発明 Vol.99 2002-8
知的所有権判例ニュース
特許権に基づく損害賠償請求事件
「東京地裁判決,平成11年(ワ)第23945号」
生田哲郎 山崎理恵子
1.事件の概要

 本件は,スロットマシンに関する特許権を有する原告が,被告に対して,被告の製造・販売する製品(イ号物件:製品名を「ウルトラマン倶楽部3」とするパチンコ型スロットマシン,ロ号物件:製品名を「ジャパン2」とするパチンコ型スロットマシン)は,原告の特許権の侵害になるとして,100億6685万9000円の損害賠償の支払いを求めた事案です。東京地方裁判所は,被告に対して74億1668万円の支払いを命ずる判決を下しました。この金額は,特許権侵害の損害賠償請求事件において認められた過去最高金額です。本件では,パチンコ型スロットマシンをめぐる特許権等の知的財産権の管理について,いわゆるパテント・プール方式による管理を行っていた会社が被告に補助参加したという事情があります。

2.原告の特許発明

 原告の特許発明を構成要件に分説すれば,次のとおりです。
A 表示窓内にそれぞれ所定の図柄を表示する複数のリールを乱数値に応じて停止するように制御する制御装置を備えている
B 前記制御装置は遊技中特定の条件が達成された時にはあらかじめ定めたゲーム回数分,前記乱数値に応じた停止制御を中止する
C スロットマシン

3.争点

《1》 被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属し,同製品の製造・販売が原告の特許権を侵害するか(争点1)
《2》 原告の特許権に無効事由があり,本訴請求は権利濫用に当たるか(争点2)
《3》 原告が本件特許権を被告補助参加人に実施許諾し,被告は被告補助参加人から再実施許諾を受けたか(争点3)
《4》 原告の損害額(争点4)

4.争点1について

 裁判所は,本件特許明細書の記載及び本件特許権の出願時の公知技術より,本件特許発明の技術的範囲を確定し,そのうえで,被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属すると判断しました。

5.争点2について

 (1) 被告の主張の骨子
 被告は,実開昭60−37380号公報に本件特許発明の構成がすべて開示されているから,本件特許権は新規性がなく無効であると主張しました。
 (2) 判旨
 裁判所は,上記公開実用新案公報には,次のような構成の特徴を有する考案が記載されていると判断しました。
 a 表示窓内にそれぞれ所定の絵柄を表示する3個のリールを備え,通常ゲームにおいて,第1,第2の2個のリールを,乱数発生器によるランダム値に応じて停止するように制御する制御装置を備えたスロットマシンである。
 b1 前記制御装置は遊技中,例えば表示窓内の入賞ラインに絵柄「ピエロ」が3個並ぶような特定の条件が達成されると副次的ゲーム(ボーナスゲーム)があらかじめ決定された回数分行われ,その後は通常ゲームに戻る。
 b2 前記ボーナスゲームにおいては,第1,第2リールは回転しないから,乱数発生器によるランダム値に応じてリールを停止しようとする制御装置は作動しない。第3リールは遊技者が第3リールストップボタンを操作して任意停止をする。
 c スロットマシンである。
 裁判所は,上記考案では,本件特許発明における,通常ゲームでは乱数値に基づいてリールの停止位置を決定することにより平等性を実現し,通常ゲームでない場合には停止制御を一部のリールについて中止して技術介入性を導入し,技術介入性と平等性を調和させるという思想は全く開示されておらず,全く別個の発明といわなければならない。したがって,上記公開実用新案公報に本件特許発明が開示されているということはできず,本件特許発明が明らかに無効であるとはいえないと判断しました。

6.争点3について

 (1) 争いのない事実
 被告補助参加人は,パチンコ型スロットマシン(以下「パチスロ機」という。)をめぐる特許権等の知的財産権(以下「特許権等」という。)の管理について,いわゆるパテント・プール方式による管理を行っていました。これは,特許権等の保有者が,その保有する特許権等を,被告補助参加人に対し,多数のパチスロ機製造業者への再実施許諾権付きで,実施許諾するというものです。そして,再実施許諾を受けた業者からの実施料の徴収は,被告補助参加人により発行された証紙を,パチスロ機製造業者が製造台数分購入して,パチスロ機に貼付するという方法によりされていました。
 特許権等の保有者と被告補助参加人との間では,再実施許諾の特約が付いた実施許諾契約書が取り交わされており,契約書には,特許権等の番号や名称が記載された目録が添付されています。被告補助参加人とパチスロ機製造業者との間では,契約書は作成されず,製造業者が被告補助参加人から証紙を購入することによって,再実施許諾がなされたものとみなされます。
 原告は,少なくともその保有する特許権等の一部について,被告補助参加人との間で再実施権付与特約付きの実施許諾契約を締結していました。そして,原告と被告補助参加人との間の平成8年4月1日作成の契約書(対象期間は平成8年4月1日から平成9年3月31日。)の目録には,本件特許権は含まれていません。
 (2) 被告及び被告補助参加人の主張の骨子
 被告及び被告補助参加人は,原告が,本件特許権につき,被告補助参加人に対し,再実施許諾権付き実施権許諾契約を締結し,被告補助参加人は同契約に基づき,被告に対し本件特許権の実施を再許諾したから,被告が本件特許権を実施しているとしても,適法な実施であると主張しました。
 (3) 判旨
 裁判所は,実施許諾契約が存在することにより被告の本件特許発明の実施は適法であるとの被告及び被告補助参加人の主張は,下記の理由により採用できないと判断しました。
 理 由
 ア 原告が被告補助参加人との間で締結した実施許諾契約書の目録に本件特許権が記載されていない。
 イ 各パチスロ機製造業者がどの特許権等を使用しているかは,各製造業者の申告によっており,被告補助参加人はこの申告に基づいて特許権等の保有者に対する配分額を算定していた。そして,本件特許権については,被告その他の各製造業者から,これを実施している旨の申告がなく,本件特許権を対象とする実施料の案分支払いもされていなかった。本件特許権について実施許諾がされたといえるためには,少なくとも,被告の側からの本件特許権を実施している旨の申告があり,本件特許権が原告に支払われる案分実施料の算定に組み込まれていたことを要するものというべきである。

7.争点4(原告の損害)について

 裁判所は,特許法102条1項を適用して,次のように本件における損害額の算定を行いました。
 ア 被告製品の販売台数4万3000台(争いなし)
 イ 原告の実施能力
 原告は,平成10年当時,パチスロ機の市場において約40%の占有率を有していたことから,特許法第102条第1項の「実施の能力」を備えていた(争いなし)。
 ウ 単位数量当たりの利益の額
 特許法第102条第1項にいう「単位数量当りの利益の額」=(原告商品の販売価格−原告商品の経費)×寄与率
 (ア) 原告商品の販売価格
 本件特許発明の実施品であり,被告製品と同じころ販売されていた原告商品の平均販売価格は,33万4267円となる。
 (イ) 原告商品の経費
 製造原価,広告宣伝費,販売費,ロイヤルティーを原告商品の経費と認め,原告商品1台当たりの平均経費を10万154円と算定した。
 (ウ) 寄与率
 パチスロ機には多数の特許権等が用いられていることから,本件特許発明が,パチスロ機に遊技者が技量を発揮できる新しい方式を導入するものであって,従来のパチスロ機にない魅力を付与し,パチンコホールへの顧客動員に寄与するものであるという点を考慮するとしても,原告商品の利益額中の本件特許発明に対応する額は80%を超えるものではない。
 (エ) 小括
 本件特許権に対応する原告商品1台当たりの利益の額は,18万7290円となる。(334,267−100,154)×0.8=187,290
 エ 特許法第102条第1項ただし書に該当する事情
 パチンコホールにおいては,同業者間において激しい新機種導入競争が行われており,一般的にパチスロ機については頻繁に新台との入れ替えが行われていること,及び,被告製品のうちイ号物件は原告商品より後に販売されたことから,イ号物件の販売数3万4000台のうち,少なくともその10%に当たる3400台については,本件特許発明の性能を備えたパチスロ機であることと無関係にパチンコホールにおける定期的な新台入れ替え需要に対応するものとして販売されたもので,後日における原告商品の販売に影響したものではない。
 オ 損害額のまとめ
 以上より,原告が被告に対して,特許法第102条第1項に基づいて賠償を請求することができる損害額は,原告商品の1台当たりの利益の額18万7290円に被告製品の販売数量3万9600台(イ号物権のうち3万600台及びロ号物件の全数9000台の合計)を乗じた74億1668万円(1万円未満切り捨て)であると認定した。
187,290×(34,000×0.9+9000)=7,416,684,000

8.検討

 特許権は特許発明を独占的に実施する権利であり,特許権者は,他人に特許発明を実施されることなく特許の実施製品を販売することができます。特許権の侵害行為があった場合,特許権者は民法第709条に基づき,侵害行為がなければ得られたであろう利益(逸失利益)の賠償を請求することができます。民法第709条によるときには(1)被告の故意・過失,(2)権利侵害,(3)損害の発生,(4)侵害と損害との因果関係,(5)損害額のすべての要件を立証しなければなりません。しかし,特に,特許権侵害行為と損害との因果関係のある損害の範囲の立証は極めて困難です。そこで,現行特許法は,民法第709条の特則として第102条第1項を設け,侵害者の利益の額を損害の額と推定することにより,逸失利益の立証の容易化を図っています。
 特許法第102条第1項の規定の要件は次のとおりです。
《1》「特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において,」
《2》「その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは,」
《3》「その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に,特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当りの利益の額を乗じて得た額を,特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において,特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。」
《4》「ただし,譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。」
 本判決のなかで,裁判所は,特許法第102条第1項の趣旨について,「排他的独占権という特許権の本質に基づき,特許権を侵害する製品(以下「侵害品」ということがある。)と特許権者の製品(以下「権利者製品」ということがある。)が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定というべきである」と示しました。そのうえで,要件の解釈について次のような解釈論を展開しました。
 ア 要件《3》の「特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物」とは,侵害に係る特許権を実施するものであって,侵害品と市場において排他的な関係に立つ製品を意味するものである。
 イ 要件《3》の「単位数量当りの利益の額」とは,仮に特許権者において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売したとすれば,当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額(すなわち,追加的製造販売により得られたであろう売上額から追加的に製造販売するために要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を,追加的製造販売数量で除した単位数量当たりの額)と解すべきである。このように特許法第102条第1項にいう「単位数量当りの利益の額」が仮定的な金額であることを考慮すると,その金額は,厳密に算定できるものではなく,ある程度の概算額として算定される性質のものと解するのが相当である。
 ウ 要件《4》の「販売することができないとする事情」について,侵害者の営業努力(具体的には,侵害者の広告等の営業努力,市場開発努力や,独自の販売形態,企業規模,ブランドイメージ等が侵害品の販売促進に寄与したこと,侵害品の販売価格が低廉であったこと,侵害品の性能が優れていたこと,侵害品において当該特許発明の実施部分以外に売り上げに結びつく特徴が存在したこと等)や,市場に侵害品以外の代替品や競合品が存在したことなどをもって,「販売することができないとする事情」に該当すると解することはできない。
 特許法第102条第1項の各要件の解釈については従来争いがあり,本判決は,この点について明示した点で評価され得ます。もっとも,特許法第102条第1項の要件《4》の「販売することができない事情」の解釈について,侵害者の営業努力,市場における代替品が存在したことなどの事情はこれに該当しないと判示した点については,いくらプロパテントの時代といえども,このような解釈はあまりに特許権者に有利であり,また,同条項を新設した際の立法趣旨から考えても疑問が残るという指摘もなされています。


いくた てつお 1972年東京工業大学理工学部大学院修士課程を修了し,直ちにメーカーに技術者として入社。82年弁護士・弁理士登録後,もっぱら,国内外の侵害訴訟,ライセンス契約,特許・商標出願,異議等の知的財産権法実務に従事。この間,米国の法律事務所に勤務。

やまさき りえこ 1996年大阪大学法学部卒業,95年司法試験合格後,98年4月,弁護士登録。主として国内外の知的財産権法分野の訴訟,契約,その他,特許庁に対する出願等の手続きを多く手がけている。