知的所有権判例ニュース |
商標権行使を権利の濫用と判断した事例 |
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「東京地方裁判所 平成14年5月31日判決」 |
水谷直樹 |
1.事件の概要 |
原告(株)シスコンエンタテイメント,被告(株)タムは,共にゲームソフトの制作,販売を業務とする法人ですが,原告は,(株)テクノブレインから許諾を受けて,同社のパソコン用ゲームソフト「ぼくは航空管制官」のプレイステーション版のゲームソフトを制作して,販売開始いたしました。
これに対して被告は,同じく(株)テクノブレインから許諾を受けて,ゲームボーイアドバンス用のゲームソフト「ぼくは航空管制官」を制作して販売開始いたしました。 原告は,被告が同ゲームを販売することは,原告の登録商標である「ぼくは航空管制官」の商標権を侵害するとして,損害賠償の支払を請求して,平成13年に東京地方裁判所に訴訟を提起しました。 |
2.争点 |
本事件の争点は,
《1》 被告製品上での「ぼくは航空管制官」の表示は商標の使用にあたるか 《2》 原告の商標権行使は権利の濫用に該当するか の2点でした。 |
3.裁判所の判断 |
東京地方裁判所は,平成14年5月31日に判決を言い渡しましたが,上記《1》の争点については,「以上認定した事実,すなわち,《1》被告ソフトの外箱の表面,側面及び裏面に,『ぼくは航空管制官』の文字が,大きくかつ目立つ色で表記されていること,《2》被告ソフト及びその外箱には,『ぼくは航空管制官』の文字を除いて他に,被告ソフトと他社の商品とを区別するための標章は存在しないと解されること,《3》『ぼくは航空管制官』の文字の上方には『航空管制シミュレーションゲーム』と記載されているが,被告ソフトの内容は,同記載によって端的に説明されていると解されること等の点を総合すれば,被告標章『ぼくは航空管制官』部分こそが,自他商品を識別するための標識としての機能を果たしているというべきである。
以上のとおり,被告標章は,被告ソフト又はその出所を識別するために付されたものであって商標的に使用されていると解される。また,上記認定した使用態様に照らすならば,被告標章は,商品の普通名称,品質等を普通に用いられる方法で表示されたものと解することもできない。」 と判断して,被告製品上での「ぼくは航空管制官」の表示が商標の使用にあたることを認めたうえで,次に争点《2》について, 「(ア)まず,『ぼくは航空管制官』の標章は,以下のとおり,テクノブレイン社に由来するものである。すなわち,《1》同標章は,テクノブレイン社が,航空管制官の業務についてのシミュレーションゲームであるテクノブレイン社ソフトとして開発,販売し,大ヒット商品となった結果,テクノブレイン社ソフトを示す標章として周知となったこと,《2》これに対し,原告は,プレイステーション版『ぼくは航空管制官』の開発・販売について,テクノブレイン社から非独占的に許諾を受けたライセンシーにすぎず,原告とテクノブレイン社との著作権許諾契約は,上記プレイステーション版ソフトの開発,製作,販売に限られていること,《3》テクノブレイン社は,自ら開発したゲームソフトである『ぼくは航空管制官』について,各種のゲーム機等に対応する各種のソフトの開発,製造,販売を他社に許諾することも自由にできること,《4》被告は,前記のとおり,テクノブレイン社から,被告ソフトを販売することについて,正当に許諾を受けていること,《5》原告及び被告は,共にテクノブレイン社のライセンシーという立場であること等の事実に照らすならば,『ぼくは航空管制官』の標章は,テクノブレイン社の商品(又は同社の許諾を受けた商品)であることを示す標章と解すべきであり,原告の独自の商品を示す標章ということはできない(なお,テクノブレイン社と原告との間のプレイステーション版『ぼくは航空管制官』に関する著作権許諾契約は,遅くとも平成13年6月8日までに解除ないし解約され,現在は両者間に有効な契約が存しない)。 (イ)次に,原告の本件商標権に基づく請求は,公正な動機に基づくものとはいえない。すなわち,《1》原告は,被告が平成12年8月24日に,被告ソフトの発売を公表して,発売予定を知った直後の平成12年10月12日,テクノブレイン社の許諾を得ずに,本件商標の出願手続を行ったこと,《2》原告は,被告ソフトが平成13年春発売予定であることを理由として,早期審査の請求をしていること,《3》原告は,被告に対して,著作権侵害及び不正競争防止法違反を理由として,二回にわたり警告を発していること等の事情に照らすならば,原告が本件商標を出願し,登録を受けた本件商標権に基づき本訴請求をしたのは,テクノブレイン社から実施許諾を得て,被告ソフトを製造,販売する被告の行為を不法に妨げる目的でされたものとみるのが相当である。」 「原告の被告に対する本件商標権に基づく請求は,被告ソフトの製造について許諾を与えたテクノブレイン社の標章と同一の標章を自ら商標登録した上,本件商標権に基づいて権利行使されたものであり,また,その目的も,テクノブレイン社のライセンシーの製造,販売を妨げるためにされたものと解されるから,正義公平の理念及び公正な競争秩序に反するものとして,権利の濫用に当たり許されないというべきである。」 と判示して,原告の請求を棄却しました。 |
4.検討 |
本件は,原告の商標権行使が権利の濫用にあたると判断した判決です。
本判決は,被告製品上での「ぼくは航空管制官」の表示は,商標の使用にあたり,かつ商標法26条1項2号に該当するものでもないことを認定したうえで,上記認定の事情のもとでは,原告による本件商標権の行使は権利の濫用に該当し,許されないと判示しています。 本判決は,上記のとおり判示するにあたって,本商標はテクノブレイン社に由来することを認定したうえで,更に原告による商標権行使は公正な動機に基づくものとはいえないことをも認定し,結論として原告の商標権行使が権利の濫用に該当すると判断しています。 本判決は,原告の商標権行使を,上記認定の個別の事情を前提とする限り,権利の濫用にあたると判断しており,商標権行使の可否を個別の事情に係らしめております。 本判決は,商標権行使の可否を,個別の事情に係らしめ,権利の濫用という枠内で判断しているものですが,このような判断の手法は,今後の実務において,参考になるものと考えられます。 |