知的所有権判例ニュース |
ときめきメモリアル事件上告審判決 |
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「平成11年(受)第955号損害賠償等請求事件,判時1740号78頁」 |
生田哲郎 山崎理恵子 |
1 事件の概要 |
本判決は,コンピュータ用ゲームソフト「ときめきメモリアル」の改変のみを目的とするメモリーカードを輸入,販売し,他人の使用を意図して流通に置いた者が不法行為責任を負うとされた最高裁の判決事例です。
原審(大阪高裁)が確定した事案の概要を説明します。 コンピュータ用ゲームソフト製作・販売業者であるX(原告・控訴人・被上告人)は,平成6年5月27日,ゲーム機「PCエンジン」用のゲームソフトとして,自己の著作名義の下に,コンピュータ用ゲームソフト「ときめきメモリアル」を公表し,発売しました。平成7年10月13日,Xは,本件ゲームソフトのゲーム機「プレイステーション」版を発売しました。Y(被告・被控訴人・上告人)は,平成7年12月ごろから「プレイステーション」用のメモリーカードを輸入,販売していました。本件メモリーカードには,ゲームソフトで使用されるパラメータ(数値)がデータとして収められており,そのデータは「プレイステーション」のハードウェアに読み込まれ,ゲームソフトの実行にあたって利用されます。 本件は,このようなYの行為すなわち,本件メモリーカードを輸入,販売する行為が,ゲームソフトについて著作者人格権を有するXの同一性保持権を侵害するものであるとして,XがYに慰謝料を請求した事案です。 本件で問題となったゲームソフトは,「きらめき高校」に入学した主人公(プレイヤー)の男子生徒が,卒業式の当日,登場人物の中から選択した憧れの女生徒から愛の告白を受けることを目指して3年間の高校生活中に努力を積み重ねるという恋愛シミュレーションのゲームソフトです。プレイヤーの能力は12の要素についてパラメータで表され(9つの表パラメータ〔体調・文系・理系・芸術・運動・雑学・容姿・根性・ストレス〕と3つの裏パラメータ〔ときめき度・友好度・傷心度〕),スタート時点である入学時における値は初期設定されています。選択した女生徒ごとに、告白されるのに必要なパラメータ条件が決まっている(例えば,エンディングにおいて「藤崎詩織」から愛の告白を得るためには,9つの表パラメータの値に関して,文系・理系・芸術・運動各130以上,雑学120以上,容姿・根性各100以上であること,裏パラメータの値に関して,ときめき度80以上,友好度50以上,傷心度50以下,デート回数8回以上であることが必要である)ため,プレイヤーは,勉強・運動・おしゃれ・休養等の様々な活動(コマンド)を選択し,条件を満たすようにパラメータを変化させながらプレイヤーの能力値を高めていきます。本件ゲームソフトにおいては,コマンドの選択により上昇するパラメータと下降するパラメータが連動する形式で設定されているため,プレイヤーの主体的な操作のみではパラメータのほとんどすべてを高数値にすることはできません。また,表パラメータの数値が一定値に達するまで特定の女生徒は登場しないストーリー展開になっていました。ところが,本件メモリーカードを使用すると,(a)入学直後の時点でストレス以外の表パラメータのほとんどが極めて高い数値となり,入学当初から本来は登場し得ない女生徒が登場する,または(b)卒業間近の時点(メモリーカードにより,ゲームスタート時点をその時点に飛ばすことがで、きる)で,ほとんどすべてのパラメータの数値を初期値よりも極めて高い数値にすることができ,プレイヤーは告白を受けることが極めて容易になるのです。 |
2 争点 |
本件では,(1)本件ゲームソフトの著作物としての性格,(2)本件メモリーカードの使用は同一性保持権を侵害するか,(3)同一性保持権侵害行為の主体は誰かという3点が争点になりました。
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3 第一審判決 |
(大阪地判平成9年11月27日判タ965号253頁)
本件の第一審判決は,本件ゲームソフトを映画の著作物に準ずる著作物としましたが,本件ゲームソフトのプログラム実行にあたり本件メモリーカードでパラメータの数値データを入力しても,プログラム自体が書き換えられるわけではなく,しかも正常にゲームを進行しうるから,本件メモリーカードに収められたデータは本件ゲームソフトのプログラムの許容する範囲内である等として上記争点(2)を否定しました。ただし,本件ゲームソフト用に作成された「藤崎詩織」のキャラクタ−のアイコンと同一のアイコンが本件メモリーカードに保存されている点は,複製権侵害であるとしました。 |
4 控訴審判決 |
(大阪高判平成11年4月27日判時1700号129頁)
第一審判決を不服としたXは,大阪高等裁判所に控訴しました。控訴審判決は,第一審判決を覆し,同一性保持権侵害を認めて,Yに対し損害賠償を命じました。ただし,謝罪広告掲載は必要性を欠くとして否定しました。 |
5 本判決(上告審判決) |
控訴審判決を不服としたYは,最高裁判所に上告しました。最高裁は,次のように述べて,Yの上告を棄却しました。
上記争点(1)について,「本件ゲームソフトの映像は,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものとして,著作権法2条1項1号にいう著作物ということができる」とし,本件ゲームソフトの著作物性を肯定しました。 上記争点(2)について,「本件メモリーカードの使用は,本件ゲームソフトを改変し,被上告人の有する同一性保持権を侵害するものと解するのが相当である。けだし,本件ゲームソフトにおけるパラメータは,それによって主人公の人物像を表現するものであり,その変化に応じてストーリーが展開されるものであるところ,本件メモリーカードの使用によって,本件ゲームソフトにおいて設定されたパラメータによって表現される主人公の人物像が改変されるとともに,その結果,本件ゲームソフトのストーリーが本来予定された範囲を超えて展開され,ストーリーの改変をもたらすことになるからである。」と判示し,同一性保持権の侵害を認めました。 上記争点(3)について,「上告人は,専ら本件ゲームソフトの改変のみを目的とする本件メモリーカードを輸入,販売し,多数の者が現実に本件メモリーカードを購入したものである。そうである以上,上告人は,現実に本件メモリーカードを使用する者がいることを予期してこれを流通に置いたものということができ,他方,前記事実によれば,本件メモリーカードを購入した者が現実にこれを使用したものと推認することができる。そうすると,本件メモリーカードの使用により本件ゲームソフトの同一性保持権が侵害されたものということができ,上告人の前記行為がなければ,本件ゲームソフトの同一性保持権の侵害が生じることはなかったのである。したがって,専ら本件ゲームソフトの改変のみを目的とする本件メモリーカードを輸入,販売し,他人の使用を意図して流通に置いた上告人は,他人の使用による本件ゲームソフトの同一性保持権の侵害を惹起したものとして,被上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償責任を負う」として,Yに対して著作権法に依拠せずに単に不法行為に基づく損害賠償責任を認めました。 |
6 検討 |
本事件における第2の争点である本件メモリーカードの使用は同一性保持権を侵害するかという点について,最高裁は,本件ゲームソフトにおけるパラメータは,それによって主人公の人物像を表現するものであり,その変化に応じてストーリーが展開されるものであるところ,本件メモリーカードの使用によって,本件ゲームソフトにおいて設定されたパラメータによって表現される主人公の人物像が改変されるとともに,その結果,本件ゲームソフトのストーリーが本来予定された範囲を超えて展開され,ストーリーの改変をもたらすとして,同一性保持権の侵害を認めました。
すなわち,本件メモリーカードの使用によりパラメータ・データが書き換えられることで,入学当初から本来は登場し得ない女生徒が登場したり,必ず憧れの女生徒から愛の告白を受けることができるなどといった,ス卜ーリーの改変をもたらすことを捉えて,同一性保持権の侵害と認定しました。 第3の争点について,最高裁は,本件メモリーカードを使用するプレイヤーの行為はゲームソフトの同一性保持権を侵害する行為であり,メモリーカードの輸入,販売業者はかかるプレイヤーの違法行為を惹起したものとして,不法行為責任を負うと判示しました。確かに,著作権法第50条を文理解釈すると,私的な改変も同一性保持権侵害を免れず責任を負うように思われます。しかし,そうだとすると,自宅で替え歌を歌ったり,自宅で観賞用に購入した絵画に落書したりすることが著作者人格権侵害行為になってしまいます。かかる結論が常識に反することは明らかです。 同一性保持権とは,著作者の精神的・人格的利益の保護のために著作権法が認めた権利ですから,厳密にいえば著作物の改変にあたる場合であっても,それが著作者の精神的・人格的利益を害しない程度のものであるときは,同一性保持権の侵害とはならないと考えるべきであると思われます。したがって,本件のようなメモリーカードを使用するプレイヤーの行為は,たとえ,それにより本件ゲームソフトのストーリーの改変をもたらすものであったとしても,私的な改変にとどまる限りでは同一性保持権の侵害とはならないという考えもあってしかるべきと考えます。この場合,プレイヤーの行為が違法ではない以上,本件メモリーカードを輸入,販売した業者も何らの責任を負うものではないという結論もあり得るでしょう。しかし,今回ご紹介した最高裁判決が出された以上,ゲームソフトの同一性保持権を侵害するような改変デーダをインターネット送信する行為も違法となりますので注意が必要です。 ちなみに,第3の争点について,控訴審はメモリーカードの輸入,販売業者は,著作権法第113条第1項第1号・第2号により著作権法上の責任を負うと認定しました。しかしながら,本件メモリーカード自体は著作権や著作者人格権を侵害する行為によって作成された物ではなく,プレイヤーによる使用により初めて著作者人格権を侵害するものですから,著作権法第113条第1項第1号・第2号を適用した控訴審は法令の適用を誤ったという批判もあり得るでしょう。 |