知的所有権判例ニュース |
補償金請求事件 |
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「平成14年11月29日東京地裁 平成10(ワ)16832等」 |
生田哲郎 山崎理恵子 |
1.事案の概要 |
本件は,光ディスクに関する技術を発明した被告の元従業員(原告)が,被告会社に対し,原告の発明は被告在籍中にした職務発明であり,被告に特許を受ける権利を承継させたので,特許法35条3項に基づき,その相当の対価として,9億7060万円もの巨額な支払い等を求めた事案です。
東京地方裁判所は,被告に対し,3489万円の支払いを命じました。職務発明の承継の対価の支払いをめぐって訴訟となったケースで,会社側が支払う対価としては,本判決が過去最高額を認容することとなりました。 |
2.争点 |
本件訴訟では,3つの職務発明について特許法35条3項の「相当の対価」の額はいくらか問題となりました。このほかに,本件訴訟では,外国特許を受ける権利の承継について特許法35条3項が適用ないし類推適用されるかどうかが初めて争われました。
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3.裁判所の判断 |
1) 裁判所は,特許法35条4項の「相当の対価」の額の算定について,「発明を排他的に独占することによって得られる利益に,使用者の発明に対する貢献を考慮した額となるというべき」という従来示されていた裁判規範に則った判断を行いました。
2) 外国特許を受ける権利の承継に関する原告の請求について,いわゆる特許権の属地主義の原則により,我が国の職務発明に当たる事案について,使用者は従業員に対し特許を受ける権利の譲渡対価の支払義務があるか等については,それぞれの国の特許法を準拠法として定められるべきものであり,そうすると,特許法35条は,我が国の特許を受ける権利にのみ適用され,外国における特許を受ける権利に適用または類推適用されることはないと判断しました。 したがって,外国における特許を受ける権利についての特許法35条3項に基づく対価の請求は認められませんでした。 3) 本件では,日本特許について被告の受けるべき利益額について,発明1に係る分は2億4959万円,発明2,3に係る分は115万円と認定されました。この利益額の中には,包括的クロスライセンス契約(当事者双方が多数の特許権を相互にライセンスする契約)により被告が得た利益額も含まれています。包括的クロスライセンス契約における「使用者が受けるべき利益」の算定について,相手方が包括的クロスライセンス契約により支払いを免れた実施料の額をもって包括的クロスライセンス契約により使用者が得た利益の額と判断しました。 4) 発明への寄与度について,発明1については被告の寄与度を80%,共同発明者の寄与度を30%と認定し,発明2については被告の寄与度を70%,共同発明者の寄与度を40%と認定し,発明3については被告の寄与度を80%,共同発明者の寄与度を60%と認定しました。 5) これにより算定した「相当の対価」の額から支払い済みの実施補償金合計額を控除した額を「相当の対価」の不足額と認め,これについて,被告に支払いを命じました。 |
4.検討 |
1) 職務発明の対価の算定については,次のような基準が用いられています。
対価の額=使用者等が受けるべき利益×従業員等の貢献度 過去の判例によると,《1》他社に実施許諾をして実施料を得た場合の対価の額については≪対価の額=ライセンス料×貢献度≫という算定式が用いられ,《2》自社内で実施した場合の対価の額については≪対価の額=売上高×独占的地位に基因する割合×実施料×貢献度÷共同発明者の数≫という算定式が用いられています。 2) 本件においては,裁判所は,被告が他社に実施許諾をして得た実施料のみを「相当の対価」の算定基礎に認定しています。原告は,被告の社内実施分についても「相当の対価」の算定の基礎になるべきであると主張しましたが,この主張は第4回弁論準備手続期日において初めて行われたことから,故意または重大な過失により時機に遅れて提出した攻撃の方法であるとして却下されています。 3) また,本件で,被告には,職務発明規定があり,これに基づいて実施補償料を原告に支払い済みでしたが,裁判所は,オリンパス事件(平成11年(ネ)第3208号/東京高等裁判所判決)と同様に『職務発明規定等に定められた対価の額が特許法35条3項及び4項の定める「相当の対価」の額に足りないと認められる場合には,対価請求権を有効に放棄するなどの特段の事情のない限り,従業員は,会社に対し,不足額を請求できると解することができる』と判断しています。 4) 本件判例において注目すべき点は,外国における特許を受ける権利についての特許法35条3項による対価請求を否定していることです。従業員が会社に対し,外国における特許を受ける権利について対価を請求するには,当該国の特許法に基づき請求することになります。 5) 対価請求の消滅時効の起算点について,本件被告のように,出願時,登録時,実施時等に分けて補償を分割払いする旨の規定がある場合には,分割された各補償の請求が可能となった時点からとなります。 これに対して,そのような規定が会社に存在しない場合には,特段の事情がない限り,特許を受ける権利の承継の時から進行するものであり,会社に対して対価を請求する場合には注意が必要です。 |