用効果を生じないことが,通常,当該作用効果と結びつけられた特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有していないことを意味し,又は,特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有しながら同時に当該作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有することを意味すること自体には異論が少ないと思われます。
 これに対し,特許発明の構成要件の全部を構成として有する対象製品が,同時に特許発明の作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有する場合に,対象製品が特許発明の技術的範囲に属さないとの解釈と特許法70条1項との整合性がいかに図られるかについては,判決文からは明らかではありません。また,対象製品が特許発明の構成要件の全部を構成として有し,かつ特許発明の作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有しないにもかかわらず,当該作用効果を奏しない場合,どのような論理で特許権者敗訴の結論を導くかについても,判決文からは明らかではありません。
 最後に,第3の判断についてですが,対象製品が特許発明の構成要件を備えていても,当該特許発明の作用効果を奏せず,従前開示されていない別途の作用効果を奏する場合,対象製品が特許発明の技術的範囲に属さないことの理由は明らかではありません。「従前開示されていない別途の作用効果を奏する場合」という要件が付加されていることから,かかる判断は,原審が採用したような作用効果不奏功の抗弁とは異なるものと理解できるものの,第1の判断である「対象製品が特許発明の技術的範囲に属するか否かは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構成要件によって定められる」との解釈との整合性がないのではないかとの疑問はぬぐい切れません。

(4) 本高裁判決の射程範囲
 以上述べたように,本高裁判決が示した判断手法にはいくつかの疑問もありますので,今後の動向を慎重に見守る必要があります。もっとも,本高裁判決が存在する以上,作用効果の不奏功が争点となる事案においては,単に,作用効果が奏しない旨の主張立証だけでこと足りるとせず,併せて,(ア)当該作用効果と結びつけられた特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有していないこと,(イ)特許発明の作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有すること,又は(ウ)従前開示されていない別途の作用効果を奏すること,を主張立証しておくことが,勝訴確率を高める上で,必要であることに留意しておくべきです。また,作用効果不奏功の抗弁が成立するような場合には,そもそも,特許請求の範囲の記載に不備があるため,特許発明の範囲が充分に限定されず,必ずしも作用効果を奏さないような実施態様までも含んでしまうことが多いと思われます。このような場合には,特許請求の範囲の記載が「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を求める規定(特許法36条6項)に反することから,特許に無効理由が存在することが明らかであるため,かかる特許権に基づく権利の行使は特段の事情がない限り権利の濫用として許されないと考えられます。このように,被告としては,多面的な防御戦略に留意することが必要となります。



いくた てつお 1972年東京工業大学大学院修士課程を修了し,メーカーに技術者として入社。82年弁護士・弁理士登録後,もっぱら,国内外の侵害訴訟,ライセンス契約,特許・商標出願,異議等の知的財産権実務に従事。この間,米国の法律事務所に勤務。

たかはし じゅん 東京大学理科II類・経済学部にて学んだ後,司法試験に合格。1998年弁護士登録。2002年弁理士登録。2002年慶應義塾大学にて先端科学技術研修(バイオ)を修了。特許訴訟その他の知的財産法務,不動産その他の資産流動化・証券化,及びベンチャー企業支援を専門とする。