発明 Vol.100 2003-5
知的所有権判例ニュース
コンピュータプログラムの複製権,
翻案権侵害の判断の基準を示した事例
「東京地方裁判所 平成15年1月31日判決」
水谷直樹
1.事件の内容

 原告(株)ワイビーエムは,「AutoCAD上で作動する鉄道電気設計及び設備管理用の図面作成のためのコンピュータ支援設計製図プログラム」を,JR東日本に納入していました。
 これに対して,被告佐島電機(株)も,同種プログラムをJR東日本に納入しました。
 そこで,原告は,被告に対して,被告プログラムは原告プログラムの複製権,翻案権を侵害していると主張して,被告プログラムの製造,販売の差止めならびに損害賠償の支払いを求め,平成13年に東京地方裁判所に訴訟を提起しました。

2.争点

 本事件での争点は,文字どおり被告プログラムが原告プログラムを複製,翻案したものであるのか否かの点でした。

3.裁判所の判断

 東京地方裁判所は,平成15年1月31日に判決を言い渡しましたが,まずプログラムの創作性およびプログラム相互間の同一性の有無を判断するにあたっての基準を,次のとおり判示しました。
 「プログラムは,その性質上,表現する記号が制約され,言語体系が厳格であり,また,電子計算機を少しでも経済的,効率的に機能させようとすると,指令の組合せの選択が限定されるため,プログラムにおける具体的記述が相互に類似することが少なくない。仮に,プログラムの具体的記述が,誰が作成してもほぼ同一になるもの,簡単な内容をごく短い表記法によって記述したもの又は極くありふれたものである場合においても,これを著作権法上の保護の対象になるとすると,電子計算機の広範な利用等を妨げ,社会生活や経済活動に多大の支障を来す結果となる。また,著作権法は,プログラムの具体的表現を保護するものであって,機能やアイデアを保護するものではないところ,特定の機能を果たすプログラムの具体的記述が,極くありふれたものである場合に,これを保護の対象になるとすると,結果的には,機能やアイデアそのものを保護,独占させることになる。したがって,電子計算機に対する指令の組合せであるプログラムの具体的表記が,このような記述からなる場合は,作成者の個性が発揮されていないものとして,創作性がないというべきである。
 さらに,プログラム相互の同一性等を検討する際にも,プログラム表現には上記のような特性が存在することを考慮するならば,プログラムの具体的記述の中で,創作性が認められる部分を対比することにより,実質的に同一であるか否か,あるいは,創作的な特徴部分を直接感得することができるか否かの観点から判断すべきであって,単にプログラムの全体の手順や構成が類似しているか否かという観点から判断すべきではない。」
 本判決は,上記のとおり判示したうえで,原告が著作権侵害を主張している被告プログラム中の個々の部分につき,個別に認定をしましたが,そのうちの一,二を引用しますと,
 「原告プログラムのメニュー表示部のプログラム記述は,全体として短く,その大部分が,AutoLISP言語で定められた一般的な関数を用いて,簡単な指令を組み合わせたものにすぎない。したがって,原告プログラムは,制作者の個性が発揮された表現とはいえず,創作性がない。」
「(a) 原告プログラムにおける入力項目として何を用いるかという点は,アイデアであり,著作権法上の保護の対象となるものではない。また,『キロ行程最初の値』,『キロ行程オフセット値』,『縮尺』,『用紙サイズ』の順序で変数に値を設定するという処理の流れも,法10条3項3号所定の『解法』に当たり,著作物としての保護を受けない。
(b) 仮に,原告プログラムの初期設定部の具体的記述に,創作性が生じると解する余地があるとしても,前記認定の原告プログラムの内容に照らして,創作性の範囲は極めて狭いものというべきである。そして,被告プログラムと原告プログラムとは,初期設定部に用いられている構文上の相違によって具体的記述が大きく相違する。被告プログラムの初期設定部の具体的記述は,原告プログラムの初期設定部の記述と実質的に同一とはいえないし,原告プログラムの創作性を有する本質的な特徴部分を直接感得することもできない。
(c) したがって,原告プログラムの初期設定部について複製権又は翻案権侵害があるとは認められない。」
 と判示し,その他の被告プログラム中の著作権侵害が争われた部分についても,ほぼ同様に判示しました。
 本判決は,上記のとおり判示したうえで,結論として原告の請求を棄却しました。

4.検討

 本事件は,コンピュータプログラムの複製権,翻案権侵害が争われた事案です。
 複製権侵害,翻案権侵害の有無の認定をするにあたっては,
《1》 著作権を侵害されたと主張されているプログラム(原告プログラム)に著作物としての創作性が認められること
《2》 原告プログラムと著作権侵害が疑われている対象プログラム(被告プログラム)との間に実質的同一性が存在していること(複製権侵害),または創作的な特徴部分を直接感得することができること(翻案権侵害)
 の2つの要件を充足することが必要になります(これ以外に依拠性<アクセス>の要件も充足する必要性がありますが,ここでは触れないこととします)。
 本判決は,上記引用のとおり,コンピュータプログラムの創作性の有無を判断する基準について,簡単な内容をごく短い表記法で記述したものや,ごくありふれたものについては,創作性が認められないと判示しています。
 これは,5歳児が描いた絵にも創作性が認められるとする創作性の一般的基準と比べた場合に,一見すると矛盾していると思われるかもしれません。
 しかし,コンピュータプログラムは,絵や音楽のように創作にあたっての制約要因が少ない作品とは異なり,厳格な言語体系のもとで,特定の機能を実現するという前提で記述されるものですから,上記判決中から引用したとおりの基準に従って判断することには相当性があると考えられます。
 本判決は,原告プログラムと被告プログラムを対比する際にも,上記引用の基準に従い,原告プログラム中の著作権侵害が主張された部分につき創作性の存在を否定したり,あるいは同一性の範囲を狭く認定しています。
 この点についても,コンピュータプログラムが技術的性格が強い機能的作品であることを考慮すると,相当性があるものと考えられます。


 以上のとおり,本判決は,コンピュータプログラムの複製権,翻案権侵害を判断するうえでの基準を明確に示しており,今後の実務の参考になると考えられます。


みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。