知的所有権判例ニュース |
ドメイン名の移転を命じた裁定の 結論を実質的に支持した事例 |
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「東京高等裁判所 平成14年10月17日判決」 |
水谷直樹 |
1.事件の概要 |
本件は,東京高等裁判所においてのドメイン名の訴訟に関しますが,控訴人(有)ポップコーンは,平成8年8月にJPNIC(現JPRS)から「goo.co.jp」のドメイン名の登録を得ました。
これに対して,(株)エヌ・ティ・ティ・アドは,平成9年2月に同様にしてドメイン名「goo.ne.jp」の登録を取得し,その後の平成11年4月に,被控訴人(株)エヌ・ティ・ティ・エックスに対して,同ドメイン名を承継しました。 被控訴人は,ドメイン名「goo.ne.jp」を使用して情報検索のポータルサイトを運営していましたが,控訴人によるドメイン名「goo.co.jp」の使用が,被控訴人との間で出所の誤認混同を引き起こしていること,控訴人のドメイン名を選択するとアダルトサイトに自動転送されること等を根拠として,平成12年11月に工業所有権仲裁センター(現在は「日本知的財産仲裁センター」に名称を変更)に対して,控訴人のドメイン名「goo.co.jp」の被控訴人に対する移転を求める申し立てを行いました。 これに対して同センターは,平成13年2月に被控訴人の申し立てを認め,控訴人に対して,ドメイン名「goo.co.jp」を被控訴人に移転するよう命じました。そこで,控訴人はこれを不服として,平成13年2月に東京地方裁判所に,控訴人がドメイン名「goo.co.jp」を使用する権利を有することの確認を求めて提訴しました。 東京地方裁判所は,平成14年4月に控訴人の請求を棄却する判決を下したため,控訴人が東京高等裁判所に控訴したのが本事件です。 |
2.争点 |
本事件における争点は,以下のとおりです。
すなわち,本事件では,JPNICが定めた紛争処理方針中に規定されている,ドメイン名の移転を請求するうえで必要とされる下記要件のうち,主に(i)と(iii)が具備されているか否かが,争点となりました。 (ii) 登録者が,当該ドメイン名の登録についての権利または正当な利益を有していないこと (iii) 登録者の当該ドメイン名が,不正の目的で登録または使用されていること |
3.裁判所の判断 |
東京高等裁判所は,平成14年10月17日に判決を言い渡しましたが,上記のうち(i)の要件の具備の有無につき,
「控訴人は,被控訴人商標の著名性は立証されていない,と主張する。しかし,原判決は,単位期間当たりの被控訴人サイトのアクセス数(ページビュー)が極めて多数に上り,著名であること,同サイトに被控訴人商標が掲載されていることを根拠として,被控訴人商標が著名であると認定しているものであって,そこに何ら誤りはない。」 「インターネットの利用者が,ドメイン名を手掛かりに,それが指すサイトにアクセスしようとする場合,《1》アドレス欄にドメイン名を直接入力する,《2》サーチエンジンの検索語入力欄に,検索語を入力する,《3》リンクやバナーからたどる,等の方法が考えられる。 そして,「ne」と「co」の区別を意識せずに,あるいは仮に意識したとしても,被控訴人が株式会社であることから,第2レベルドメインが「co」ではないかと誤信して,《1》の方法において,被控訴人サイトにアクセスするつもりで,「goo.co.jp」と入力すること。また,《3》の方法において,「goo.co.jp」が,被控訴人ドメイン名であると誤信して,リンクないしバナーをクリックすることは十分あり得ることである。 《2》の方法においても,サーチエンジンの検索語入力欄に,被控訴人ドメイン名を入力するつもりで,「goo.co.jp」と入力することや,単に「goo」とだけ入力し,表示された検索結果のうち,「goo.co.jp」を被控訴人ドメイン名と誤認混同して,控訴人サイトにアクセスすることも,十分あり得ることである。 以上のとおりであるから,本件ドメイン名と被控訴人ドメイン名は,誤認混同のおそれがあるほど類似していると認めることができる。」 と判断して(i)の要件の具備を認め,次に上記(iii)の要件の具備については, 「控訴人は,原判決が,控訴人サイトから転送先サイトに転送され,その結果生じたアクセス数に応じて,控訴人がリアルから利益の分配を受けるようになった,と認定したことは,証拠に基づかないものである,と主張する。・・・・・・控訴人サイトは,転送先サイトの内容を広告するものではないとはいえ,控訴人サイトにアクセスした者を,転送により,転送先サイトに『自動的に』アクセスさせ,誘引するものであったから,そのことによりリアルから対価を得ていたものと,優に認定することができる。」 「原判決は,控訴人サイトが,自動転送をやめて,アダルトサイトであることを明示してリンクを張った転送先サイトについて,控訴人サイトからそのリンクをたどり転送先サイトにアクセスした者が1日当たり数十件であるのに対し,控訴人サイトの1日当たりのアクセス数が3万3400件であったということからすれば,アダルトコンテンツを目的として,控訴人サイトにアクセスした者が多数いるとは認められないこと,被控訴人サイトが著名でアクセス数も極めて多いこと,本件裁定が申し立てられた時点においても,控訴人サイトは,1日に3万件程度のアクセスがあったと推認されることを併せ考慮すると,控訴人サイトにアクセスした者の大半は,被控訴人サイトと誤認混同したか入力ミスをしたかであると推認したものであって,その判断は相当である。 そもそも,原判決は,上記認定事実のみではなく,被控訴人サイトが著名になった後,控訴人が,本件ドメイン名の使用態様を変更し,すなわち,転送先サイトへの転送目的にのみ利用し,転送の対価としてアクセス数に応じた利益をリアルから得るようになったとの事実をも併せて,不正の目的での使用を認定したものであり,同認定に誤りはない。」 と判示して,上記(iii)の要件の具備をも認め,控訴人の控訴を棄却しました。 |
4.検討 |
本事件は,ドメイン名の移転請求の可否をめぐる訴訟です。
ドメイン名に関しては,不正競争防止法2条1項12号が,他人の特定商品等表示と同一または類似のドメイン名の取得,保有,使用を不正競争行為であると規定しています。 もっとも,同要件を充足した場合にも,上記特定商品等表示を有する者は,ドメイン名取得者等に対して,ドメイン名の使用の中止,ドメイン名の登録の抹消を請求できるにとどまり,ドメイン名の移転までを請求することは,法文上からは必ずしも容易ではないと考えられています。 他方で,JPNICの紛争処理方針においては,上述した一定の要件が具備されている場合には,ドメイン名保有者に対してドメイン名の移転請求を行うことができることが規定されています。 上記のとおりですが,本事件では,控訴人は,東京地方裁判所に対して,控訴人がドメイン名を使用する権利を有していることの確認を求めて提訴しています。 もっとも,控訴人は,上記請求を通じて実質的には,工業所有権仲裁センターが下した裁定,すなわち控訴人に対してドメイン名の移転を命じた裁定の是非を問題としているものと考えられます。 いずれにしましても,東京高等裁判所は,本件において,上記紛争処理方針が定める前記4条(i)ないし(iii)の要件の具備が認められるか否かにつき,これを肯定的に判断したものです。 上記のとおりですが,ドメイン名の法的保護に関して,現在では,不正競争防止法に基づくものとJPRSの紛争処理方針に基づくものとの2通りの保護が存在しています。 そして,前者の保護は通常は訴訟を通じて実現され,後者の保護は日本知的財産仲裁センターのADRを通じて実現されるということになります。 また,前者と後者とで請求可能な内容が異なっていることは,上述したとおりです。 なお,後者はADRを介した法的救済(裁定)ですが,この裁定に対しては,事後的に訴訟でその是非を争うことが可能になっており,本事件に関する訴訟も,この部類に属するものということができます。 本事件は,ドメイン名の移転に関する紛争処理方針の適用をめぐっての最初の高裁レベルでの判決であり,今後の実務において参考になると考えられます。 |