知的所有権判例ニュース |
商標法4条1項15号の適用基準を 具体的に判示した事例 |
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「最高裁平成13年7月6日判決」 |
水谷直樹 |
1.事件の内容 |
被上告人(株)ヘブンコーポレーションは,指定商品を第25類「洋服,コート,ワイシャツ類」等とする「PALM SPRINGS POLO CLUB」と「パームスプリングスポロクラブ」を上下2段に表記した商標を特許庁に出願したところ,著名な商標「POLO」,「ポロ」を引用されて拒絶査定を受けたため,拒絶査定に対する不服審判を申し立てましたが,請求成り立たずの審決を受けました。
そこで,被上告人は特許庁長官を相手方として東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起したところ,同高裁は,本出願商標を指定商品に使用した場合に,これに接する取引者,需要者が引用商標を連想,想起するとは認められないとして,原審決を取り消しました。 これに対して,特許庁長官が最高裁判所に上告したのが本事件です。 |
2.争点 |
本事件の争点は,本願商標である「PALM SPRINGS POLO CLUB」を指定商品に使用した場合に,「POLO」,「ポロ」を連想,想起し,両者間で混同を生ずるおそれがあるのか否かとの商標法4条1項15号の該当性の有無でした。
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3.裁判所の判断 |
最高裁判所は平成13年7月6日に判決を言い渡しましだが,上記の争点につき,
「本号にいう『他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標』には,当該商標をその指定商品又は役務に使用したときに,当該商品又は役務が他人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず,当該商品又は役務が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標が含まれる。そして,上記の『混同を生ずるおそれ』の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品又は指定役務と他人の業務に係る商品又は役務との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品又は役務の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品又は指定役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきものである(最高裁平成10年(行ヒ)第85号,同12年7月11日第3小法廷判決・民集54巻6号1848頁)」 「これを本件について見ると…… ア 本願商標は,その外観上,4個の英単語及びこれに対応する片仮名文字から成るものであって,引用商標と同一の『POLO」,『ポロ』の語と,『PALM』,『パーム』,『SPRINGS』,『スプリングス』及び『CLUB』,『クラブ』の語とを組み合わせた結合商標である。また,本願商標は,全体として一個不可分の既成の概念を示すものとは認められないし,欧文字で19字,片仮名文字で14字から成る外観及び称呼が比較的長い商標であるから,簡易迅速性を重んずる取引の実際においては,その一部だけによって簡略に表記ないし称呼され得るものであるということができる。 イ 引用商標は,ラルフ・ローレンのデザインに係る被服等の商品を示すものとして,我が国における取引者及び需要者の間に広く認識されているものであって,周知著名性の程度が高い表示である。もっとも,『POLO』,『ポロ』の語は,元来は乗馬した競技者により行われるスポーツ競技の名称であって,しかも,『ポロシャツ』の語は被服の種類を表す普通名詞であるから,引用商標の独創性の程度は,造語による商標に比して,低いといわざるを得ない。しかし,本願商標の指定商品は洋服等であって,引用商標が現に使用されている商品と同一であるか又はこれとの関連性の程度が極めて強いものである。また,このことから,両者の商品の取引者及び需要者が共通することも明らかである。しかも,本願商標の指定商品が日常的に消費される性質の商品であることや,その需要者が特別な専門的知識経験を有しない一般大衆であることからすると,これを購入するに際して払われる注意力はさぼど高いものでないと見なければならない。そうすると,本願商標の本号該当性の判断をする上で,引用商標の独創性の程度が低いことを重視するのは相当でないというべきである。 ウ 本願商標を構成する『POLO』,『ポロ』の語以外のうち,『PALMSPRINGS』,『パームスプリングス』がアメリカ合衆国にある保養地の名称として知られていること,『CLUB』,『クラブ』が同好の者が集った団体を意味する日常用語であることからすれば,本願商標から「パームスプリングスにあるポロ競技のクラブ」という観念が生じ得ることは,原判決の判示するとおりである。しかし,1個の商標から複数の観念が生ずることはしばしばあり得るところ,引用商標の周知著名性の程度の高さや,本願商標と引用商標とにおける商品の同一性並びに取引者及び需要者の共通性に照らすと,本願商標がその指定商品に使用されたときは,その構成中の『POLO』,『ポロ』の部分がこれに接する取引者及び需要者の注意を特に強く引くであろうことは容易に予想できるのであって,本願商標からは,上記の観念とともに,ラルフ・ローレン若しくはその経営する会社又はこれらと緊密な関係にある営業主の業務に係る商品であるとの観念も生ずるということができる。」 「これらの事情を総合的に判断すれば,本願商標は,これに接した取引者及び需要者に対し引用商標を連想させて商品の出所につき誤認を生じさせるためのものであり,その商標登録を認めた場合には,引用商標の持つ顧客吸引力へのただ乗り(いわゆるフリーライド)やその希釈化(いわゆるダイリューション)を招くという結果を生じ兼ねないと考えられる。そうすると,本願商標は,本号にいう『混同を生ずるおそれがある商標』に当たると判断するのが相当であって,引用商標の独創性の程度が造語による商標に比して低いことは,この判断を左右するものでないというべきである。」 と判示し,原判決を破棄し,結論として特許庁の原審決を支持しました。 |
4.検討 |
本判決は,レールデュタン事件判決(最高裁平成12年7月11日)に引き続いて,商標法4条1項15号の適用について具体的に判示した最高裁判決です。
本判決は,上記引用のとおり,まずレールデュタン事件判決における一般的判示事項を引用したうえで,本件における個別の認定を行っています。 すなわち,本判決は,引用商標である「POLO」,「ポロ」が,「ポロシャツ」という普通名詞が存在することからも明らかなように,造語商標と比べた場合に,その独創性が低いことを認めつつも,本願商標が被服等の日常的に消費される商品上での使用を予定していること,混同のおそれの主体が専門的知識経験を有しない一般公衆であること等を前提とした場合には,本願商標が指定商品に使用された場合に,本願商標中の「POLO」,「ポロ」の部分が,取引者,需要者の注意を特に引く部分であろうことは容易に予想されると認定しています。 本判決は,上記認定を前提として,本願商標が指定商品に使用された場合には,引用商標との間で商品の出所につき混同を生じさせるおそれがあるものと結論しています。 以上のとおり,本判決は,ある商標中の一部に第三者が保存する周知,著名商標が含まれている場合に,当該部分と残りの部分との間の結合の強弱の程度,当該商標が使用を予定されている商品,当該商品の主たる需要者層等をも考慮に入れながら,第三者が保有する周知,著名商標との間で混同が生ずるおそれがあるのか否かについての具体的判断基準を示しているものであり,今後の実務において大いに参考になるものと思われます。 |