知的所有権判例ニュース |
著作物性の認められないデータベースに対する法的保護を認めた事例 |
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「東京地方裁判所 平成13年5月25日,平成14年3月28日判決」 |
水谷直樹 |
1.事実関係 |
原告翼システム(株)は,平成6年に自動車整備業者用のデータベースを作成して販売開始したところ,被告(株)システムジャパンも,平成6年末および平成8年3月に車両データベースを販売しました。
原告は,被告に対して,被告が販売したデータベースは,原告のデータベースの複製物であると主張して,平成8年に被告データベースの販売の差止め,損害賠償等を請求して,東京地方裁判所に訴訟を提起しました。 |
2.争点 |
同訴訟での争点の主要なものは,
《1》 原告データベースの著作物性 《2》 被告は原告データベースを複製したか 《3》 被告の行為の不法行為該当性 《4》 原告に生じた損害 等でした。 |
3.裁判所の判断 |
東京地方裁判所は,本事件について,平成13年5月25日に中間判決を下し,さらに平成14年3月28日に最終判決を下しました。
中間判決では上記のうち《1》ないし《3》の争点について判断を行い,最終判決中では《4》について判断しております。 ここでは,誌面の都合もありますため,主に《1》ないし《3》の争点について紹介することとします。 東京地方裁判所は,まず《1》の争点について,「本件データベースで収録している情報項目は,自動車検査証に記載する必要のある項目と自動車の車種であるが,自動車整備業者用のシステムに用いられる自動車車検証の作成を支援するデータベースにおいて,これらのデータ項目は通常選択されるべき項目であると認められ,実際に,他業者のデータベースにおいてもこれらのデータ項目が選択されていることからすると,本件データベースが,データ項目の選択につき創作性を有するとは認められない。」 「本件データベースは,型式指定−類別区分番号の古い自動車から順に,自動車のデータ項目を別紙「データ項目の分類及びその属性等」のとおりの順序で並べたものであって,それ以上に何らの分類もされていないこと,他の業者の車両データベースにおいても,型式指定−類別区分番号の古い順に並べた構成を採用していることが認められるから,本件データベースの体系的な構成に創作性があるとは認められない。」 「以上によると,本件データベースは,データベースの著作物として創作性を有するとは認められない。」 と判断して,原告データベースの著作物性について否定いたしました。 次に《2》の争点については,判決は細かい事実認定を積み重ねたうえで,結論として,被告は原告データベースの無断複製を行ったものと認定し,これを前提として《3》の争点について, 「民法709条にいう不法行為の成立要件としての権利侵害は,必ずしも厳密な法律上の具体的権利の侵害であることを要せず,法的保護に値する利益の侵害をもって足りるというべきである。そして,人が費用や労力をかけて情報を収集,整理することで,データベースを作成し,そのデータベースを製造販売することで営業活動を行っている場合において,そのデータベースのデータを複製して作成したデータベースを,その者の販売地域と競合する地域において販売する行為は,公正かつ自由な競争原理によって成り立つ取引社会において,著しく不公正な手段を用いて他人の法的保護に値する営業活動上の利益を侵害するものとして,不法行為を構成する場合があるというべきである。」 「実在の自動車のデータの収集及び管理には多大な費用や労力を要し,原告は本件データベースの開発に5億円以上,維持管理に年間4000万円もの費用を支出していることが認められる。」 「原告と被告は,共に自動車整備業用システムを開発し,これを全国的に販売していたことが認められるから,自動車整備業用システムの販売につき競業関係にあり」 「被告は,上記認定のとおり,本件データベースの相当多数のデータをそのまま複製し,これを被告の車両のデータベースに組み込み,顧客に販売していたものである。」 と認定し,結論として,原告データベースは著作物性を欠くため,被告の行為が著作権侵害行為に該当することはないものの,不法行為に該当することを認め,平成14年3月28日の最終判決では,同認定を前提として被告に約5600万円の損害賠償の支払いを命じました(なお,本判決は,被告の行為は著作権侵害行為には該当せず,不法行為に該当していることを前提としているため,被告データベースの販売の差止請求は棄却しました)。 |
4.検討 |
本判決は,原告データベースの著作物性(創作性)について,前記引用したとおりの理由で否定いたしましたが,その理由としては,著作権法12条の2がデータベースの著作物について規定している「情報の選択又は体系的な構成」について創作性が認められないことを挙げています。
すなわち,同判決によれば,原告データベース中のデータは,自動車の車検証中に掲載されているデータおよび自動車の車種の類に限られており,これらがデータベース中で型式指定−類別区分番号の古い自動車の順に並べられているだけであることが,上記の点に関する創作性を否定する理由として挙げられています。 判決の事案認定を前提とする限りは,当該データベースの創作性を否定することには理由があるように思われます。 本判決は,以上の理由を挙げて原告データベースに対する著作権保護を否定していますが,他方で前記引用の別の根拠を挙げたうえで不法行為の成立を認めて,結果として原告データベースの法的保護を認めています。 本判決は,この点からすると,著作物性の認められないデータベースに対する法的保護を認めた我が国で最初の判決といってよいかと考えられます。 このように著作物性を否定しながら,結果として不法行為の成立を認めた判決としては,木目化粧紙のデザインの著作物性を否定しながら,他方で木目化粧紙の無断複製を不法行為であると認定した木目化粧紙事件の判決(東京高判平3.12.17)が存在しております。 本判決は,著作物性の認められないデータベースについて,上記木目化粧紙事件判決とほぼ同様の論理構成を用いて上記のとおり判示したものです。 著作物性が認められないデータベースの法的保護については,米国連邦最高裁のFeist判決,EUのdirectiveがよく知られておりますが,我が国にも,この点について判断した判決が登場してきたものであり,今後の動向が大いに注目されるところです。 |