知的所有権判例ニュース |
特許権侵害差止等請求事件 |
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「東京地方裁判所 平成13年(ワ)第1650号平成14年5月15日判決」 |
生田哲郎 山崎理恵子 |
1.事件の概要 |
本件において,原告は,被告が製造・販売するドクターブレード(以下,「被告物件」といいます)は,原告の特許発明(以下,「本件発明」といいます)の構成要件を充足しないが,購入者が被告物件の使用を継続することにより,ブレードの刃先のセラミックの被覆厚みが減少して被告物件は本件発明の構成要件のすべてを充足するようになるため,被告物件を製造・販売する被告の行為は,原告の特許権の間接侵害行為を構成すると主張し,さらに予備的に,被告の行為は,共同不法行為を構成すると主張し,被告に対して,特許権侵害行為の差止め及び損害賠償を請求しました。
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2.本件発明 |
本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりです。
A 走行紙ウエブに被覆剤を調節塗布しかつ均すためのドクターブレードにおいて B ブレードは,0.7mmもしくはそれ以下の肉厚を有する可撓性の鋼片からなり, C その作用域に鋼片の肉厚より薄くかつ鋼ブレードよりも耐摩耗性の大きいセラミック材料の表面被覆が最高0.25mmの全厚さを有する層で構成され, D かつ前記セラミック材料層が,溶融状態にて噴霧により順次の工程で次々と塗布された複数層のセラミック材料層として構成されてなること E を特徴とするドクターブレード。 |
3.争点 |
(1)間接侵害
被告が製造・販売しているイ号ないしハ号物件は,ブレード刃先のセラミック被覆の厚さが0.525mmないし0.313mmであって,「セラミック材料の表面被覆が最高0.25mmの全厚さを有する層で構成される」とする本件発明の構成要件Cを充足しません。しかし,購入者がイ号ないしハ号物件の使用を継続することにより,ニ号物件が示す形状となり,ニ号物件は,本件発明の構成要件のすべてを充足します。原告は,ニ号物件は特許法101条1号所定の本件発明に係る物に該当するので,イ号ないしハ号物件を製造・販売する被告の行為は,ニ号物件の生産にのみ使用する物の生産,譲渡行為に当たり,原告の特許権の間接侵害行為を構成すると主張しました。 (2)共同不法行為 原告は,ニ号物件を使用する購入者の行為は,本件特許権を侵害することから,イ号ないしハ号物件を製造・販売する被告の行為は,共同不法行為を構成すると主張しました。 |
4.裁判所の判断 |
(1)間接侵害の成否について
裁判所は,一般論として間接侵害の成否について次のように判示しました。 『法101条1号は,特許が物の発明についてされている場合において,業として,その物の生産にのみ使用する物を生産,譲渡するなどの行為を特許権を侵害(いわゆる間接侵害)するものとみなしている。同号の趣旨は,次のとおりである。すなわち,甲が発明の構成要件を充足しない物を製造,販売するなどの行為をすることは特許権侵害を構成しないが,その物の譲渡を受けた乙において,その物を使用して,発明の構成要件を充足する物を生産するなどの行為に及ぶことが特許権侵害を構成するようなときには,将来における特許権侵害に対する救済の実効性を高めるために,一定の要件の下で,その準備段階である甲の行為について,特許権を侵害するものとみなした。そうすると,同号にいう,乙が行う「その物の生産」とは,「その物の生産又は使用」などと規定されていないことに照らすならば,供給を受けた「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為を指すと解すべきであり,加工,修理,組立て等の行為態様に限定はないものの,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であり,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれないと解するのが相当である。』 上記の旨,一般論を示したうえで,具体的に,本件については,被告からの購入者が,被告から供給を受けた「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を「生産」していると認めることはできないから,イ号ないしハ号物件を製造販売する被告の行為は,本件発明の間接侵害を構成しないと判断しました。裁判所は,このような判断に至った理由を次のとおり2点挙げています。 《1》 購入者が,イ号ないしハ号物件を購入した後,使用を継続した結果,セラミックの表面被覆は,摩耗して薄くなることもあり得ようが,これは通常の用途に従った利用行為の結果であるから,このような購入者の行為を,社会通念上,物を生産している行為ということはできないこと 《2》 ニ号物件についても,ア)必ずしも,本件発明の構成要件Cを充足すると解することはできず,イ)どのような操業条件で,どの程度の時間使用したものかも明確でないので,法101条1号所定の,本件発明に係る「物」ということもできないこと さらに,裁判所は,「被告からの購入者が,イ号ないしハ号物件を,わずかに使用するだけで,本件発明の構成要件のすべてを充足する物に変形することができるような場合には,イ号ないしハ号物件は,本件発明を侵害ないし間接侵害すると解する余地がなくはない」と一般論を示し,念のため,本件について,この点も検討しています。しかし,《1》被告が製造・販売するイ号ないしハ号物件は,そのセラミック被覆の厚さが,0.525mmないし0.313mmであって,本件発明の構成要件Cの「表面被覆が最高0.25mmの全厚さを有する」と比較しても,被覆の厚さが大きく異なること,《2》本件発明の構成要件Cは,出願当初の明細書における「耐摩耗性被覆の全厚さが0.35mm以下である」との記載を,手続補正書において「最高0.25mmの全厚さ」なる構成要件を付加して限定した経緯が存すること等からすれば,イ号ないしハ号物件は,購入者がわずかに使用するだけで,本件発明の構成要件のすべてを充足する物に変形させることができる性質を有する製品であるということもできないとして,侵害ないし間接侵害の成立を否定しました。 (2)共同不法行為の成否について 裁判所は,「イ号ないしハ号物件の購入者は,本件発明の技術的範囲に属しないイ号ないしハ号物件を,本来製品として予定された態様で使用しているにすぎず,その使用態様は本件発明の実施ということはできず,不法行為を構成するものではない」 と判示し,共同不法行為ないし幇助行為の成立を否定しています。 |
5.見解 |
発明の構成要件に数値限定を伴う記載がある場合に,対象物件が,販売時には当該数値範囲を外れるが購入者の使用に伴い数値範囲に属するようになる場合,本件発明の侵害ないし間接侵害となるか否かというのは興味深い問題です。
本判決は,原則論として,特許法101条1号の「その物の生産」には,対象物件の購入者が当該物件を本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれないことから,当該物件を製造・販売する行為は侵害行為を構成しないと判断しています。ただ,例外的に,対象物件の購入者がわずかに使用するだけで本件発明の侵害品となるような場合には,本件発明を侵害ないし間接侵害すると解する余地がなくはないと述べています。 本判決が示した上記規範は価値判断的には正しいものと思われます。しかし,本判決は,特許法101条1号にいう「その物の生産」には「素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれない」と述べており,この趣旨からすると,たとえ対象物件の購入者がわずかに使用するだけで本件発明の侵害品となるような場合にも間接侵害は成立する余地がないと解するのが論理一貫しているように思われます。かかる場合には「本件発明を間接侵害すると解する余地がなくはない」とする本判決の理論構成には,疑問が残ります。 |