発明 Vol.100 2003-7
知的所有権判例ニュース
事務所設計図の著作物性の認定および
著作権侵害の判断の基準について示した事例
「平成15年2月26日東京地方裁判所判決 平成13年(ワ)第20223号」
水谷直樹
1.事実の概要

 原告(株)ベルチェアソシエイツ,被告明豊ファシリティワークス(株)は,被告フランステレコム(株)から,同社の新事務所の設計および施工の受注を競うコンペへの参加を求められ,それぞれ被告フランステレコムに対して,同新事務所用の設計図面を提出いたしました。
 上記コンペの結果,被告明豊ファシリティワークスが上記設計を受注することとなりました。
 これに対して,原告は,被告明豊ファシリティワークス作成の設計図は,原告が作成した設計図を複製または翻案したものであると主張して,被告両名に対し,損害賠償の支払いを求めて,平成13年に東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。

2.争点

 本事件での争点は,原告設計図が被告らによって複製,翻案されたのか否かでした(なお,本事件では,この点以外にも争点がありましたが,ここでは,誌面の関係で説明を省略させていただきます)。

3.裁判所の判断

 東京地方裁判所は,平成15年2月26日に判決を言い渡しましたが,上記の争点について,
 「(ア)設計図は,そのすべてが当然に著作権法上の保護の対象となるものではない。設計図が著作物に該当するというためには,その表現方法や内容に,作成者の個性が発揮されていることが必要であって,その作図上の表現方法や内容が,ありふれたものであったり,そもそも選択の余地がないような場合には,作成者の個性が全く発揮されていないものとして,著作物には当たらないというべきである。
 (イ)そこで,前記認定した事実を基礎として,原告設計図が著作物性を有するか,及び原告設計図の創作的な特徴部分はどこかについて検討する。
 上記認定のとおり,《1》原告設計図においては,特殊な形状の建物の内部設計について,顧客である被告フランステレコムから各専用部分や共用部分の種類,個数,面積,位置関係等に関して詳細な設計条件を付され,これらの設計条件に適合することが必要であるため,設計者が自由に選択できる事項としては,『各部屋及び通路の具体的形状』及び『全体の配置』などに限られていたこと,《2》原告設計図における表現方法は,ごく一般の設計図において用いられる平面的な表現方法であって,表現方法における格別の個性の発揮はないこと,《3》本件事務所を,南側壁面に沿った3つのエリアと,西側壁面に沿った細長いエリアに分けるという発想は,正にアイディアそのものであって,この点が著作権法上の保護の対象となり得る表現とはいえないこと等の点を総合考慮すると,原告設計図において,創作性のある部分は,FTJ,日本研究所及びエトラリの各専用部分や各部屋及び通路等の具体的な形状及び具体的な配置の組合せにあるということができる。
 (ウ)以上のとおり,原告設計図は,著作権法上の保護の対象となる著作物といえるが,その創作性のある部分は上記の点に限られるというべきである。
 そこで,以下,被告設計図が原告設計図の創作性のある部分について,共通するか否かを検討する。」
 「被告設計図と原告設計図を対比すると,各専用部分や通路の具体的な形状及び具体的配置の組合せにおいて大きく異なるから,被告設計図は,原告設計図と実質的に同一であるということはできず,また,原告設計図上に表現された創作性を有する特徴的部分である具体的形状及び配置の組合せを感得することもできない。
 確かに,被告設計図と原告設計図とは,全体の基本的配置,すなわち,本件事務所の南側部分を,南側壁面に沿った3つのエリア及び西側壁面に沿った南北に細長いエリアとに分け,そのうち西側壁面に沿った部分にショールーム及び会議室を配し,南側壁面に沿った3つのエリアを一番東側から順にエトラリの専用部分,FTJの専用部分,日本研究所の専用部分としたという点において,共通する。しかし,上記共通点は,原告設計図上のアイディア又は創作性を有しない部分であるというべきであるから,前記の認定を左右するものとはいえない。
 したがって,被告設計図が原告設計図の複製ないし翻案したものに該当するとの原告の主張は理由がない。」
と判断して,原告の請求を棄却いたしました。

4.検討

 本事件では,事務所用の設計図の著作物性の有無,ならびに著作物性が認められた場合の著作権侵害の有無が,問題となりました。
 設計図につきましては,著作物に該当することも少なくないとは考えられますが,事務所用の設計図のような実用的作品については,著作物性が認められる場合にも,設計図面の全体にわたって著作物性が認められることは,それほど多くはなく,設計図の図面中で創作性のある表現部分と認められた部分に限られることが少なくありません。
 このため,本判決においても,原告作成の設計図を検討して,同事務所設計図のすべてにわたってではなく,特定部分についてのみ創作性のある表現部分に該当するとの認定がなされております。
 本判決は,上記の認定を前提にしたうえで,原告作成の設計図中で,創作性のある表現部分として認定された部分が,被告作成の設計図中にも存在しているのか否かを検討し,結論として,これが存在していないことを判示しております。
 本判決は,上記の検討過程を経たうえで,原告の請求を棄却しておりますが,このような判断のプロセスは,コンピュータプログラム,設計図等の実用的な作品の著作物性の有無および著作権侵害の有無を認定するにあたって,しばしば採用される手法であるといってよいと考えられます。
 本判決は,実用的な作品の著作物性を認定する際の基準ないし手法を明示している点で,今後の実務上で参考になると考えられます。



みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。