発明 Vol.99 2002-6
知的所有権判例ニュース
不正競争仮処分申立事件
「東京地裁判決,平成12年(ヨ)第22063号」
生田哲郎 山崎理恵子
1.事件の概要
 今回ご紹介する事件は,日本でも馴染みの深いキャラクター「ピーターラビット」に関する事件です。
 本件は,ピーターラビットの商品化事業を行っている債権者が,債務者表示(債務者表示目録をご覧ください)を付した子供用被服,文房具,日用雑貨品等の商品を製造販売している債務者に対し,債務者表示を付した商品の製造,債務者表示を付した債務者製造に係る商品の譲渡及び譲渡のための展示並びにその包装及び広告に債務者表示を使用することの差止め及び同商品の執行官保管を求める仮処分を申し立てた事件です。債権者は,債権者商品等表示(債権者商品等表示目録をご覧ください)は,債権者及び債権者商品化事業を行っているグループの商品表示又は営業表示として周知著名であるところ,債務者は,これと同一である債務者表示を使用している又は使用するおそれがあると主張しました。
 根拠法令は,不正競争防止法2条1項1号,2号及び3条1項です。
 なお,本仮処分命令申立時には,債権者・債務者間のライセンス契約は終了し,債権者と債務者との間に何らの契約関係も存在しませんでしたが,債権者と債務者は,かつて債権者商品化事業に関してライセンサー,ライセンシーの関係にあり,債務者は自らの名義で本件商標権1〜6(商標権目録をご覧ください)を取得・保持しているという事情があります。

2 争点
 本件の争点は次の4点です。
《1》債務者の債務者表示使用行為が,不正競争防止法2条1項1号,2号の各要件に該当するかどうか
《2》債務者の本件商標権1〜6に基づく抗弁の成否(商標権の実質的な帰属主体いかん及び債権者・債務者間の合意の意味内容等)
《3》債務者表示に係る先使用権の成否
《4》保全の必要性

3.裁判所の判断
 裁判所は,上記各争点について次のとおり判断しました。
《1》 債務者の債務者表示使用行為が,不正競争防止法2条1項1号,2号に該当するためには,債権者商品等表示が周知著名でなければなりません。裁判所は,この点,債権者が提出した疎明資料から,債権者の日本における債権者商品化事業に係るライセンス契約数,同事業のロイヤルティ売上額,ピーターラビットに関するマーケティングデータ結果などを考慮した結果,債権者商品等表示1及び3についての周知性を認定しています。そのうえで,債務者表示と債権者商品等表示を対比し,債務者表示1は債権者商品等表示1と,債務者表示3は債権者商品等表示3とそれぞれ同一であり,債務者表示2は債権者商品等表示1と類似するものであり,債務者表示1〜3の使用は,債務者が債権者グループの一員であるとの誤信を生じさせるおそれがあるものと認められるとして,債務者による債務者表示使用行為は不正競争防止法2条1項1号規定の要件をすべて具備していると認定しました。
《2》 債務者は,抗弁として,債務者は,本件商標権1〜6の名義人であり,実質的な権利者であることから,本件商標1〜6と同一性を有する債務者表示を使用することは不正競争行為に該当しないと反論しました。
 この点について,裁判所は,債権者と債務者間のライセンス契約及び合意書(Letter of Agreement)の条項を検討したうえで,債務者が,本件商標権を有しているとしても,それは,債権者とライセンス契約を締結し,その承諾を得たことによるものであって,そうでなければ,この商標権を有することができなかった可能性が高いのであるから,債務者は,本件商標権について,ライセンス契約終了後に,債権者からの不正競争防止法に基づく請求に対して,この商標権を有していることを抗弁として主張することは許されなかったというべきであると認定し,債務者の抗弁を退けました。
《3》 次に,先使用権の抗弁について,裁判所は,現時点においては,債務者は,債務者表示1及び2を不正の目的なく使用しているとは認められない。また,債務者表示3については,これを債務者が使用していたことを認めるに足りる疎明がないとして,債務者の抗弁を退けました。
《4》 保全の必要性について,裁判所は,「債務者は,債務者表示1及び2を付した商品を製造販売していることからすると,債務者表示1及び2を片仮名書きにした債務者表示3を付した商品についても製造販売するおそれがあるものと認められる」として,保全の必要性を認め,結論として,債権者の申立てをすべて認めました。

4.検討
 本件は,債権者と債務者がかつては債権者商品化事業におけるライセンサーとライセンシーの関係にあったが,現在においては契約関係が解消されているという事案において,債務者が,ライセンス契約終了後も,債務者名義の商標権を盾に,債権者商品等表示と同一又は類似の債務者表示を使用することが許されるかということが実質的な争点になりました。
 この点,裁判所は,本件商標権は形式的には債務者に帰属しているが,債権者・債務者間の合意内容や債務者が本件商標権を有するに至った経緯等を総合して,債務者が,ライセンス契約終了後に,債権者からの不正競争防止法に基づく請求に対して,商標権を有していることを抗弁として主張することは許されないと判断しています。
 世界的に著名なブランドやキャラクターのライセンス契約の条項中に,当該ブランドやキャラクターの知的財産権を保護するために,使用許諾国における商標登録出願はライセンシーが自らの名義で行う旨の規定が設けられていることは珍しいことではありません。そのような場合において,ライセンス契約が終了した後においても,ライセンシーが自らの名義の商標権を盾にライセンサーの商品等表示と同一又は類似の商品表示を使用できるとなると,ライセンシーは何らの経済的出捐もなく,ライセンサーの商品等表示がもっている顧客吸引力や広告宣伝力を利用することができることになります。特段の事情がない限り,そのような結論は価値判断としても不当ですから,その意味においても,本件における裁判所の判断は正しいものと思われます。


いくた てつお 1972年東京工業大学理工学部大学院修士課程を修了し,直ちにメーカーに技術者として入社。82年弁護士・弁理士登録後,もっぱら,国内外の侵害訴訟,ライセンス契約,特許・商標出願,異議等の知的財産権法実務に従事。この間,米国の法律事務所に勤務。

やまさき りえこ 1996年大阪大学法学部卒業,95年司法試験合格後,98年4月,弁護士登録。主として国内外の知的財産権法分野の訴訟,契約,その他,特許庁に対する出願等の手続きを多く手がけている。